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トランプの関税引き上げで揺れる 日の丸自動車メーカーの前途

トランプ米次期大統領が就任前に中国やメキシコ、カナダへの追加関税導入を表明した。日本の自動車メーカーの多くがメキシコで生産、米国に輸出しており、各社の株価は大きく下落。さらには日本からの輸出に対しても関税が引き上げられる可能性があり、各社は戦々恐々だ。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2025年2月号より)

影響の大きいマツダとスバル

 トランプ氏の当選が確実になると、金融市場では日米の株買い、円売りドル買いという「トランプ・トレード」が盛んになった。法人税減税の継続など、基本的にはハリス氏よりも企業活動にプラスの政策が多いとされるトランプ氏。財政拡張的な政策により円安ドル高が進んだが、上昇相場の一方で自動車セクターは

“蚊帳の外”だった。

 その最大の要因は、トランプ氏が国内産業の保護や雇用の創出を重視し、輸入関税の引き上げに意欲を示してきたからだ。乗用車に対する現行の基本の関税率は2・5%(ピックアップトラックを除く)だが、10~20%の関税をかけると主張してきた。関税引き上げ分を企業が車の販売価格に転嫁すれば、日本車が割高になり米国で競争力を失う。価格に転嫁しなければ1台当たりの利益が下がり、業績を直撃するという苦しい状況に追い込まれる。

 米国は中国に次ぐ世界第2位の自動車市場で、2023年の日本からの四輪車輸出台数は前年比16%増の148万台。中国では急激な電気自動車(EV)シフトが起きており、乱立する新興メーカーも加わった価格競争の激化で、自動車メーカーが十分な利益を確保することが難しくなっている。相対的に重要さを増している米国市場で関税が引き上げられれば、日本メーカーの多くが窮地に陥る懸念がある。

 関税引き上げが実施された場合、特に輸出比率が高いマツダや、米国への輸出台数が多いSUBARU(スバル)への打撃が大きいとみられる。24年上期(1~6月)でみると、マツダの輸出比率は約87%。北米には、総輸出台数の4割超に相当する約14万台を輸出していた。同時期の北米での販売台数は約20万台で、日本国内の販売台数の約3倍に相当する。また、スバルは国内で約25万4千台を生産。輸出台数は20万4千台で、その大半は北米だ。

 一方でトヨタ自動車は24年上期、北米で約108万台を生産するなど、現地生産の規模が大きく、マツダやスバルのようには影響を受けないとみられる。ホンダも創業者・本田宗一郎の理念「需要のあるところで生産する」に基づき、輸出ではなく現地生産に主眼を置いて対応しているため、関税引き上げへの耐性は日本の自動車メーカーの中で最も強いようだ。

メキシコからの輸入にも25%の関税を予定

 自動車メーカーにとって、さらに差し迫った国がメキシコだ。トランプ氏は11月25日、SNSで中国、カナダ、メキシコからの輸入品に追加関税を課す方針を表明。カナダとメキシコには、25%の追加関税を課すとした。蔓延し社会問題となっている合成麻薬「フェンタニル」が、中国からカナダとメキシコを経由して米国に入ってきていることを理由に挙げた。両国は米国向けの関税をゼロにできる自由貿易協定「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」を結んでおり、次の見直し時期は26年だ。しかし、トランプ氏は強引に、この見直し時期そのものを前倒しするのではないかとの見方もある。

 見直しが実現すれば、米国への輸出を念頭にメキシコなどに拠点を置いている自動車メーカーや部品メーカーには大打撃となる。トランプ氏が実際に追加関税を課せば、メキシコは報復関税を課す可能性が高い。部品や半製品が国境を何度も超え、完成車が作り上げられる状況で、その度に関税を支払っていては十分な利益を得られなくなる。

 トヨタ、日産自動車、ホンダ、マツダはメキシコを米国市場向けの生産拠点としてきた。日本の自動車メーカーの中で、メキシコでの生産台数が最も多いのが日産だ。スポーツ用多目的車(SUV)や高級車を生産しており、年25万台程度を米国に輸出しているとみられる。24年9月にはアグアスカリエンテス工場で、SUVの新型「キックス」の生産を開始したと発表していた。

 日産が11月7日に発表した2024年9月中間連結決算は、営業利益も純利益も前年同期比で約9割減となる厳しい内容だった。同時に、世界生産能力を20%削減し、全体の1割弱に当たる9千人規模の人員削減を行う方針も公表。この席上、トランプ氏の返り咲きについて内田誠社長は、「中長期的な(経営の)方向性は変わらないと思うが、注視していく」と述べた。メキシコから米国に輸出している台数は、世界販売の7%超に相当。実際に追加関税が課された場合、ただでさえ厳しい状況にある経営への打撃は大きい。

