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防衛産業はビジネスチャンス。装備庁の改革で利益率は最大15%

防衛予算を長らく国内総生産(GDP)比1%以内に抑制し、企業側の利益を優先してこなかったことが防衛関連企業の相次ぐ撤退を招いた。それを改善するため防衛省は、2023年度から装備品を発注する企業に対して利益率を最大15%とする制度を導入した。文=萩原梨湖(雑誌『経済界』巻頭特集「防衛産業の幕開け」2024年5月号より)

低利益率による企業撤退。コスト変動分を上乗せし改善

 装備品の製造には特殊な技術や製造設備が必要であるため、ノウハウを持つ特定の企業しか作ることができない。例えば護衛艦の製造過程では、普通の船とは異なる強度の高い素材を使うため、日本で製造できる会社は三菱重工業とジャパンマリンユナイテッドの2社に限られる。また、撤退されると困るのはプライム企業だけではない。10式戦車の関連企業は約1300社(平成28年防衛装備庁調べ)、護衛艦(DD)の関連企業は約8300社(平成25年日本造船工業会調べ)といわれている。それら関連企業の撤退や倒産も、部品などの供給が途絶するリスクを高め、日本の防衛力低下につながる。

 企業が撤退する理由は「儲からないから」に尽きる。装備品の従来の利益率は、一般的な製造業を行っている黒字の上場企業1千社の平均値を基に、特殊な工場や設備にかかるコスト分を必要に応じて上乗せして利益率としている。2021年度は黒字製造企業の平均値(標準利益率)が7・2%で、防衛事業の特性を反映し調整した利益率の平均値は8・0%。一般的な市場の水準を反映した数値ではあるが、これでは防衛産業特有の問題の一部しか汲み取れていない。

 防衛装備庁担当者は利益構造の問題点について、「部品の値上がりやインフレが原因で8・0%の利益を食いつぶしているという声を聞く。われわれとしては、企業側が十分な利益を得られるくらい支払っているつもりだったが実際は不十分だという声が上がっていた」と話す。

 装備品の製造期間は一般的な製造業より長く、年単位の時間を要する。多くは3年以上の時間を要し、航空機は4~5年、護衛艦は5年ほどかかるという。従来の価格構成ではこの期間におけるコスト変動やインフレによる損失分の手当てがなかったため23年度からは2つの制度を設け仕組みを変えた。1つ目は、QCD評価を行うことにより一律だった利益率を5~10%に幅を持たせた。品質管理(Quality)、コスト管理(Cost)、納期管理(Delivery)を評価し企業努力を利益率に反映する仕組みだ。2つ目は、利益率とは別にコスト変動調整率を設け、契約期間に応じて将来のインフレなど、見積もり困難なコスト上昇分や労務費を支払う。製造に1年かかるものには1・0%、2年かかるものには2・0%、3年かかるものには3・0%、4年かかるものには4・0%、5年以上かかるものには5・0%と設定した。利益率は合計で最大15%となり、防衛産業はビジネスチャンスのある産業に生まれ変わった。

民生技術をスピンオン。デュアルユースで産業を活性化

 防衛省は防衛産業の生産基盤に力を入れる一方、政府主導で技術の開発・育成も行っている。

 防衛用途で開発された技術と民生用に開発された技術を双方で活用することをデュアルユースと呼び、インターネットや携帯電話、電子レンジ、GPSなどは軍事技術をスピンオフして作られた民生品だ。戦争の需要が民生の技術を牽引してきた時代があったが、今となっては民生分野の経済規模の方が大きく、民生技術が防衛技術をリードしている。つまり防衛技術を発展させるためには民生技術を防衛技術に積極的にスピンオンしていかなければならない。

 そこで日本政府は、20年から先進技術の橋渡し研究(以下、橋渡し研究)への投資を強化している。橋渡し研究とは、基礎研究の成果が実用化に結び付くまで技術シーズと防衛ニーズのミスマッチで発生する「死の谷」を補完する役割を持つ。22年までの年間予算は10億円弱で推移していたが、防衛費の大幅な増額と先進技術を装備品へ取り込む必要性が高まったことにより、23年からは約20倍の188億円へ拡充した。これまでは比較的費用のかからない机上の検討や小規模な研究が多かったが、今後は実物を作動させたり野外での試験ができるようになったという。橋渡し研究の成功例には、民生の電源技術や、光無線による通信技術と水中音響通信技術を組み合わせた「光/音響ハイブリッド通信技術」の確立がある。

 15年から開始している安全保障技術研究推進制度では、防衛技術に限定せず、従来の技術の延長線上にない新しい技術の発掘を行っている。これは、大学や研究機関、民間企業を対象に、将来的に防衛分野に応用できる先端的な基礎研究を発掘・育成するための公募制度だ。防衛省が提示したテーマに沿って外部有識者が審査するもので、研究期間や研究費に応じて最大で5年間、20億円の契約タイプがある。24年には、米国の国防高等研究開発局(通称DARPA:ダーパ)という国家安全保障を目的とした技術開発支援機関を参考に研究機関を新設する計画で、安全保障技術研究推進制度に加え、新たにブレークスルー研究(仮称)が実施される予定だ。

 DARPAは、ハイリスクな研究開発活動により、失敗・中断に至った事例もあるが、前身であるARPAの時期も含めると、インターネットの原型のARPANET、GPS、ドローン、Siri、音声認識などを生み出している。防衛省は、これまでの保守的な研究から、リスクを許容した挑戦的な研究に舵を切る。

 「今まで防衛産業といわれる企業としか関わってこなかったため、ITやAIなどの先進技術をどう取り入れるかが課題。ビジネスにつながる確証はないが防衛で一定のニーズを確保できるかもしれない、という研究があればぜひ防衛省に提案してもらいたい。国で研究開発を進め、その成果は民間でも応用してもらい、科学技術や経済力を発展の底上げにつなげていければいい」(防衛装備庁担当者)

 日本は、今ある技術のデュアルユースと、将来の技術進歩を想定した基礎研究、この2つの柱で防衛産業の強化を進めていく。