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経産省発の改革実践 教育にパーフェクトはない 五十棲浩二 経済産業省

五十棲浩二 経済産業省

五十棲浩二 経済産業省
五十棲浩二 経済産業省

経産省が、デジタルツールを活用した「令和の教育改革」に取り組むべくスタートした「未来の教室」事業は、今年6年目を迎える。文科省管轄の教育領域に、経産省がここまで積極的に入り込んだことは今までにない。教育産業室長の五十棲浩二氏は、教育改革には領域横断的な取り組みが不可欠だという。聞き手=金本景介 Photo=西畑孝則(雑誌『経済界』2024年8月号「教育改革 今そこにある危機」より)

エドテックは公教育に貢献できるのか

―― 経産省の教育領域への進出のきっかけになった「教育産業室」は、2017年の設立です。経産省で「教育」という言葉を冠した部署は今までにありませんでした。

五十棲 教育産業室の使命は、学校教育と民間の教育サービスの橋渡しとなり、子どもが自分の人生を自分で選ぶ多様性の時代にマッチした未来の学びの姿をつくることです。

 これまでは「言われたことをしっかりとやりなさい」という教育が主流でしたが、現代の社会は、自分自身で選択していくことが求められます。このため、学校にいる間から子どもたちが中心となって考え、積極的に選択を繰り返すことが重要になるでしょう。デジタル化はこの「自律的な学び」を大いにサポートしてくれます。

 経産省では、全員同じメニューを出す「幕の内弁当型」の学びから、子どもの興味に応じた「ビュッフェ型」に転換することをコンセプトに掲げています。ICTを活用しながらプログラミングやものづくりなど多様な選択肢を用意し、そして公教育プラスアルファとして学校外の学びも含めた環境を創出することを目指しています。

―― 全国の子どもすべてに一人一台のPCを配布する文科省主導のGIGAスクール構想も、端末の更新時期にあわせて第2期に入りました。新たに見えた課題はありますか。

五十棲 第2期ではこれまで以上に踏み込んだ形で、ICT環境を効果的な学びにつなげる局面に入っています。全ての学校に端末が行きわたったことで、学校教育の在り方の議論が「デジタルを活用すること」を前提とした形に変わりました。

 一方で授業の中身が実際にどれだけ変わったのかは学校ごとに異なり、文科省も問題意識を持っています。第1期はコロナ禍もあって急きょデジタル環境整備を進めた面もあり、中身については第2期が正念場です。

―― 教育産業室と文科省の方針は異なりますか。

五十棲 協力関係にあります。個人的には経産省だけではなく、厚労省や国交省など他の省庁も、教育にもっと関心を持つべきと考えます。将来の人材育成という目標は同じですから、「領空侵犯」ではない。ちなみに現在教育産業室に在籍しているメンバー12人のうち、文科省からの出向者が1人、地方自治体から7人、そのうち3人は教壇にも立っていた現場経験豊富な元教員です。

―― 教育産業室では、企業が提供するEdTech(エドテック)を全国の学校に積極的に導入すべく、「未来の教室」実証事業を続けています。少子化が進む昨今、エドテック市場に勢いはあるのでしょうか。

五十棲 市場規模自体は広がっていますが、公教育の予算は限られています。外部の企業サービスを持続的に活用していくことに関しては、まだハードルがあります。ただし、GIGAスクール構想により自治体・教育委員会が外部サービスを積極的に活用できる環境は整いました。

 一方で日本は公教育に充てられる予算額が諸外国に比べて少なく、公教育予算の枠組みも変える必要があります。さらに、公教育予算の大半を教職員の人件費と学校設備の整備費が占めている現状も課題となっています。教育分野に限らず、DXは自前主義を越えて、外部サービスを組み合わせながら、多様な需要に応えることで実現されています。教育分野でもDXを進める場合、自前主義を前提とした予算の仕組みからの改革が必要となるのではないでしょうか。

個性をより伸ばす学びの環境整備

―― 母校である私立中高一貫校に7年間身を置いた経験から何を得ましたか。

五十棲 子どもの可能性や伸びしろのすさまじさを実感できたことは大きな経験でした。例えば、勤務校で立ち上げたシリコンバレー研修では、訪問先の一部について生徒自身にアポ取りを委ねました。SNS等を使って、海外の人にドキドキしながら訪問のお願いをしてみる。こういった経験を繰り返していくと、子どもたちは見違えるほど成長していきます。原体験となるような刺激があれば、子どもは爆発的に伸びる。学校という場のポテンシャルをすごく感じました。

―― 現場での経験を受けて教育はどう変わっていくべきだと考えていますか。

五十棲 教育に100点満点はありません。さらなるデジタル化や、増加する不登校への対応なども含め、教育分野に関係する人たちも積極的に今後の方向性を打ち出していく必要があります。教育現場も「やらされる改革」から脱却していくことが求められるでしょう。もちろん日本の公教育は、所得や居住地にかかわらず一定のレベルの教育を受けられる環境にあります。日本全国の平均的な学力の達成水準は世界的に見ても高く、この点は誇るべきです。

 一方で所得や居住地にかかわらず教育レベルを揃えることのデメリットとして、公教育ではそれぞれの子どもが独自に持った個性を、より伸ばしていく学びにはなかなか投資されてこなかった現状があります。どんな子どもでも多様な学びの選択肢にアクセスできる環境を用意するためには、民間の創意工夫や新たなテクノロジーの活用が欠かせません。

 学びの選択肢を増やす環境整備を行っていく際には、教育に関心を持つ企業や個人との協働も重要です。例えば、化学製品を取り扱うダイセルでは、企業版ふるさと納税を活用して「〝みらいの科学者〟共創プロジェクト」を鹿児島県和泊町で実施し、公教育現場で理科実験イベントを行ったり理科実験補助員として社員を派遣しています。人件費は寄付(ふるさと納税)から賄われる仕組みです。このように、企業には、積極的に地域の学びに貢献していただくことで、都市部と地方の学力格差の歯止めにもつながります。多くの意欲ある企業、学校とともに「社会に開かれた学び」を目指します。