 トヨタ自動車は11月7日、メキシコ工場の生産強化のために14億5千万ドル(約2200億円)を投資するとメキシコ政府側が発表したばかり。メキシコでは利益率の高い戦略車であるピックアップトラックを生産しており、トランプ関税が現実のものとなれば、戦略を修正する必要に迫られる可能性もある。

 ホンダも、需要のあるところ(米国)の近くであるメキシコから輸出している。11月6日の中間決算発表の席上、青山真二副社長が明らかにしたところでは、メキシコの年間生産台数は約20万台で、16万台を米国に輸出している。生産車種は小型車「フィット」やSUVの「HR-V」などのようだ。メキシコからの輸入に対する米国の関税の導入について「メキシコ生産車の8割を米国に輸出しており、そこに関税がかかるのであれば事業に与える影響は非常に大きい」と危機感を隠さなかった。

 マツダのメキシコでの生産台数は11万台程度とみられ、他社に比べ少ないが、もともとの企業規模が大きくないだけに、トランプ関税は打撃だ。メキシコ工場で生産する車の約6割が米国向けだ。11月7日の中間決算発表で毛籠勝弘社長は「個社で解決できる問題ではない」と語った。

 トランプ氏の優勢、当選確実に始まり、下旬にはメキシコへの追加関税を表明した11月。決算の結果による変動も入ってくるが、選挙前の5日と月末の株価を比較すると、ホンダが14・8%安、マツダが14・0%安、日産が12・4%安などとなっており、新しいトランプ政権下での利益成長に多くの投資家が懐疑的な見方をしていることが伝わってくる。

 トランプ・トレードでは日本の自動車メーカーを利する円安ドル高になった為替に関するトランプ氏の政策についても、不透明さがある。ドル高になったのは、減税や財政支出が米財政を悪化させ、長期金利が上昇し、インフレの方向に振れるとの観測が背景にあり、日米金利差の拡大が円高ドル安につながるとの思惑によるものだ。しかし、トランプ氏は本当は国内産業保護のために、自国企業が輸出で潤うドル安を目指している。折しも、FRB(連邦準備制度理事会)が操る米国のFF金利は歴史的な高さにあり、基本的にはこれを引き下げていくことになる。一方でマイナス金利を解除した日銀は利上げを志向。教科書通りにいけば、日米金利差の縮小による円高ドル安につながる。実際にそうなれば、日本の自動車メーカーの経営はさらに苦しくなる。

EVシフトの見直しは日本メーカーに追い風

 環境政策については、民主党のバイデン政権と〝真逆〟だ。パリ議定書を再脱退するほか、脱炭素社会の実現を目指すとしてバイデン氏が導入したインフレ抑制法(IRA)を廃止するのは確実だ。ただでさえ電気自動車(EV)市場の成長が鈍化しているところに、IRAを通じて促進してきたEV購入補助がなくなり、普及ペースが遅くなる公算が大きい。これは、人気が再燃しているハイブリッド車(HV)に追い風で、トヨタなどが恩恵を受けそうだ。

 国内市場の動向もあり、EVがあまり得意でない日本勢にとっては、時間的余裕が得られるため、プラスになるとの見方もある。ただ、中国は依然国策としてEVの普及を進めており、世界の2大市場で環境車市場の方向性が正反対になれば、次世代車開発に向けて必要な投資対象についての不確実性が増し、各社は経営資源の配分が難しくなりそうだ。

 日本の基幹産業である自動車は23年、米国に年約150万台輸出され、輸出額は約5兆8千億円に上る。このため、自動車への関税引き上げは日本経済全体を直撃する可能性もある。

 ビジネスマンであるトランプ氏は、関税を取引の道具に使うことがあり、メキシコの関税を含め、決着がどのようになるかを推測することは難しい。振れ幅の大きなトランプ氏の政策に対応して商品開発、生産、販売を進めながら、将来に向けた研究や投資も行うという難しい舵取りが必要となる。24年7~9月でみると、純利益ベースで増益となったのはスバルとスズキだけ。コロナ禍と半導体不足による供給難から改善し、数字を伸ばしやすかった状況はすでに過去のものだ。トランプ氏の剛腕と対峙する各社は、生き残りに向けて重要な局面を迎えている。