「物流2024年問題」を受け、長距離輸送をトラックから鉄道や内航海運に切り替える「モーダルシフト」の動きが広がっている。政府は今後10年程度で現状の2倍まで引き上げるとしているが、「内航海運はトラック運送以上に危機的状況だ」との声も漏れてきた。文=ロジビズ・オンライン編集長/藤原秀行(雑誌『経済界』2025年2月号より)
内航海運のCO2排出量はトラック輸送の5分の1
「鉄道、内航の輸送量・輸送分担率を今後10年程度で倍増させる」。2023年10月、政府が首相官邸で開催した物流2024年問題の対応を話し合う関係閣僚会議が取りまとめた「物流革新緊急パッケージ」の中で、物流の効率化を後押しする方策の中に、モーダルシフトの推進目標が明記された。会議に出席した岸田文雄首相(当時)は「物流2024年問題という変化を力に変え、わが国の物流の革新に向けて、政府一丸となって、精力的に取り組んでいただくようお願いしたい」と居並ぶ閣僚たちに指示した。
政府の働き方改革関連法施行で、24年4月1日以降、トラックドライバーは時間外労働時間の上限を年間960時間に設定され、走行できる距離が短くなった。トラック運送業界などの間では1日当たり500キロメートル以上、往復の場合は片道で250キロメートル以上を走るのは難しいとの見方が広がっている。例えば、東京~大阪間は500キロメートルを超えており、1日に1人で走りきるのは困難な状況だ。農作物の産地や水産物の水揚げ地から消費地の大都市圏までトラックで輸送するには、以前より多くのドライバーを要しており、事業者はコストの増加に直面している。
そのため、鉄道や内航海運へのモーダルシフトが産業界で脚光を浴びている。国土交通省などによれば、輸送手段別の輸送量を見ると、トラックは重量ベース(トン)で国内輸送量の9割を占め、内航海運は1割程度。しかし、輸送距離を考慮するため運ぶ重量と距離を掛け合わせたトンキロベースでは、トラックが5割程度、内航海運が4割程度となる。つまり、内航海運はトラックよりも長い距離を運んでいる。内航海運は主に石油製品や鉄鋼、石灰石、原油、セメント、砂、自動車などの重量物を取り扱っており、一度に大量の貨物を輸送できるのが強みだ。
内航海運は輸送時に排出するCO2がトラックより少ない点もメリットだ。国交省の試算では、1トンの貨物を1キロメートル輸送する場合、CO2の量は内航海運がトラックの約5分の1に抑えられるという。
こうした特性を重視し、長距離の輸送を内航海運に委ねようとするモーダルシフトの動きが加速している。内航海運では長距離を運航するフェリーや、同じくトラックやトレーラーを載せて航行可能な「RORO船」などがトラックの代替手段として用いられている。
山梨を地盤とする大手菓子メーカーのシャトレーゼは24年4月、山梨~九州間の商品輸送の一部を、SHKライングループの東京九州フェリーに切り替えた。物流2024年問題を見据えての対応だ。神奈川の横須賀港と山口県の新門司港の間を航行するフェリーを利用。SHKライングループで物流事業を手掛けるマリネックスと連携し、フェリーにはシャーシ(トレーラー)の部分のみを切り離して積載、到着場所で別のドライバーが陸送するため、シャトレーゼとマリネックスはドライバーの負荷を減らせると想定しているほか、トラック輸送時よりCO2排出量を5割超抑制できると見積もっている。
イオングループのイオン北海道と物流事業を手掛けるイオングローバルSCMは24年10月、物流大手のセンコー、内航海運の栗林商船の両社とタッグを組み、北海道で店舗への商品配送に内航海運の航路を活用するモーダルシフトを開始した。
北広島市のイオングループ物流センターから苫小牧港に商品を運び、12~14時間をかけて釧路港まで輸送した後、釧路の配送拠点を介してイオン釧路店に納品している。対象は衣料品や日用品の一部などで、食料品も物量が増えてトラックに積みきれなくなった場合に栗林商船が運航しているRORO船を使う。イオングループは25年春には他のエリアの店舗向け商品配送にも内航海運を導入していくことを視野に入れている。
モーダルシフト需要を見越し、物流業界も輸送インフラの拡充などに乗り出している。日本通運は24年3月、フェリー大手の名門大洋フェリーと組み、大阪南港~新門司港の間で海上輸送と鉄道輸送を組み合わせた新たな輸送サービスを始めた。日通が独自に開発した鉄道と海上の両方で使うことが可能な「RSVコンテナ」を取り入れ、ルートの途中でコンテナから荷物を取り出して積み替える手間を解消している。海上と鉄道を連携させ、環境負荷を下げていることも全面にアピールしている。
