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万博開幕まであと1年 パビリオン建設は間に合うのか

第62回関西財界セミナー

来年4月13日、大阪・関西万博が開幕する。残り時間は約1年。しかしパビリオン建設は一向に進まず、関経連会長が建設業協会にかみつくなど、不協和音が表面化しつつある。そこで求められるのが万博協会会長のリーダーシップだが、それも期待できない状況だ。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2024年5月号より)

関経連会長の建設業界への怒り

第62回関西財界セミナー
第62回関西財界セミナー

 来年4月の開幕まで約1年に迫った2025年大阪・関西万博。海外パビリオンの建設が遅れ、開幕に間に合わないのではないかとの懸念が強まっている。

 「建設会社はけしからん」

 2月9日、関西の企業経営者らが一堂に会して経済問題などについて話し合う「関西財界セミナー」の記者会見の席上、関経連会長の松本正義氏はこう言い放った。

 松本氏は万博協会の副会長でもある。このような「怒り」の発言をしたのは、工事が遅れている万博会場の海外パビリオンの建設に、建設業界が真剣に取り組まず、非協力的であると考えたからだ。

 松本氏は「建設会社の協会トップもけしからん」とも言及している。これは日本建設業連合会の宮本洋一会長(清水建設会長)を念頭に置いたものだとみられる。宮本会長は昨年11月の定例会見でも、建設遅れが指摘される海外パビリオンについて、「(万博開幕に間に合わせるための)デッドラインは過ぎている」と述べていた。

 このほかにも松本氏は、「建設会社は万博成功のため努力するくらいのコメントをしてはどうか」とも話した。

 松本氏の発言を取り上げたニュースは注目された。ネット上では「(能登半島地震の)復興で忙しいので万博は後にしてくれ」「資材や人材費が高騰している上に、人手も時間も足りていない」といった批判的なコメントが目立った。

 建設業界からも怒りの声が上がった。ある関係者によると、実は建設業界と万博協会は水面下でギリギリの調整を繰り返しながら、工事のプロセスを進めている。

 「こうした情報を、万博協会は松本さんの耳に入れていないのか」

 別の関係者は、こういぶかしむ声を上げた。

 松本氏の「攻撃」を受けた日建連の宮本会長は、2月22日の定例記者会見で「発言の詳細を知らない」と述べ、コメントしないとの立場を貫いた。

 一方、会場のシンボルとなる大屋根(リング)の建設に関して、宮本氏は「万博協会には各工事の間の調整をお願いしたい」と求めた。

 というのも、国内外のパビリオンの多くが建設されるのはリングの内側。しかし、リングの工事は順調に進んでいるのに対して、海外パビリオンの建設は遅れている。リングが完成すれば、外側からパビリオン建設のための機械や資材、部材などを持ち込むことが難しくなることも予想される。宮本会長が工事の調整を求めた背景には、こうした事情がある。

 なお、海外パビリオンのうち、出展する国・地域が独自に設計・建設する「タイプA」を希望していたのは当初60カ国。2月26日現在、施工業者との契約を結んでいるのは36カ国、着工済みは5カ国にとどまる。万博協会は建築工事の完了時期を7月から10月へ3カ月遅らせたが、「それでもすべての海外パビリオンを間に合わせるのは難しいのでは」との声が出ている。

東京五輪不祥事で資金集めに暗雲

 ところで、在阪メディアの間では、記者会見などでの松本氏の歯に衣着せぬ発言は「名物」となっている。ネットニュースなどで発信されれば全国から注目を浴びるため、その発言を「楽しみ」にする向きもある。

 たとえば、昨年2月の関西財界セミナーの記者会見でも、「松本節」は炸裂している。

 関経連とともにセミナーを主催する関西経済同友会がテーマを設定した分科会について、松本氏は「あんな井戸端会議ではだめだ。ニコニコしていて真剣さがない。課長や係長が話すようなことを財界セミナーでやってもらっては困る」と怒りをあらわにした。この発言も大きな注目を集めた。

 このように「怖いものなし」の松本氏だが、なぜ、ここまで関西財界での存在感が大きく、思い切った発言を繰り返せるのか。それは、たとえば万博でも、必要な資金集めを頼らざるをえない「剛腕ぶり」が群を抜いているからだ。

 万博に企業が出すお金としては、最終的に最大2350億円となった建設費の約3分の1にあたる金額の寄付や、パビリオンの協賛金、前売り入場券の購入費などがある。しかし、万博の事情に詳しい企業の関係者は、「今回の万博は資金集めの点で、当初から逆風が吹いていた」と打ち明ける。

 一つは、大手広告代理店の電通グループが、東京オリンピック・パラリンピックをめぐる談合事件で摘発され、少なくとも表立っては、万博に協力できなくなったことが大きいからだという。

 「電通は、こうした大イベントにからんで企業からお金を集めるにあたり、さまざまなメリットと抱き合わせにして説得して回るのがうまい。しかし、今回、電通は動けなくなった。ノウハウのない行政などが代わりをやろうとするが、うまくいかない」

