かつてはセゾングループの中核会社だった西友が、九州のトライアルに買収された。イトーヨーカ堂も米ファンドに売却されることになった。いずれもダイエーと並ぶ大型スーパーとして流通業界を牽引したが、栄華の時代は今や昔。業態そのものが消えようとしている。文=ジャーナリスト/下田健司(雑誌『経済界』2025年5月号」より)
セゾングループ崩壊後、点々とした西友株
福岡県を本拠とするディスカウントストアのトライアルホールディングスが3月5日、総合スーパー(GMS)の西友を買収すると発表した。7月1日付で米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)と米ウォルマートから全株式を取得する予定だ。買収金額は3826億円で、手元資金と3700億円の銀行借入れを充てるとしている。
西友については2025年1月、米投資ファンドのKKRが保有株式の売却を検討していることが明らかになり、その行方に注目が集まっていた。西友は約20年にわたり米ウォルマート傘下にあったが、ウォルマートの事実上の日本撤退で大株主となっていたのがKKRだ。
ウォルマート傘下入り前、西友は流通業界の一大勢力を誇ったセゾングループの中核企業だった。だが、グループ企業の過剰投資で2000年代初頭にセゾンは解体され、西友は経営再建のため02年にウォルマートと包括的業務・資本提携した。05年にはウォルマートに子会社化され、08年には完全子会社となった。しかし、西友のウォルマート化は成果をあげられなかった。21年ウォルマートは保有する西友株式の65%をKKRに、20%を楽天(現・楽天グループ)に売却した。23年には楽天グループが保有する株式をKKRに売却した結果、西友の株主構成はKKR85%、ウォルマート15%となった。
21年、西友の株主体制変更後、社長に起用されたのが大久保恒夫氏だ。大久保氏はイトーヨーカ堂を経て、コンサルタントとしてユニクロや良品計画の改革に携わったほか、ドラッグストアのドラッグイレブンやスーパーの成城石井、外食のセブン&アイ・フードシステムズなどの社長を務めた。この大久保氏が構造改革の陣頭指揮にあたってきた。
西友の決算公告によると、23年12月期業績は、売上高6647億円(前期比5・8%減)、営業利益259億円(24・8%増)、経常利益270億円(29・6%増)、純利益176億円(42・6%減)だった。減収とはなったものの、営業利益率は0・9ポイント改善し3・9%と同業他社に見劣りしない水準に達している。
24年には、8月に九州の全69店舗を中四国・九州でスーパーを展開するイズミに売却し、10月に北海道の全9店舗をイオン子会社のイオン北海道に売却した。これにより、西友の店舗網は東北・関東・中部・関西に240店舗強となった。KKRとしては投資した資金の回収のため、本州に事業を集中させ経営効率化を図った格好だ。
各エリアの22年12月期売上高は九州969億円、北海道261億円の合計1230億円。24年12月期の西友業績は未公表だが、九州と北海道の店舗を売却したため、売上高は6千億円を割り込んでいるもようだ。
イオン、ドン・キホーテに競り勝ったトライアル
西友売却にあたっての入札には、トライアル、イオン、ドン・キホーテを擁するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)などの小売業、投資ファンドが応札していたとされる。
イオンはマイカルやダイエーなどのGMSのほか多くの食品スーパーを買収しており、買収実績という点で小売業界随一だ。PPIHは長崎屋やユニーといったGMS企業を買収しドンキ化によって成果をあげた実績がある。可能性が高いと見られていたのはイオン、PPIHだったが、落札したのはトライアルだった。
トライアルはウォルマートの経営手法を手本にしている。期間限定の特売ではなく常時低価格で販売するEDLP(エブリデーロープライス)を採用しているし、情報システムや物流システムも内製化している。
同社の沿革によると、1974年福岡市に開業したリサイクルショップのあさひ屋を前身とする。84年にトライアルカンパニーに商号変更、POSシステム開発を手がけるようになった。92年にトライアル1号店を出店、96年にはウォルマートの展開するスーパーセンター業態をモデルに1号店を出店し、2001年GMS撤退物件への居抜き出店を開始した。08年には北海道の格安スーパー、カウボーイを買収している。
強みとするITについては、03年中国にソフトウェア開発拠点を設立。13年に店舗のデータをメーカーと共有するデータプラットフォームを稼働、18年には決済タブレット付ショッピングカートやAIカメラなどの開発を行う子会社を設立。22年にはこうしたIT技術を導入したスマートストアを出店した。
15年にトライアルホールディングスを設立し純粋持株会社体制に移行。24年3月に上場した。
現在、全国に300店舗超を展開しており、店舗規模は小型から大型までさまざまだ。主力とするのは郊外立地の1200〜1500坪規模のスーパーセンターで、原則24時間営業で、食品、日用品、衣料品などの必需品を揃える。
