経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

地価上昇率日本一。千歳市で起きるラピダス効果

横田隆一 千歳市長

ラピダスの新工場建設が進む北海道千歳市。2年後のパイロット生産、4年後の量産を目指すが、それに伴い、大幅な人口流入が見込まれる。それを見越して地価が上がるなど、すでにラピダス効果が現れ始めた。その一方で、急速な人口増加には弊害もある。その課題をどう克服するのか。文・聞き手=関 慎夫 (雑誌『経済界』2023年12月号「日本半導体の行方特集」より)

2年後にはパイロット生産。4年後には量産開始

千歳市栄町5丁目
千歳市栄町5丁目

 9月20日、国土交通省は都道府県地価調査(7月1日時点の地価)を公表した。昨年7月から1年間の地価動向は、全国平均では、全用途平均・住宅地・商業地のいずれも2年連続で上昇、昨年よりも上昇率が拡大した。

 住宅地の中で最も高い上昇率を示したのは北海道千歳市栄町5丁目。JR千歳駅から徒歩5分ほど。イオンの裏手の住宅地だ。ここだけではなく、上昇率の1~3位、7、8、10位も千歳市が占めた。

 前稿にもあるように、今年2月、ラピダスが千歳市に工場を建設することを発表、9月1日から工事が始まった。その投資額は5兆円にも及ぶ壮大なものだ。

 来年には建屋が完成し、2年後にはパイロット生産を開始、2027年からの量産を目指す。それに伴い、多くの半導体関連の技術者・研究者が北海道に渡ってくる。しかも24ページからの熊本県レポートでも分かるように、大きな半導体工場ができれば、それに付随して周辺機器メーカーも工場を建設する。北海道庁としても、北海道全体で半導体産業を育成する方針を立て、「北海道半導体関連産業振興ビジョン」を年度内にも制定する方針だ。

 ここ数年、千歳市ではコロナ禍で人の流入が止まり、人口は減少していたが、収束とともに回復し始めている。そこにラピダスの進出決定だ。ラピダスの新工場建設だけで、4千人の作業員が必要とされている。そして稼働後には周辺工場も含め1千人以上の社員が常駐すると思われる。今後、大幅な流入超過は確実で、それに伴い地価が大幅上昇したというわけだ。実際、千歳市内では、人口流入を当て込みマンション建設が急ピッチで進んでいる。

 急激な人口増加はさまざまな軋轢を生むことになる。従来からの住民にしてみれば、地価の上昇は固定資産税の増加につながる。旧住民と新住民の対立というのも、全国の工場誘致地区でよく聞いた話だ。

 それでも横田隆一・千歳市長はラピダス進出について「期待しかない」と言い切る。

 そこには千歳市特有の状況もある。千歳市には空港や自衛隊関係者、さらには札幌赴任の転勤族などが10万人市民の約1割を占めている。そして市民の5%が毎年入れ替わる。このように、人の出入りが激しいことに地元民は慣れており、その分、軋轢も起きにくいというわけだ。

 とはいえ今後千歳市は、ラピダスおよびその関連工場の進出に備えて、道路の拡幅などのインフラ整備を行う必要がある。また、千歳市が選ばれた理由の一つに豊富な水資源があるが、ラピダスが稼働すると今の水源だけでは到底賄うことができないため、新しい水資源開発も不可欠だ。その負担はばかにならない。

4千人の建設労働者の確保と住居の手配

千歳市内
千歳市内

 そのため千歳市では、上下水道の整備をはじめ、必要な都市計画の変更手続きや道路の整備など、ラピダスの半導体工場の建設が円滑に進むよう必要な支援を行っていく方針だ。

 そうした対策の中でも、もっとも喫緊の課題が、4千人に及ぶ工場建設作業員たちの住居確保で、千歳市は市内のホテルや賃貸マンションやアパート等と意見交換をしながら、円滑な受け入れを進めていかなければならない。

 そしてもう一つの大きな問題が、建設作業員をいかに確保するか。日本全国の工事現場で人手不足が起きている。万博工事もこれから本番だ。さらに北海道では、北海道新幹線の札幌までの延伸が30年に迫っており、今後はその工事だけでなく、札幌駅前の再開発も計画されている。すでに駅前のショッピングビル「エスタ(旧そごう)」が8月末に閉鎖され、高さ245メートルの超高層ビルに生まれ変わる。

 また、今年オープンした北海道日本ハムファイターズの本拠地「エスコンフィールド」近くに新駅を建設することも決まった。

 このように、北海道では新たな開発計画が目白押し。その中でいかにして人材を確保し、2年後のパイロット生産に持っていけるか。ことはそう簡単ではない。

 それでも、ラピダスの新工場が竣工し、狙い通りの2ナノメートルの半導体生産に成功すれば、千歳市は半導体の世界最先端地域となる。当然そこには最先端の周辺産業も集まってくる。シリコンアイランド九州とともに北海道でも集積が進めば、半導体の調達を多様化したいという世界的要請にも応えることができる。北海道の地域経済だけでなく、世界のサプライチェーンに与える影響も大きいプロジェクトだ。

軋轢よりも人事交流に期待する

横田隆一 千歳市長
横田隆一・千歳市長

―― ラピダスの建設予定地として千歳市が選ばれたのはなぜですか。

横田 新千歳空港を擁する抜群の交通アクセス、半導体製造に欠かせない良質で豊富な水資源、安定した産業インフラ、豊かな自然に囲まれた働きやすい環境、千歳市および周辺の充実した高等教育機関など、千歳市の工業団地が持つ優位性が評価されたと考えています。

―― 経済効果も大きいと思いますが、それ以外にどんなことを期待しますか。

横田 半導体産業の構築は日本の国家プロジェクトです。これに協力・貢献できる大変意義のある事業です。

 新たなサプライチェーン構築による半導体関連産業等の集積、人口増加、従業員やその家族による消費活動、新たな技術開発研究の推進などによる学術・教育の高度化など、経済効果だけではなく、さまざまな分野における活性化が期待でき、これらによる波及効果は大変大きいのではないでしょうか。

 従来、北海道内の理系人材の就職先が不足しているため、大卒学生の道外企業への転出が課題でしたが、ラピダスの進出により、道内での就職を希望する学生の受け皿が増加、特に公立千歳科学技術大学の学生については、転出の抑制により定住人口の増加が期待されます。

―― 海外からの流入人口が増えることで文化的摩擦の恐れもあるのでは。

横田 ラピダスは米IBM社やベルギーのIMECなどと技術開発や研究などについて連携しており、これらに伴い、一定の外国人が千歳市や北海道を訪れることになりますが、むしろ、さまざまな分野における人事交流が創出されると期待しています。

 地域社会で、言語や文化、習慣の壁を乗り越え、外国人が安心して働き暮らすことができる環境をつくること、相互に文化や生活習慣を理解、尊重し、ともに生きていく多文化共生社会の実現を図ることが重要です。

 今後、まちの将来展望を示す「千歳市将来ビジョン」(仮称)を策定しますが、「外国人居住者への対応」についても、専門部会の中で、具体的な課題を整理していきます。