 さらに、1970年大阪万博のときと異なるのが、多くの関西発祥の大企業が、実質的な本社機能を東京に移してしまったことだ。

 「登記簿上、大阪に本社を置いている企業でも、多額のお金がからむ案件の決済は、本社機能のある東京でおこなっているところも少なくない。東京からみれば関西ローカルのイベントにもみえる万博にお金を出す意欲がわきにくいだろう」

 そして、この穴を埋めているのが、松本氏だという。「松本のおっさんの大号令があるから、企業が言うことを聞き、なんとかお金が集まっている」。こうした「実績」があり、自負もあるから、松本氏は思い切った発言ができるのだという。しかもそれに対して意見したり止めたりできる人もいないという構図が出来上がっている。

 だが、その発言が関係者間でのあつれきを生み、ますます万博の準備がうまくいかなくなれば本末転倒でしかない。そこで松本氏の発言の火消しに回り、事態の悪化を食い止めようとしたのが、万博協会会長で経団連会長でもある住友化学の十倉雅和会長だ。

 十倉氏は、松本氏の発言から4日後の2月13日の記者会見で「松本さんとは同じ住友系で付き合いも長いので、パーソナリティーはよく知っている。汗をかいて全国行脚しており、万博を何とかしなければという思いは一番強い。非常に熱い方なので」とコメント。

 その上で「日建連の宮本会長とも話したが、国家プロジェクトなので、全力を挙げてやるとのことだ。ただ工期はどんどん苦しくなっているともおっしゃっている。そのあたりの伝わり方(の悪さ)で、松本さんがあのような発言をされたのでは」と話した。

 松本氏と建設業界の双方の「気持ち」を代弁し、なだめ役に回った格好だ。

 しかし、十倉氏に対しては、「そんなに余裕の態度でいいのか」という声も出ている。お膝元の住友化学の業績が最悪だからだ。

創業以来の危機を迎えた、万博協会会長のお膝元

 2月2日、同社は24年3月期の最終赤字予想を修正し、従来予想の950億円から2450億円へ大幅に拡大すると発表した。業績予想の修正は今期2度目。オンライン説明会にのぞんだ岩田圭一社長は「創業以来の危機的状況だ」と語った。

 足を引っ張るのは、5つのセグメントのうち、医薬品と、石化製品などの「エッセンシャルケミカルズ」の2つ。

 医薬品は、上場子会社である住友ファーマの売上収益が前期比43%減の3170億円、コア営業損益が1410億円の赤字になる見通し。北米で販売している3つの基幹医薬品の販売見込みが計画を下回ることに加え、米国で主力の統合失調症薬が特許切れとなったため、後発薬の普及が進んで販売が落ち込んだことが大きい。

 エッセンシャルケミカルズは、サウジアラビアで国有石油会社とつくっている合弁企業「ペトロ・ラービグ」の業績が、世界的な景気減速にともなう需要減少などで悪化していることなどが影響する。

 ペトロ・ラービグを始めたのは、十倉氏の2代前の社長で経団連会長もつとめた米倉弘昌氏だ。海外事業を拡大するとともに、中国の石化製品との競争力を高めることを狙ったものだった。後任社長の広瀬博氏を挟み、ペトロ・ラービグの事業拡大を決定したのが十倉氏だ。結果的にこの判断が、今の「最悪な業績」を招いたと指摘されている。

 強まっているのは、そんな十倉氏が万博協会の会長として、果たして万博のかじ取りをうまくできるのかという批判だ。

 万博については、資材費の高騰などを背景に、会場建設費が当初の1250億円から2度増額され、最大2350億円まで膨らんだ。3分の1は経済界が負担するが、別の3分の1は国、3分の1は大阪府と市が持ち、結果的に税金による国民の負担となる。

 この負担増額に対しネットなどでは反発が起きたが、十倉氏は増額を「やむをえない」と発言し、さらなる怒りを招いた。

 個別の施設についても、会場の象徴となる大屋根の費用が350億円かかることを「世界一高い日傘だ」などと批判されるなど、多額の費用をかける必要があるのか説明責任のあるものは多い。

 住友化学の業績と照らし合わせ、ネット上でも十倉氏への批判的なコメントが相次ぐ。

 X(旧ツイッター)には、「こういう無能が経団連会長をやっていて、さらに万博の博覧会協会でトップをつとめて恥ずかしくないの?」「ダメ経営者がいくら万博を成功させると言ってもねえ」といった辛辣なコメントがいくつも並んでいる。

 今後、万博開幕に向け、作業員やトラック、重機で混雑が予想される工事現場をうまくさばきながら、遅れている海外パビリオン建設の進捗に向け、建設業界や海外各国と調整、交渉をしていくといった難しい仕事を進めなければならない。本業で苦しむ十倉氏が、このような仕事を確実にやりとげることができるのか、注目を集めている。