神戸に本拠を置く井本商運は10月、東京港と北海道の函館港を結ぶ内航のコンテナ船の定期運航を開始した。このルートでは19年から不定期で運航してきたが、物流2024年問題を受け、週1便に定期化した。
業界を悩ませる「2つの高齢化」
期待度が高まっている内航海運が抱える弱点がトラック運送と同様、運航の担い手の深刻な人手不足と高齢化だ。国交省によれば、内航海運の船員は最盛期の1974年の7・1万人から2022年には2・8万人まで落ち込んでいる。近年は2万人台で推移が続いており、大きく上向く兆しは見られない。
内航海運の船員は3カ月連続して乗船した後、1カ月間は船を降りて休暇を取るという就業パターンが多い。長期間家に帰れない上、船内で通信環境が悪く洋上でインターネットにスムーズに接続できない環境が若い世代に敬遠されているようだ。ある内航海運業界の関係者は「乗船スケジュールが急きょ変更になることもあり、若い人を採用できても休みが取りづらいことなどを理由になかなか定着してくれない」と嘆く。
業界団体の日本内航海運組合総連合会の調査では、23年10月現在、50歳以上の船員が5割近くに上り、80歳以上も0・2%いる。トラックドライバーと同様、高齢化が鮮明になっている。国交省によれば、23年9月の内航海運船員の有効求人倍率は4・12倍で、実に求職者1人に対して求人数が4件もある状況だ。厚生労働省が取りまとめた同じ月の全体の有効求人倍率は1・29倍で、全体の趨勢からかけ離れていることがうかがえる。
業界団体の全国内航タンカー海運組合が今年5月に公表した23年度の内航タンカー船員実態調査の報告書によると、平均年齢は45・4歳で、各社が積極的に新卒採用を進めた効果などで22年度からわずかに若くなった。しかし、若年層の早期退職者が増加し、70歳以上の高齢船員への依存割合が高まっていると課題にも言及、「早急に対応が望まれる」と訴えている。
内航海運は船舶を所有する船主(オーナー)と実際の運航を担う運航会社(オペレーター)が用船契約を交わした上で、運航会社が荷主企業の要望に応じて船舶を使い、海上輸送しているケースが一般的だ。しかし、荷主は製鉄会社や化学メーカー、石油の元売り企業など大手企業が名を連ねている一方、運航会社と船主の9割強が中小企業で荷主の専属化・系列化が進み、運賃がなかなか上がらず、船舶への新規投資を絞らざるを得ない状況が続いてきた。
国交省の調査では22年3月末年時点で国内の船舶のうち、法定耐用年数の14年を過ぎているものが7割を超えているという。船舶と船員という「2つの高齢化」が根深い問題となっており、船主が事業継続を断念するケースも相次いでいる。産業として見た場合、実に脆弱な状況だ。
こうした中で、トラックに代わる輸送手段として内航海運の輸送量を10年で2倍に増加させることをうたう政府の方針には不安を覚えずにはいられない。関係者は「業界にとってはチャンスだが、率直に言って、われわれがトラックからのモーダルシフト需要の受け皿になれるかどうかが非常に危うい」と苦しい胸の内を明かす。
国交省や内航海運業界も窮状を前に、新卒採用の強化や待遇の改善に乗り出している。運航事業者は「3カ月勤務・1カ月休暇」から連続勤務と休暇のサイクルを見直して船員が自宅に戻ることができるまでの時間を短縮したり、衛星通信回線を導入して洋上でもインターネットを使えるようにしたりといった取り組みに注力。政府はトラックドライバーに先行する形で22年4月、法改正して「船員の働き方改革」を本格化させており、船主が船員の労働時間を把握して過労を防ぐなど適切な措置を講じるよう義務付けたり、産業医を配置して船員の健康維持を後押ししたりといった施策を展開している。
国交省の官民懇談会が11月に取りまとめたモーダルシフト促進のための対応方針では人手不足の窮状を念頭に置き、自動運航船の本格的な商用運航実現に向けて環境を整備することや、大型船舶の運航に必要な国家資格の海技士を取得できるルートを多様化すること、フェリーやRORO船が接岸するターミナルの機能を強化することなどを列挙している。モーダルシフトの担い手として期待するのであれば、並行して内航海運の持続可能性を高める対策を進めることが強く求められる。