澤穂希の代表試合出場数と得点数は日本史上最多
15歳で日本代表入りし、2011年女子W杯ドイツ大会優勝、12年ロンドン五輪女子サッカー準優勝、15年女子W杯カナダ大会準優勝などに貢献した澤穂希がピッチを去った。
澤がボールを蹴り始めた頃、女子のサッカー選手は稀だった。「女のくせにサッカーなんかするなんて!」と面と向かって言われたこともあるという。
東京都府中市にあるクラブチーム「府ロクサッカークラブ」に所属していた澤は「全日本少年サッカー大会」への出場を夢見ていた。
ところが彼女は本大会どころか予選となる都大会にも出場することができなかった。女子には出場資格が与えられていなかったのだ。
〈その場に立つことすら許されなかった私は、このとき初めて、怒りに似た悔しさ味わった〉
自著『ほまれ』(河出書房新社)で澤はそう述懐している。
澤の代表デビューは1993年12月6日、アジア女子選手権でのフィリピン戦だ。MFの澤は4ゴールを決め、存分に存在感をアピールした。
引退を表明するまで、澤は代表通算205試合に出場し、83得点を記録した。この2つの数字は、いずれも男女を通じて日本史上最多である。
澤穂希の名言が飛び出した北京五輪のロッカールーム
長いキャリアのハイライトは、世界の頂点に立った11年のドイツW杯だろう。澤は5得点を挙げ、得点王とMVPに輝いた。
とりわけ決勝の米国戦での居合抜きのような同点ゴールは、今でも語り草である。
宮間あやのニアポストへのコーナーキックを右足のアウトで引っかけGKの頭上を抜いてみせたのだ。
このゴールに代表されるように澤は浮き球を扱う技術に長けていた。空間認識能力にすぐれていた証しである。
一方でPKは、本人によると「大の苦手」で、米国戦でもボールを蹴ることはなかった。
最後の国際大会となったカナダW杯でも宮間とのコンビが光った。澤は1対4と3点のビハインドを負った前半33分から出場し、後半7分、宮間のFKを相手DFと競り合いながらも押し込んだ。オウンゴールと判定されたが、私の目には澤の執念でもぎ取ったゴールのように映った。
引退会見で「最高の時は?」と問われた澤は、ドイツW杯での優勝を挙げ「日本女子サッカーの歴史を変えた日でもある。私にとっても日本女子サッカーにとっても、その日は忘れられない一日だった」と語った。
カナダW杯での「なでしこジャパン」のキャプテン宮間は澤から最も影響を受けた選手のひとりである。
「苦しかったら、私の背中を見なさい」
今では誰もが知る澤の名言は北京五輪3位決定戦前のロッカールームで飛び出したものだ。
「女子サッカーをブームではなく文化にしたい」と語った澤穂希
正確に記すと、こうだ。
「苦しいのは皆一緒。もし苦しくなったら私の背中を見て。そして私と一緒に頑張ろうよ」
当時、澤29歳、宮間23歳。
この時の事情を後に宮間はこう明かした。
「ほかのおねえさん方が、自分の思いを伝えてくれる中、澤さんは短い言葉で私たちに語り掛けてくれた。あの言葉は、今でも忘れることができません」
帰国後、宮間は澤に感謝の思いを、こう伝えた。
「私は最後の1秒まで、澤さんの背中を見て走り続けました」
澤も宮間に対しては格別の思いを抱いているようだ。
「あやには自分の口から、ちゃんと(引退を)伝えた。あやは“何も言うことがない”って。“本当にありがとう。一緒の時代に一緒にサッカーができたことをうれしく思う”と言ってくれた。
本当に責任感が強い子ですし、一人でいろんなものを背負わなければいいなという心配と、リオでも大活躍してほしいという期待もしている」
その宮間はカナダW杯終了後、「女子サッカーをブームではなく、文化にしたい」と語った。
ブームが一過性のものであるのに対し、文化は長い時間をかけて醸成されていく。W杯や五輪のような国際大会の成績次第で客足が伸びたり減ったりしているうちは、まだ女子サッカーは文化とは呼べない。
それについては澤も宮間と同じ思いを抱いているようで「私が所属するINAC神戸では、みんなプロ化という形で昼から練習している。そういうチームが一つでも多くできることがいいと思うし、それが今後の課題」と述べた。
ユニホームを脱いでも澤が女子サッカーの顔であることに変わりはない。女子サッカー発展のためには、何が必要か。大所高所からの発信に期待したい。 (文中敬称略)
(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。
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