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宝塚劇団員を見殺しにした阪急阪神HDの責任

宝塚歌劇団は2024年に誕生110年を迎える、日本を代表するステージエンターテインメントだ。入団するには東大入学以上の狭き門をくぐる必要がある。しかし、劇団員の1人が自殺したことで、親会社の阪急阪神ホールディングスを巻き込んだ大騒動に揺れている。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2024年2月号より)

宝塚歌劇団の売上高は阪急阪神HDの4%

 宝塚歌劇団の女性劇団員が自殺した問題を巡り、阪急阪神ホールディングス(HD)が揺れている。歌劇団は調査を行い、11月、女性へのいじめやハラスメントは「確認できなかった」と発表。これに対し、遺族側が「事実認定と評価は失当だ」と反発するなど、問題は収まっていない。プロ野球・阪神タイガースの38年ぶり2度目の日本一に湧いた阪急阪神HDだが、歌劇団の問題が噴出し、「阪急ブランド」の価値の棄損も懸念される事態に。芸能集団を特別視して問題を放置していい時代ではもはやなく、HDのガバナンスが厳しく問われている。

 宝塚歌劇団は、阪急電鉄の創業者・小林一三氏が設立し、1914年に初めて公演を行った。「清く、正しく、美しく」をモットーに、「老若男女すべてが楽しめる国民劇」を目指して設立された。阪急電鉄の宝塚線の終点である宝塚駅の近くに作ったのは、同線の利用客を増やす狙いがあったともいわれている。

 歌劇団は強い人気を博し続け、数多くの有名な女優を生んできた。団員は約400人で、すべて未婚女性。「タカラジェンヌ」の愛称で親しまれている。宝塚音楽学校で声楽、演劇などを2年間学んだ卒業生が入団する。現在は、「花」「月」「雪」「星」「宙」の5組があり、本拠地の兵庫県宝塚市と東京・有楽町の専用劇場で、通年公演を行ってきた。

 運営は阪急電鉄の一事業部が手がけている。阪急阪神HDの2023年3月期連結決算によると、歌劇団を中心とした「ステージ事業」の売上高は339億円。阪神タイガースを中心とする「スポーツ事業」の384億円に匹敵する数字だ。

 ステージ事業はスポーツ事業とともに、阪急阪神HDが6つのコア事業の一つと位置付ける「エンタテインメント事業」の屋台骨。阪急阪神HD全体の売上高は9683億円だったので、単純計算で、ステージ事業は4%を稼いでいることになる。

 その宝塚歌劇団を巡り、今どんな問題が起きているだろうか。

 宙組の団員の間でいじめがあったと週刊誌で報じられたのは、23年2月のことだ。具体的には、ヘアアイロンを額に押し付けやけどさせたり、パワハラが横行したりといった内容だった。歌劇団は「事実無根である」と否定するコメントを出した。

 9月29日には宝塚市の宝塚大劇場で宙組の公演が始まったが、翌30日、団員の女性(当時25歳)が自宅のマンション敷地内で死亡しているのが発見された。兵庫県警は飛び降り自殺の可能性が高いとみて捜査を始めた。

 10月7日、歌劇団は、外部弁護士らからなる調査チームを設置したことを発表。同時に、亡くなった女性が宙組所属だったことを認めた。同20日、宝塚大劇場での宙組公演を全日程で中止した。

 11月10日には、女性の遺族代理人が記者会見し、「過重な業務や上級生劇団員のパワハラによる自殺だった」として、歌劇団側に謝罪と補償を要求。14日には、歌劇団が、調査報告書の内容や改革案を発表したが、その内容に遺族側が反発したのは、先ほど述べた通りだ。

「閉ざされた世界」で食い違う歌劇団と遺族

 報告書のどういった点が問題となっているのだろうか。

 調査報告書の内容を発表した宝塚市での記者会見で、木場健之理事長(当時)は「安全配慮義務を十分に果たせていなかった」「大切なご家族の命を守れなかった」と述べ、女性の遺族に謝罪した。そして、「管理責任を感じる」として、12月1日付で引責辞任することを発表した。

 調査は、宙組の団員62人や、理事長をはじめとする役職員に対して実施。報告書では、新人公演のまとめ役を担っていた女性に関し、過密スケジュールによる長時間の活動や、上級生からの指導・叱責といった要因が複合的に重なり、「精神障害を引き起こすような程度の心理的負荷が故人にかかっていた可能性が否定できない」と指摘した。

 しかし、亡くなった女性個人へのいじめやハラスメントは「確認できなかった」とした。

 週刊誌で指摘された「ヘアアイロンでやけどさせられた」という件については、「故意」であることを否定。報告書では、「ヘアアイロンでやけどをすることは劇団内では日常的にある」「ヘアアイロンの件を目撃したほかの劇団員はいなかった」などとした。

 さらに、亡くなった女性は上級生から「うそつき野郎」「やる気がない」などと責められていたとの話について、木場氏は「伝聞にもとづくものである」とし、確認できなかったと話した。報告書では「(亡くなった女性が上級生から)いじめられていたとする供述はなかった」としている。

 さらに、遺族側は女性の時間外労働が、死亡前1カ月間は250時間を超えていたと主張していたが、これについても、報告書には「118時間以上の時間外労働があった」と書かれ、事実上、否定された。