トライアルの連結売上高は24年6月期7179億円。25年6月期は8088億円を見込み、西友買収で売上高は1兆円を超える規模になる。
買収メリットは店舗網の拡充だ。トライアルは全国に広く展開しており、西友が強い関東の約130店舗を一挙に手に入れるメリットは大きい。デジタル技術についても西友の導入余地がありそうだ。
だが、課題もある。西友はKKR傘下入り後ウォルマート流の安売りから脱却し付加価値商品の販売に力を入れ、業績を改善してきた。だが、トライアルはあくまでウォルマート流を貫いている。営業利益率はトライアル2・8%で西友を下回る。商品政策について両社がどこまでシナジーを創出できるかは未知数だ。
一方、イトーヨーカ堂の行方にも注目が集まっている。セブン&アイ・ホールディングスは25年3月6日、イトーヨーカ堂などのスーパーストア事業や専門店事業を束ねる中間持ち株会社ヨーク・ホールディングスを米投資ファンドのベインキャピタルに8147億円で売却すると発表した。
セブン&アイは24年4月、低迷が続くイトーヨーカ堂を27年度以降に株式を上場させ外部資本の活用による再生を図り、主力のコンビニエンスストア事業に経営資源を集中する方針を公表した。
背景には、米投資ファンドのバリューアクト・キャピタルから再三にわたり不振事業の分離を求められていたことがある。23年9月に傘下の百貨店そごう・西武を米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに売却したものの、イトーヨーカ堂についてはコンビニ事業の成長に必要としてグループ内にとどめる考えを示していた。
イトーヨーカ堂の24年2月期259億円の最終赤字。最終赤字は4期連続で赤字幅は年々拡大しているが、店舗閉鎖、人員削減、衣料品撤退などの構造改革にはめどをつけた。
24年に北海道・東北・信越の17店舗を閉鎖し店舗網を首都圏に集中させるなど、構造改革で計画していた店舗閉鎖は1年前倒しの25年2月末に完了した。24年1月には45歳以上の社員を対象に早期退職者を募集し、従業員の1割に当たる約700人が2月末までに応募した。店舗網の縮小に伴う配置転換や退職による自然減などでさらに約1千人の人員削減を見込んでいる。
23年3月には自社衣料品事業からの撤退を発表しており、24年2月からカジュアル衣料店のアダストリアがイトーヨーカ堂専用衣料品の供給を始めている。25年2月にはネットスーパー事業から撤退。23年春に開設したばかりの専用大型配送センターの稼働を中止した。
そして、セブン&アイがイトーヨーカ堂分離のために24年10月に全額出資で設立したのがヨーク・ホールディングスだ。傘下にはイトーヨーカ堂、ヨークベニマル、シェルガーデンのほか、生活雑貨のロフト、子ども用品の赤ちゃん本舗、外食のセブン&アイ・フードシステムズ、商業施設開発のセブン&アイ・クリエイトリンクなど連結子会社24社と持分法適用会社7社の31社を抱える。セブン&アイはヨーク・ホールディングス株式の過半を売却し、25年度に持ち分法適用会社とする方針だ。
ベインキャピタルはイトーヨーカ堂の店舗改装などで実績のある不動産大手ヒューリックとの連携も検討しているもようで、商業施設として集客力を高める方向だ。27年度以降の株式上場という計画を考えると、これまで行ってきた店舗改装以上の新基軸を打ち出す必要があり、経営効率改善のため専門店事業会社の売却も可能性がある。
業態としての役割を終えた総合スーパー
かつてスーパー業界ビッグ5と呼ばれたダイエー、イトーヨーカ堂、ジャスコ(現・イオン)、マイカル、西友の中で唯一命脈を保っているのがイオンと言える。
イオンのGMS事業の中核会社、イオンリテールの業績を見ると、24年2月期は営業利益82億円だったが90億円の最終赤字だった。24年3〜11月期は162億円の営業赤字で、268億円の最終赤字を計上するなど苦戦している。
イトーヨーカ堂が衣料品の自社運営から撤退したのとは対照的に、イオンリテールが23年秋から取り組むのが衣料品改革だ。衣料品をファミリー向けカジュアルの「デイリーカジュアル」、ビジネスやフォーマルの「オケージョン」、シニア向けカジュアルの「セカンドライフ」、Z世代向けの「ネクストエイジ」、スポーツ関連の「スポーツライフ」、雑貨・靴・トラベルの「雑貨」の6領域に編成し、売場に仕切りを設け専門店のように運営するというもの。24年11月末14店舗でこの手法を導入しており、今後導入店舗を増やす。
GMSは業態としての役割を終えた。イトーヨーカ堂は構造改革の中で食品を中心に据えることを明確にしたし、西友も自らをGMSではなく食品スーパーと位置づける。
衣料品改革に取り組むイオンリテールも食品に軸足を置いていることに変わりはない。それはショッピングセンター(SC)開発にも見てとれる。20年から展開している、小商圏を対象にした新しい都市型SCは食品や日用品を中心に揃えたスーパーに、ジムやクリニック、美容室など日常生活に密着したテナントを集積させている。
衣・食・住をカバーする商品を幅広く扱うGMSの姿は過去のものとなった。業界再編を再生につなげる契機が訪れている。