選択と集中、トップダウン型のガバナンス改革、稼げる大学——。2004年の法人化以降、これらの言葉と共に国立大学の改革は語られ、経営的に自立することが求められてきた。しかし、日本の大学は世界のトップ大学に比べ収益力が低く、それが研究力の低下を引き起こしているともいわれる。次世代の教育はどうなるのか。文=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年8月号「教育改革 今そこにある危機」より)
大学の資金不足は国力低下を招く
―― 2020年に東京大学在学中の中沢さんが立ちあげたアルムノートのミッションは、「次世代の教育に資本を回す」です。資本の循環に関して、日本の教育にどのような問題が起きているのでしょうか。
中沢 私が特に危機意識を持っているのは大学の経営状況です。少子化の影響で受験者・入学者が減れば収入減に直結します。また、日本経済の低迷によって財政状況が厳しくなったことで、大学の自主性・自律性に配慮するという名目のもと、04年には国立大学が法人化しました。さらに、自主財源の確保を促すために運営費交付金は年々削減され続けている状況があります。
―― 大学の資金不足はどのように顕在化しますか。
中沢 博士課程への進学率や論文数などに影響を及ぼします。研究力の低下は国力の低下にもつながる深刻な問題です。特に資金不足によって予算が削られやすいのは、基礎研究のような実用性の低い分野です。しかし、そうしたある意味でニッチな研究が次世代の産業、新たなイノベーションを生み出してきた歴史がありますので、実用性が低い分野の研究費などが削られることは未来の成長の芽を摘むことでもある。加えて、教職員や大学施設への投資を削ることにもなるでしょうし、日本の国際競争力はますます下がります。
―― 大学の収益については、政府が10兆円規模のファンドを運用し、その運用益で文科省が選定した「国際卓越研究大学」を支援する〝10兆円ファンド〟も注目されています。
中沢 有意義な取り組みだとは思います。ただ、運用益の見込みは3千億円ですし、仮に3大学で分配するとなれば1千億円ほど。新しい補助金が増えたような規模感というのが実情かもしれません。
―― 世界の有名大学と日本の大学に資金的な差が生じたのはいつごろからですか。
中沢 10年前、20年前の時点では、ハーバード大学やスタンフォード大学も、日本の大学と比較して多額の資金を持っていたわけではありません。ところがその後、授業料以外の財源確保で差が付き始めました。例えばハーバード大学は、収入の45%を寄付金・基金が占めており、そのほかの世界トップレベルの大学においても、大学独自の基金を運用することで財政的に自立し、研究に投資することで研究力を拡大してきた経緯があります。
―― 米国の大学経営に倣い、アルムノートは日本の大学でも寄付を拡大させることに取り組んでいるわけですね。
中沢 そうです。しかし、多くの日本の大学は卒業生との直接的な接点が薄く、寄付を呼びかける手段や仕組みが整っていません。あるいは、複数の名簿が存在し、情報が分散してしまっているケースも多くあります。まず、こうした名簿をひとつのクラウドデータベースに集約することで、精度の高い名簿管理ができる仕組みを実現しました。
―― システム構築はできても、実際のリスト開拓はどのように進めているのでしょうか。
中沢 21年からGiving Campaignというイベントを主催しています。これは、研究活動・部活動などに励む日本全国の学生が、SNSや独自ネットワークを通じて支援を募るイベントです。これまで37大学に参加していただき、卒業生寄付率は12%、累計寄付額は2億円以上に達する大規模イベントに成長しました。
私たちのシステムは、名簿の作成・更新から寄付金払込情報の入力までワンストップで完結できます。また、コミュニティ管理・メール配信の機能などを備えていますので、登録されたデータベースを分析することで、マーケティングツールとしても活用できます。ちなみにハーバード大学は卒業生をID管理していて、愛校心や資本状況、所在地、勤務先などのスコアを算出し、それらのセグメントに応じて週に数回の頻度でメールによる接点を設けているそうです。
―― いずれは日本の大学も同様の形を目指せる可能性はありますか。
中沢 可能性はあると思います。ただ、まだ名簿を充実させている段階ですし、いきなり個人に寄付を募るのは限界もあります。アルムノートの事業を通じて感じているのは、日本の場合はまず企業からの寄付の方が可能性は高いということです。
大学がもつアセットを事業収益に変えていく
―― 企業は業績が苦戦すれば寄付を真っ先に削るように思います。
中沢 たしかに本来は株主に還元すべき利益を寄付してくださいというのは難しいかもしれません。しかし、採用やマーケティングなど企業のニーズに応じてメリットを提供できればその対価として資金を得ることができると考えています。
―― それは大学が事業のようなものを展開するということですか。
中沢 例えば、キャリアセンターが人材紹介会社のようにキャリア支援機能を提供できるようになれば、企業が採用に関してHR会社に支払っていた費用を大学に流入させることができるかもしれません。HRサービスが提供する一番のアセットは人だと思いますが、大学は人材プールが大量にあるので、それを生かさない手はないわけです。既にいくつかの大学にヒアリングしながら事業立ち上げの準備を進めています。
個人からの寄付は、ある意味でホームランのようなもの。たしかに毎年1千億円規模の寄付を目指すのなら、ビル・ゲイツのような人物を輩出することが不可欠だと思います。一方で、企業のニーズに応える事業収入という名目ならばリカーリングが可能で、大学にとって持続的な収入になります。これらを組み合わせることで安定的な財源のめどが立ち、計画性を持った経営が実現できます。
―― そもそも日本に寄付文化は根付くと思いますか。
中沢 日本に寄付文化はないとよく言われますが、個人的な感覚としては寄付をしない気質というより、寄付を集める文化がなかったという方が近いのではないでしょうか。きっかけや仕組みさえあれば、根付く可能性はあると考えています。
基本的に勢いのある国は若者の人口が多く、その中で切磋琢磨して国が成長します。しかし、日本は少子化が進む。となれば、若い世代の一人一人に割り当てられる資金や時間はもっと増えてしかるべきだと思っています。だからこそ、アルムノートの事業を通じ、若い世代に投資が回る世界を目指します。