世界最大の自動車市場である中国。これまで日本メーカーは、ここでの販売台数を伸ばすことで収益を上げてきた。ところが今や、中国市場は現地の電気自動車(EV)に席巻されている。そのため日本車は減速、撤退企業も現れた。巻き返しは可能なのか。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2024年12月号より
大手3社を足してもBYDにかなわない
日本の自動車メーカーにとって、これまで金城湯池だった中国市場で変調が鮮明になっている。新車需要が急激にEVやプラグインハイブリッド車(PHEV)にシフトするとともに現地メーカーが台頭して価格競合が激化。ハイブリッド車(HV)を含むエンジン搭載車を得意としてきた日本勢は総崩れとなり、三菱自動車は撤退を決めた。ホンダは減産、日産自動車も工場を一部閉鎖するなど、対応に苦慮している。「守り」を固めるだけでは市場での存在感低下は続く可能性が高く、売れるEVやPHEVを投入して攻勢に転じることができるかが問われる。
日本勢の苦戦は鮮明だ。例えば、大手3社の中国市場における8月の新車販売台数は、いずれも前年同月比で2ケタのマイナスとなった。トヨタ自動車は13・5%減の15万2100台。合弁会社別では第一汽車集団との「一汽トヨタ」が約5%減の7万2100台、広州汽車集団との「広汽トヨタ」が約21%減の6万3千台だった。
日産は24・2%減の4万9204台。同社は中国では20%を超える減少率が続いており、1~8月の累計販売は前年同期比約10%減の43万5603台だった。さらに減少率が大きいのはホンダで、44・3%減の5万6959台だった。マイナスはトヨタとホンダが7カ月連続で、日産が5カ月連続。
日本勢3社の販売台数を足しても、BYD一社にかなわないのが現状だ。BYDは中国販売を核に世界販売台数も伸ばしており、今年4~6月の新車販売ではホンダ、日産を抜き去り7位に浮上している。
欧州連合(EU)は10月4日、加盟27カ国が中国製のEVに対する追加関税法案の採決を行い、賛成多数で成立したと発表。11月から実施する。このことは直接、日本勢には関係がないが、中国メーカーは輸出が減った分、中国国内で売ろうとすると考えられる。そのため過当競争による値下げに拍車をかけ、日本メーカーにもしわ寄せがきている可能性がある。
トヨタが8月1日に発表した2024年4~6月期連結業績をみると、同社の中国での販売台数は前年同期比で18%減となった。決算会見で山本正裕経理本部長は、「販売費を使ってでも耐え忍ばないといけない時期」と話した。
スズキ、三菱は撤退。日産、ホンダは生産縮小
日本メーカーはすでにコスト低減に向けた施策を実施。6月には、日産が中国・江蘇省の常州工場を閉鎖した。現地での生産能力を1割減らす方針だ。10年に他の自動車メーカーに先駆けてEV「リーフ」を投入した日産。6年ほど前までは、中国市場で大きな存在感を誇り、日本勢3社の中で現地販売は首位だった。日産が販売をさらに拡大しようと20年に稼働させた最新鋭の工場だった。しかし、その後日産の勢いは失速し、販売台数と比べて過剰になってしまった生産能力を削減し、コストの安定化をはかる。
また、ホンダも今秋、中国にある既存の自動車工場の生産能力を削減する。現在は年間149万台だが、このうち、現地企業との合弁である東風本田汽車の第2工場(同24万台)を11月に休止し、広汽本田汽車の第4工場(生産能力5万台)を10月に閉鎖し、生産能力の約2割を減らす。「アコード」や「シビック」といった両工場の生産車種は別工場に移管する。東風本田第2工場は部品生産と研究施設に転換し、広汽本田第4工場は閉鎖後に倉庫として活用。広汽本田では5月に正社員の希望退職を募集していたが、今回の生産縮小に伴う人員削減は行わないという。
18年にはスズキが中国生産から撤退。そして23年10月には、三菱自動車も、中国での自動車生産・販売から撤退すると発表した。現地会社の広汽三菱汽車の保有株式を合弁相手の広州汽車集団に売却。販売不振で同年3月から現地生産を停止していた。
合弁事業の解消に伴い24年3月期連結決算に243億円の特別損失を計上。今後はタイやインドネシアなどの東南アジア地域に経営資源を集中すると説明した。三菱自は12年に広州汽車集団と三菱商事の3社で広汽三菱汽車を設立。湖南省の工場でガソリン車のSUVなどを生産していた。18年度には約14万台を販売していたが、22年度の販売は約3万2千台まで落ち込んでいた。三菱商事も三菱自と同様に保有株を売却し、広汽三菱汽車の工場は広州汽車集団傘下のEVブランドが活用する。
