携帯電話業界がNTT法を巡り揺れに揺れている。通信業界のガリバーの手足を縛るNTT法だが、国際的大競争時代を迎え弊害も目立つ。日本経済復活のためにも行き過ぎた規制の緩和は不可欠だが、ライバルたちにとっては自分たちの存亡に直結するだけに必死な抵抗を続けている。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2024年2月号より)
NTT法の誕生は携帯電話のない時代
「ガラパゴスへの回帰だ」「法律がなければ恐らく参入しなかった」
こうまくし立てたのは楽天モバイル会長の三木谷浩史氏。12月4日、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの通信3社は共同で記者会見を開いたが、そこでの一コマだ。この会見にはKDDIの髙橋誠社長、ソフトバンクの宮川潤一社長も出席していが、それぞれが不満を口にした。彼らが怒っているのは、NTT法廃止を求める動きに対してだ。
NTT法とは、1985年4月1日に日本電信電話公社が民営化され、NTTが誕生すると同時に施行されたもの。民営化しても、電電公社時代と同様の、全国どこでも電話をかけることのできるユニバーサルサービスを義務づけるとともに、通信に関する研究の推進や成果の普及も責務とされており、研究成果には公開義務がある。そしてそれを担保するために政府にはNTTの発行済株式数の3分の1の保有を義務付けている。
それがなぜ廃止に向け動き出したのか。発端は、2022年11月、岸田首相が現在GDP比約1%の防衛費を、27年をめどに2%へと倍増する方針を示したことだ。そして12月に岸田首相は「防衛費増額は国民が重みを背負うべき」と増税に理解求めた。しかし増税に対する国民のアレルギーは強い。そこで財源として政府保有のNTT株を売却する案が浮上した。
これに飛びついたのがNTTだ。政府が保有株を売却するにはNTT法の改正もしくは廃止が必要だ。そこでこれを機に、NTT法による縛りをなくして経営の自由度を高めたいとの思惑から、自民党国会議員に対する働きかけを強めていく。
NTT法が施行された当時、携帯電話はまだない。肩にかける重さ3キロのショルダーホンの登場は民営化の5カ月後で、移動電話は自動車電話のみ。「電話」とはメタルの電話回線を利用した固定電話を意味しており、各世帯の固定電話保有率は9割を超えていた。NTT法も固定電話を前提につくられた。
携帯電話、そしてスマートフォンの普及で状況は大きく変わった。今や固定電話保有率は約6割。高齢者世帯では今でも9割以上だが、20代では1割を下回る。
NTTの固定電話は地域を分割し、NTT東日本、NTT西日本がそれぞれサービスをしているが、固定電話契約者数は1400万件(23年3月期)で、ピーク時の5分の1。しかも毎年150万件ずつ減少しており、今後も回復の見込みはない。
経済合理性だけを考えれば、東西を合併してコストを下げ、さらには東西とドコモが合併し、KDDIやソフトバンクのように、通信部門を一つにすれば、無駄が排除されるだけでなく、固定と携帯のメリットを組み合わせたサービスを提供することも可能になる。ところが、現在のNTT法の下では、この合併は許されない。
それだけではない。通信技術は日進月歩。現在のスマホは4G、5Gだが、間もなく6Gが実用化され通信スピードや即応性がさらに強化される。それ以外にも、NTTは現在、「IOWN(アイオン)」という次世代ネットワーク構想を進めている。ここで使われるのが「光電融合」というもので、技術的な詳細は避けるが半導体にも光回路を組み込むもので、実用化されれば、ICT機器の小型化や低コスト化に加え、高速化や低消費電力化が図れる。
ところが、ここでもNTT法の研究成果の公開義務がネックとなる。もともとこの規定は、施行時に固定電話の関連技術をNTTが独占していたことから盛り込まれた。
しかし技術の国際競争が激化する中、この規定は経済安全保障上の問題がある。さらにはNTTと共同研究する企業にとっては、この規定により技術流出が起きる可能性もあるだけに、提携には及び腰になるのは当然だ。
国内競争を公正化と国際技術競争の板挟み
このように、40年近く前につくられた法律により、経営的にも技術的にも身動きが取れないNTTにとって、NTT法廃止は悲願だった。この悲願と防衛費増額が重なって事態は大きく動き始め、12月1日には自民党のプロジェクトチームが25年をめどにNTT法を廃止するとの提言をまとめた。冒頭の3社の会見はこの提言に対する反対意見表明だった。
NTT以外の3社にしてみればそれも当然だろう。携帯事業に関して、NTTのシェアは41・5%と、KDDI30・5%、ソフトバンク25・8%、楽天2・2%(23年3月末現在)を圧倒するのにさらに経営上のフリーハンドを与えたら競争にはならない。例えば、携帯各社もNTTが全国に引いた光ファイバーを使っており、この使用料金はドコモを含む4社が同じ条件でNTT東西に支払っている。しかし東西とドコモが合併したら、ドコモに支払い義務がなくなるため、競争は圧倒的に優位になる。技術に関してもNTTの技術力は他社を上回るだけに、公開義務がなくなれば、NTTの優位性はますます強まる。
何より3社が我慢できないのは、「全国に張り巡らせた回線も、電電公社の1社独占時代に、国民の財産によって築いたもの」(ソフトバンク幹部)。例えば固定電話を引くには3万6千円の加入権を購入する必要があり、かつては7万2千円が長く続いた。こうして集めた資金で電電公社はインフラを整備した。その資産を独占させるのは公正ではない、というわけだ。
特に楽天にしてみれば、携帯事業の黒字化にはまだ時間がかかる。それなのに、さらに競争が不利になるNTT法廃止は絶対に飲むことはできない。それが三木谷氏の「参入しなかった発言」につながる。
とはいえ国内市場だけを見ていたら国際競争に置いていかれることもまた事実。通信事業の監督官庁である総務省も、NTT法廃止には前向きだ。果たしてどうなる――。