経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

宇宙開発の歴史と安全保障の結びつき

監視や通信の宇宙システムは民間による研究開発が盛ん

 宇宙の軍事利用は、米ソ冷戦で人工衛星を使った核抑止や軍備管理から始まっている。アメリカはその後1991年の湾岸戦争を契機に軍事作戦への宇宙の組み込みを本格化させ、砂漠における軍事展開やGPSを使ったミサイルの打ち上げなどで利用してきた。

 そして、ロシア、中国、インド、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、日本、イスラエル、イタリア、スペインなどが、軍事衛星もしくは軍事利用も可能な多目的衛星の開発・運用を始め、宇宙と安全保障の結びつきは一気に強まった。宇宙システムは情報・監視・偵察(ISR)、ミサイル警戒、環境モニタリング(気象、海洋、宇宙環境)、衛星通信、GPSなどの用途で利用されている。

 特に日本は年々近隣国のミサイルによる脅威が増しているため、ミサイルを正確に探知・追尾できる能力は、抑止力として備えておく必要がある。HGV(極超音速滑空兵器)などは、落下地点を計算できる弾道ミサイルと違い、低空を高速かつ変測的な軌道で飛翔するため、多数の小型人工衛星を一体的に運用する衛星コンステレーションによる探知・追尾システムが不可欠だ。

 日本はこれまで、内閣府・総務省・文部科学省・経済産業省が共同で所管するJAXAを中心に69年の宇宙の平和利用原則に則って、地球観測衛星や技術試験衛星の打ち上げ、宇宙探査などを行ってきた。

 ようやく安全保障を目的とした宇宙利用ができるようになったのは2008年に宇宙基本法が制定されてから。防衛省は20年5月には航空自衛隊の中に宇宙を専門に扱う宇宙作戦隊を発足する(23年3月に宇宙作戦群に新編)など、宇宙の安全保障利用を本格的に開始した。宇宙作戦群は主に日本の人工衛星の安全確保を目的とし、JAXAと連携し活動している。

 宇宙基本法の制定以降は、離れた位置からの測定・観測するリモートセンシングに関する法律や、ロケット打ち上げに関する法律などの枠組みが作られ、民間企業が宇宙ビジネスに参入するようになった。それにより政府主導で行ってきた宇宙開発は民間が牽引することとなる。

 そこで懸念される問題は、安全保障に関わる決定権が民間企業に渡る事例があることだ。例えば、衛星画像の提供は戦争当事国への支援や妨害の役割を果たすため、戦争に加担する恐れがあることだ。実際にロシアとウクライナの対立があった22年2月、Googleは交通データが軍事攻撃の情報として利用されることを懸念してか、ウクライナにおける交通状況のライブ更新を一時的に停止した。また同時期、イーロンマスク氏率いるスペースXの衛星通信スターリンクも、ウクライナ軍によるロシア軍への奇襲攻撃を阻止するため、ウクライナ南部クリミア近くのネットワークを切断した。

 こういった事例は、国家の安全保障をいち民間企業が直接操作できるという危うさを示している。

 民間企業を交えて積極的に開発していくべき分野であることは確かだが、有事を想定したルール作りが求められている。

文=萩原梨湖(雑誌『経済界』巻頭特集「防衛産業の幕開け」2024年5月号より)