 そして歌劇団は、報告を踏まえた改革案を発表した。

 「過密な公演スケジュールや稽古スケジュールの見直し」「上級生から下級生への指導に関する非効率・不適切な方法の改善」「劇団内に設けているハラスメント相談窓口に加え、外部への劇団専用の通報窓口の設置」「業務監査体制の整備」「ハラスメントに関する教育や研修の実施」といった項目が盛り込まれている。

 だが、この報告書と会見に遺族側は納得していない。

 遺族の代理人弁護士も14日、東京都内で記者会見し、調査報告書が「上級生団員によるハラスメントを確認できなかった」とした点について、「事実認定と評価は失当だ」と批判。上級生による叱責が指導の範囲内であるとした点についても、「一時代前の価値観にもとづく思考である」と非難した。そして、歌劇団に対し、事実関係を再検証するよう求めた。

 加えて、報告書そのものについても、その性質に疑いが持たれるような要素が次々出ている。

 一つは、宙組の団員4人が、聴き取り調査を辞退した事実が判明したことだ。木場氏は記者会見で、亡くなった女性を除く宙組の団員66人のうち4人が辞退し、その結果、人数が62人になったことを明らかにした。

 辞退した理由について、木場氏は詳しく説明しなかった。ウェブ上では、「この4人がパワハラに関わっていたのではないか」と批判する声が広がった。

 もう一つは、歌劇団が調査を依頼した大阪市の弁護士事務所に、歌劇団を運営する阪急電鉄の関連企業の役員が所属している事実が分かったことだ。事務所に所属する弁護士の1人が、阪急阪神百貨店の親会社「H2O リテイリング」の取締役監査等委員を務めていたのだ。

 10月に調査チームを設置した際、歌劇団側は、歌劇団や阪急電鉄とは接点のない弁護士事務所だと説明していた。だが、実際にはその説明は正確でなく、調査の公正さに対して疑念が強まる可能性が出ている。遺族側は「看過できない」として、説明を求める文書を歌劇団や阪急電鉄に送った。

 こうした動きを受け、歌劇団側が年内にも第三者委員会を設置する方針であることが12月初め時点で判明している。第三者委は大学教授やハラスメントの専門家から構成される予定とされる。組織風土の抜本的な改革を目指す考えだ。

 具体的には、宙組のほか、月組、雪組、星組など、全劇団員400人らのほか、下部組織である宝塚音楽学校の生徒からもヒアリングを進め、第三者委にも分析してもらった上で、最終的にどう改革していくか決めるという。

 一方、遺族側は11月14日に内容が発表された報告書の再調査を求めているが、歌劇団側は、これには応じない考えだとみられている。

宝塚歌劇団内の問題に矮小化しようとする疑念

 一連の経緯を見ていて感じられるのは、阪急阪神HDがこの問題を、宝塚歌劇団という、特殊な伝統や文化を持つ一つの芸能集団内だけの問題に矮小化しようとしているのではないかということだ。

 調査報告書の発表の際、親会社である阪急阪神HDの角和夫会長について、役員報酬の一部カットが発表されたが、歌劇団理事としての監督責任によるものだった。このとき、HDの親会社としての責任には触れられなかった。

 ただ、前述したように、歌劇団は、れっきとした東京証券取引所の「プライム」上場企業・阪急阪神HDが「コア」と位置づけるエンタメ事業の柱だ。収益面の貢献だけでなく、華やかな宝塚歌劇団のイメージが、関西人が別格と感じる「阪急」のブランドイメージ形成に貢献しているのは間違いない。HDにおける歌劇団の存在感は大きい。

 HDがもっと前面に出て改革する姿勢を示さなければ、そのガバナンスに疑いが持たれる可能性がある。宝塚周辺の沿線価値の下落にもつながるかもしれない。

 確かに、歌劇団のような芸能の世界は、歌唱力や演技力、人気を集める「華」など、一般の会社員が求められるものとは大きく異なる、特殊な能力が必要とされる。それだけに、「特殊な世界」「別世界」として一般社会から切り離されて考えられてきた。そこで伝えられてきた慣習や伝統が一般常識と照らしておかしくても、「見て見ぬふり」されてきた側面があるのは間違いない。

 だが、見て見ぬふりが許されなくなっているのは、旧ジャニーズ事務所の創業者による性加害問題をみれば明らかだ。3月の英BBCによる報道をきっかけに、元所属タレントから被害を訴える声が次々に上がり、事務所は謝罪や社長の交代、組織再編に追い込まれた。

 加えて宝塚歌劇団の場合、創業者の小林一三氏、現HD会長の角氏ら、グループのトップがきわめて大切にしてきた「聖域」だった点も大きい。今後は聖域視をやめ、大胆に改革していく方向へ舵を切る必要があるだろう。

 果たしてHDはガバナンスを全うし、傘下の企業や事業部門への厳しい「お目付け役」となれることを証明できるのか。また、HDは角氏への責任の波及を全力で阻止しようとするとみられるが、果たして世論がそれを許すのか。今後開かれる株主総会では、角氏ら経営陣の追及が行われることはないのか。宝塚歌劇団の改革とあわせ、阪急阪神HDを巡るこれからの動きが注目される。