経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

世界最先端の半導体に挑むラピダスへの期待と不安

ラピダスの工場建設(北海道千歳市)

世界最先端の半導体をつくるプロジェクトが始動した。NTTやトヨタ自動車、ソニーグループが出資する新会社の名は「ラピダス」。ラテン語で「迅速に」という意味で、2年後にはパイロット生産、4年後には量産を開始する予定だ。日本半導体の行方は、ラピダスの成否にかかっている。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2023年12月号「日本半導体の行方特集」より)

半導体業界にとってラピダスは「最後の希望」

ラピダスの工場建設(北海道千歳市)
ラピダスの工場建設(北海道千歳市)

 次世代半導体の国産化を目指して設立された新会社、ラピダスは9月1日、北海道千歳市で工場の起工式を開いた。政府はラピダスを軸に、幅広い電子機器に必要とされる半導体の国内産業の基盤を強化したい考えだ。ただ、国策会社はエルピーダメモリ(現・米マイクロンメモリジャパン)やジャパンディスプレイ(JDI)のように苦戦した事例も多く、半導体産業振興が奏功するかは予断を許さない。

 起工式には、ラピダスの小池淳義社長のほか、西村康稔経済産業相や、同社に出資するNTTの澤田純会長、三菱UFJ銀行の半沢淳一頭取らが出席。くわ入れなどを行って工事の無事を祈った。関連イベントには、岸田文雄首相がビデオメッセージを寄せ、「政府として年末に向けて予算、税制、規制のあらゆる面で投資を支援するパッケージをつくる」と、半導体産業に支援を続ける姿勢を強調した。

 式典終了後に記者会見した小池社長は、先端半導体の量産に向けた人材確保が順調に進んでいると強調。米IBMには60人超の技術者を派遣したといい「国際的な連携を進めている」と話した。

 ラピダスが目指すのは、演算処理に使うロジック半導体の量産だ。中でも回路の線幅が2ナノメートル(1ナノは10億分の1)の次世代品の量産を2027年に始める計画だ。半導体は回路の線幅が細いほど性能が高まる。2ナノメートル品は、スーパーコンピューターなどに搭載され、AIなどへの活用で需要が増大すると想定されている。

 小池社長は22年11月のラピダス設立記者会見で、「日本の半導体は20年近く遅れている」と指摘し、ラピダスが「最後の希望」だと強調した。

 政府が国策として半導体の国内生産を後押しする背景の一つには、厳しさを増す安全保障環境がある。中国が台湾統一に向けて軍事力を行使する「台湾有事」が起きた場合、世界最大手のファウンドリである台湾積体電路製造(TSMC)からの半導体の供給が止まり、自動車や家電などの生産が滞る。状況によってはシーレーン(海上交通路)そのものが危機にさらされ、他の国からも半導体を輸入できなくなる可能性が否定できない。国内で一定量の半導体を生産していれば、状況が回復するまで時間を稼ぐことができるというわけだ。

失敗続きだった「日の丸半導体」

 かつて「日の丸半導体」と言われた会社があった。1999年に日立製作所とNECの半導体製造部門が統合し、2003年には三菱電機の半導体部門も加わったエルピーダメモリだ。DRAM(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリ、ディーラム)と言われる記憶素子を取り扱い、ITバブル崩壊を乗り越えて業績が回復してきたところに08年のリーマン・ショックが直撃。産業活力再生法の適用を受け、300億円の公的支援を受けたが、円高ドル安も相まって収益は急速に悪化し、12年2月に会社更生法を申請した。サムスン電子など韓国企業との競争に敗れた格好だ。

 また、JDIは、産業革新機構の主導で設立され、ソニー、東芝、日立の3社のディスプレイ部門を事業子会社として引き継ぐ形で12年4月に事業を始めた。当初は米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の液晶パネルを受注していたが、新型アイフォーンが有機ELパネルを採用したことで苦戦している。23年3月期は443億円の営業赤字を計上している。

 これらの成功とは言い難い先行事例があり、国策で設立されたラピダスが〝二の舞〟になるのではないかという懸念もある。だが、2社とラピダスは異なる点も多い。

 一つは、外部と連携する〝意思〟だ。小池社長は「日の丸連合は目指さない」と語り、日本単独での開発を否定。ベルギーの研究機関「imec(アイメック)」や米IBMと、海外機関と積極的に連携している。

 また、エルピーダ、JDIがメーカーの事業部門の〝寄せ集め〟だったのに対し、ラピダスは新たに設立される会社だということだ。名だたるメーカーに所属していた技術者が「縄張り意識」を持ち、社内での協力がうまくいかなかった可能性がある。

 一方、ラピダスは米記憶用半導体大手、ウエスタンデジタルの日本法人でトップを務めた小池社長、東京エレクトロンで社長、会長を歴任した東哲郎会長ら、経営陣には業界の重鎮が並ぶが、既存メーカーの事業を引き継ぐわけではない。首脳がリーダーシップを発揮し、さまざまな出自の技術者を統率できれば、エルピーダやJDIとは異なる展開が期待できそうだ。

 ラピダスにはNTTのほか、トヨタ自動車やソニーグループも出資している。デジタル化の進展で半導体の需要が今後、さらに高まるのは間違いなく、顧客となる日本の主要製造業と太いパイプを持ち、政府の後押しもある。

 だが、技術的なハードルは否定できない。最先端の3ナノメートル品を量産しているのは、サムスンとTSMCだけで、日本国内では家電などに使う40ナノメートルの半導体しか作れないのが現状だ。熊本県で建設中のTSMCの新工場でも12ナノメートル以上となる予定。ラピダスは国の研究機関「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」と協力して、次世代品の開発・量産を実現する構想を描くが、2ナノメートル品の量産を実現し、軌道に乗せられるかは不透明だ。

 また、資金力も必要だ。政府はラピダスに3千億円以上を支援する計画だが、量産には5兆円規模の資金が必要とされる。一方、トヨタなど国内大手8社の出資額は計73億円に過ぎず、本気度はまだ、感じられない。経産省への〝お付き合い〟といったところだ。ラピダスと経産省の描く成功への道筋が鮮明になれば、各社は出資額を引き上げるとみられるだけに、今後の戦略が重要になりそうだ。