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万博は未来創造の「実験場」経済にも社会にもレガシーを残せ 山中哲男 ダイブ

山中哲男 ダイブ

いよいよ間近に迫る大阪・関西万博。1970年の万博が日本の変革を示したように、2025年の万博も「挑戦」を掲げる。事業開発・事業戦略を得意とし、万博でも事業化支援チームで施策選定や仕組み作りを推進する山中哲男氏に、万博が日本に残す経済的、社会的な「レガシー」について聞いた。聞き手=佐藤元樹(雑誌『経済界』2025年2月号「2025年を読み解くカギ」特集より)

山中哲男 ダイブCINOのプロフィール

山中哲男 ダイブ
山中哲男 ダイブCINO
2008年5月、企業の新規事業開発支援や既存事業の戦略立案をするトイトマを創業し、社長に就任。24年11月、観光施設に特化した人材サービス業を基幹事業とするダイブのCINOに就任。2025大阪・関西万博の取り組みをレガシーとして残すため事業化支援プロジェクトチームを発足。

万博は未来を変える分岐点

―― 2025年の大阪・関西万博開幕が目の前に迫ってきました。今回の万博は日本経済にとってどういったインパクトをもたらすのでしょうか。

山中 万博は、経済と社会のあらゆる領域に波及効果を生む巨大な国家プロジェクトです。

 観光の面では、インバウンド観光客と国内観光客を合わせると、数十兆円規模のマーケットがあります。コロナ禍で一時停滞したものの、現在は急速に回復し、24年には訪日外国人旅行者数が過去最高を記録する勢いとなっています。このような順調な回復基調の中、大阪・関西万博は観光客の流れをさらに加速させるきっかけとなるでしょう。

 また、単に大阪を訪れるだけでなく、京都や奈良、淡路島、八尾市などの周辺地域にも人々が回遊することで、地域全体の経済循環が生まれます。例えば、淡路島では「デジタル観光マップ『あデジ』」を作成し、観光客が地域の魅力に簡単にアクセスできる仕組みを提供しています。一方、大阪府八尾市は「ファクトリーツーリズム」を展開して、工業地帯の特性を生かした観光体験を通じて地域の魅力を発信しています。

 同時に、万博を契機に「関係人口」が増えることも期待されます。関係人口とは、観光やイベントをきっかけに地域と継続的に関わる人々を指します。地元の人々が地域の魅力を再発見するだけでなく、国内外の観光客が地域に根ざした文化や産業に触れる機会が増える。これが地域経済や社会全体にポジティブな波及効果を生むと考えています。

 さらに、万博を通じて企業間の技術マッチングも重要なテーマです。前回のドバイ万博では面談スペースを活用して多くのビジネス提携が実現しました。同様に、大阪・関西万博でも、スタートアップや中小企業が持つ技術やアイデアを「見える化」し、新たなコラボレーションを促す仕組みが期待されています。

―― 日本の企業が万博をきっかけに成長するためには何が必要ですか。

山中 企業にとって、万博は自己変革の絶好のタイミングです。特に重要なのは、多言語対応やキャッシュレス決済の導入といったインバウンド需要への対応です。この準備が整っていない企業は、25年以降に競争から取り残されるリスクがあります。

 さらに、スタートアップとの連携もカギを握っています。例えば、IoTやAIを駆使した効率化ツールを導入することで、生産性を向上させた事例があります。こうした協力関係が新たなビジネスチャンスを生む原動力になるでしょう。

 また、企業間の文化や価値観の違いを超えて協働する姿勢も求められます。万博はそのような「共創」を実現する場です。

個人の選択が未来を形作る

―― 改めて山中さんの万博における役割と、万博への思いについて教えてください。

山中 現在、私は内閣官房や経済産業省、日本博覧会協会と連携し、万博終了後にどのような「レガシー」を残すべきかを検討するチームに所属しています。このチームでは、持続可能な社会を実現するための施策を選定し、それらを実社会に定着させるための仕組み作りを支援しています。

 例えば、70年万博では動く歩道や携帯電話といった革新的な技術が示され、現代に受け継がれています。同じように、2025年の万博でも、脱炭素社会やデジタル化を推進する新しい技術が、未来を築く基盤となるはずです。また、この万博では来場者一人一人が新たな気づきを得て行動を変える「行動変容」をテーマにしています。個々の行動が企業や地域を巻き込み、最終的には社会全体の変化を後押しすることを目指しているのです。

 私は万博を、未来社会の可能性を現実の形として示し、次世代に向けて大きな一歩を踏み出すための「実験場」だと捉えています。この万博が、単なる観光イベントにとどまるのではなく、社会の変化を促す「未来を変える起点」になるべきです。1970年の大阪万博が、世界中の最新技術や文化交流を通じて日本社会の進化を後押ししたように、今回の万博も新たな価値を生み出し、未来を切り拓くきっかけを作ることが求められています。

―― 万博を通じて残すべき「レガシー」とは何でしょうか。

山中 万博が残すべきレガシーは、「つながり」と「行動変容」です。来場者が新しい技術や体験を通じて「これを取り入れたい」「この課題を解決したい」と思い行動を起こす。その行動が企業や地域とつながり、社会全体の変化を促します。

 万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」とは、次世代が希望を持てる未来を描くための出発点です。70年万博では、太陽の塔や月の石といった象徴的な展示がありましたが、参加者が最も強く記憶しているのは「外国人に初めて会った」という衝撃だと聞きます。一般の外国人からサインをもらったり、異文化に触れたりといった体験が、当時の人々にとっては強烈な「未来感」を与えたのです。

 一方で、現在は「個の時代」と呼ばれる状況が進んでいます。情報が氾濫し、誰もが簡単に最新の知識や技術にアクセスできる時代では、集団ではなく、個々の価値観や興味に基づく行動が重要視されています。この「個の時代」においては、来場者一人一人が自分なりの未来を描き、何を取り入れるか、どのように行動を変えるかを主体的に選択する必要があります。万博は、そうした個々の選択を支援し、インスピレーションを与える場であるべきです。

 例えば、大企業のパビリオン内で使用される技術には多くのスタートアップや中小企業が参加していることが、十分に認知されていません。これを「見える化」することで、来場者がその価値に気づき、企業や技術との新たな「つながり」を築くきっかけが生まれるでしょう。

 また、個人が興味を持った内容をもとに、他者と共創することが「個の時代」における新たな未来感の基盤となります。

 万博は単なる感動体験で終わらず、持続可能な社会を構築するきっかけとなるべきです。「個の時代」を前提とし、それぞれが自分なりの未来につながる気づきや行動変容を生むことが、この万博が残すべき最大のレガシーだと信じています。 

―― 万博を通じて、私たちは未来にどのようなメッセージを残せるでしょうか。

山中 先ほど言ったように、万博は未来を創造するための「実験場」です。特に中小企業や地域社会にとって、自分たちの価値を再定義し、新たな一歩を踏み出す絶好の機会となります。この貴重なタイミングを逃すことなく、未来を見据えた取り組みを始めることが重要です。

 私たち一人一人の行動や選択が、次の時代を形作ります。変化を恐れるのではなく、共に新しい未来を描き、その未来を次世代に誇れる形で受け渡していきましょう。万博をきっかけに生まれるつながりと行動変容が、その原動力になると私は信じています。