中国は01年にWTO(世界貿易機関)に加盟。日本の自動車メーカーはこの頃から大きな成長が期待できる現地市場に進出したが、外資は単独では事業を行えない「外資規制」があった。中国国内で自動車を製造する合弁会社の出資比率を最大50%に制限されており、中国市場から得られる収益が限定されたほか、日本の自動車メーカーのノウハウもある程度、流出したとみられる。
さらに中国はしたたかな戦略を実行に移した。「自動車強国」を目指し、EVの産業振興に軸足を置いたのだ。エンジン車では日本やドイツに追い付くことは難しいが、将来的な普及が見込まれる新分野なら工夫次第で勝負できるという考えだったとみられる。
EVに欠かせない電池を国内で大量につくることができるように巨額の投資を行う一方、14億人の人口による内需を〝武器〟に、EVの販売を増やしていった。EVやPHEVを「新エネルギー車(NEV)」と位置づけ、購入者に補助金を支出し、エンジン車ではなかなか取得できないナンバープレートの割り当てでも優遇した。自国のEVメーカーの育成にも余念はなく、米テスラと同等の規模になったBYDや上海蔚来汽車(NIO)などが台頭した。中国政府は自国メーカーに対して補助金だけでなく、税金の払い戻しなど不透明な間接支援も行っているとされる。米国や欧州はこのことに不満を抱き、関税引き上げを行うなど、保護主義的な姿勢を強めている。
日系メーカーは、現地メーカーの値下げ攻勢に苦慮。例えばBYDは今年2月、セダンタイプのPHEV「秦PLUS」の値下げに踏み切ったが、競合する日産の主力車種「シルフィ」には大きな痛手となった。スマートフォン大手の小米(シャオミ)も3月、約450万円のEVを発売し、人気となっている。
また、今年5月のNEVの販売比率は前年同月から9・4ポイント上昇し、39・5%となった。日本勢はHVこそ強いが、日本国内での普及が遅れていることもありEVやPHEVでは後れを取る。このことで値下げしなくても売れるようなNEVを投入できず、苦戦を強いられている構図だ。
トヨタは全固体電池にEV市場の命運を懸ける
ほとんどの中国メーカーは、巨大な自国市場を見てEVやPHEVだけを造っていれば良いが、米国や日本など他国の市場でも激しい競争を繰り広げている日本勢はそうはいかない。経営資源の分散を避けられないことが苦境の背景にある。
日本勢に巻き返しは可能か。日産、ホンダ、三菱自のように効率化を進めることも重要だが、中国市場で売れるNEVを投入しなければ不利な競争環境が続くだけだ。それは性能やデザイン、使い勝手に加えて、価格競争力も大きな要素となる。
トヨタは23年10月、EV向け次世代電池である「全固体電池」の量産化に向けた協業で出光興産と合意。27~28年に実用化する方針を示しており、出光と組むことで供給量の拡大を目指すという。この協業は、高容量で高い出力を発揮しやすいとされている硫化物系の固体電解質が対象。硫化物系の固体電解質は石油製品の製造過程で発生する硫黄成分を原料としており、出光は長年、研究してきたという。この時の記者会見で佐藤恒治社長は、「全固体電池を量産化し、イノベーションを実現する」と強調した。
また、トヨタは電池による航続距離を200キロまで伸ばした次世代のPHEVを開発している。NEVに含まれるPHEVは中国で補助金の対象になる一方、エンジンを搭載していることから、トヨタとしても培った技術を商品開発に反映させやすいという利点がある。中国市場でもPHEVは伸びており、BYDも今年5月、「第5世代」と言われるシステムを搭載したPHEV2車種を発売した。
トヨタは、テスラなどが採用している、車体部品を一体成型する「ギガキャスト」に使う大型鋳造設備も今年から順次、導入していく考えだ。EVの部品試作などに使うほか、高級車ブランド「レクサス」の次世代EVに採用。車体の軽量化や生産効率化につなげたい考えだ。
全固体電池の開発やギガキャスト導入については、日産やホンダも準備を進める。そして両社は8月1日、EV分野で全面的に協業すると発表した。視野には中国市場でのNEV投入があるとみられる。EVにとって重要な電池とソフトウェア、駆動装置が対象となっている。車載電池の仕様共通化などについて日産の内田誠社長は同日の記者会見で「コストダウンが期待できる」と強調した。両社の提携はスケールメリットを出すことで効率化を進めることだ。それが、新しいEVやPHEV開発の余力を生み出すことにつながれば、中国市場での存在感を取り戻すきっかけになるかもしれない。
11月の米大統領選では、EVなどに否定的なトランプ前大統領と、環境重視のバイデン大統領の政策を受け継ぐとみられるハリス副大統領のどちらが勝つか見えにくくなっている。日米欧の金融政策の変更で、為替も不安定だ。経営の「変数」が多い中、中国市場でどのように過当競争に向き合っていくか、日本勢の底力が試される状況だ。