長らくNHKで番組制作に携わり、人々の記憶に残る番組を作ってきた和崎信哉氏。加入者減少に直面していたWOWOWのトップとして、会社をどのように立て直していったのか、神田昌典氏が切り込む。構成=本誌/吉田 浩 写真=森モーリー鷹博
番組制作をしながら感じた技術革新の重要性
神田 和崎さんがWOWOWのトップに就任された2006年当時は、テレビ放送がアナログからデジタルに移行して、衛星放送にも大変革が起こると言われた大変な時代でした。事実、WOWOWも加入者数が減少していたと聞いています。そんな中で大改革を断行されて、いまやプレミアムペイチャンネルとして、確固たる地位を築いています。改革は成功だったと言えるのでしょうが、会長就任当初はどのようにお考えだったのでしょうか。
和崎 実は会長に就任するまで、加入者が減っているとは知らなかったんです。これは私の勉強不足でした。そもそも、私はNHKでも「NHK特集」や「NHKスペシャル」などに携わって、ディレクター、プロデューサーとして、現場で20年以上も働き続けていました。
神田 「シルクロード」「行~比叡山千日回峰~」といった素晴らしい、後世に残る番組がありました。
和崎 NHKにいた最後の10年間は、現場を離れてメディア担当をやっていました。当時は、メディアのありようが大きく変わろうとしていて、デジタル放送への移行が進み始めていました。現場で番組作りをしながら感じていたことは、「テレビとは技術革新の上に成り立つ文化だ」ということでした。私が仕事を始めた頃の撮影はフィルムでしたが、ビデオに替わり、モノクロからカラーに替わり、ステレオ放送が始まり、1989年には衛星放送も始まった。WOWOWが唯一の民間衛星放送会社として開局、成立したのも91年のことです。こうした技術の進化の上にどんな文化を形づくれるか、それを問い続けたのが現場での20年です。
神田 現場から離れると、かなり勝手が違ったのではないでしょうか。
和崎 個人的には、生涯ディレクター、プロデューサーとして現場一筋で番組を作り続けて仕事人生を終えたかったんです。しかし、95年から衛星放送局部長として、それまでの番組を扱う仕事から、より俯瞰的な立場でメディアそのものを扱う仕事に携わることになりました。
現場を離れるのは残念でしたが、メディア担当として、アナログ放送がデジタル放送に切り替わるまさしく放送の大変革期を肌で体感できたことは貴重な経験でした。06年に地上デジタルへの移行が全国展開して、一段落かと思ったところで、WOWOWからお声掛けいただいたんです。
神田 そのお話はすぐに了承されたのですか。
和崎 衛星放送のデジタル化は、00年にスタートしていたのですが、11年までに完了しなければならないという状況でした。そのまとめをして、WOWOWとして戦略的にデジタル放送とどう向き合っていくのかを考えてほしいと。私としては、それまで経験がない「有料放送」の世界でデジタル化に取り組んでみようという意欲が湧きました。
流通業だったWOWOWをテレビ局へと変えた
神田 ところが、加入者が減少し続けていたのですね。
和崎 00年から衛星放送もデジタル化が始まっていて、加入者も増えているだろうと思っていたんです。ところが実態は、デジタル放送の加入者は増えていても、それ以上にアナログ放送視聴者の減少が大きかった。総体で見ると加入者が減少していました。
神田 テレビ放送におけるソフトである番組作り、そして基盤であるメディア、その両方を良く理解されている和崎さんだからこそ、声が掛かったのでしょうね。具体的には、どう会社を変えていかれたのでしょうか。
和崎 アナログ放送時代のWOWOWは、放送局ではありますが、その実態は流通業でした。当時はセットトップボックスという機器を買ってテレビにつなげないと見ることができなかった。だから、その機器をメーカーに作ってもらって、量販店や電機屋で販売してもらわないといけなかったんです。ビジネスのスタート地点が「セットトップボックスを売る」ところからなんですね。
ところがデジタル放送だと、B-CASカードがあって、セットトップボックスの機能は既にテレビに内蔵されている。電話1本、あるいはネットからの申し込みで30分もしないでスクランブルが解除されて、番組を見ることができる。これだけ変わると、ビジネスのやり方そのものを変えないといけませんでした。そこで全社に出した号令が「テレビ局という立場に戻ろう」ということでした。
神田 和崎さんが考える「本来のテレビ局」ですね。
和崎 テレビ局とは何か。突き詰めれば、それはコンテンツなんです。ただ、ここで問題があった。日本のテレビ局は公共放送であるNHKと広告無料放送の民放で構成されています。いわゆる放送の二元体制といわれるものです。欧米では有料放送は一般的ですが、日本は違った。NHKと民放という強力なコンテンツ制作集団に対抗しなければならない。どれだけ地上波と違うものを提供できるか、異なった魅力ある編成ができるかがすべてです。そこに全社一丸となって取り組もうと言い、それが徐々に成果につながっていきました。
WOWOWでしかできない企画にこだわる
神田 コンテンツに力を入れるということは、人材的にも他の面から見ても大きな投資です。
和崎 収入は決まっているので、当然限られた予算の中で取り組むしかない。ただ、セットトップボックスを販売するための販促費、流通業として必要だった経費を削減できました。
コンテンツに関しては、例えばアダルトやギャンブルのジャンルに手を出すと簡単に加入者は増えます。しかしそれではだめで、WOWOWならばと思ってわざわざお金を払って加入したいと思っていただける番組を提供しなければならない。そこで、当時掲げたのが「上質」というキーワードです。ものすごく曖昧な言葉ですが、上質にこだわろうと。会議では「それは上質か?」なんていう禅問答のようなやり取りもあったようですし、私のところに「上質ってなんですか?」と聞きに来た人もいました。
神田 コンテンツを作りあげる人材は一朝一夕では育たないのではないでしょうか。外部の制作スタッフに力を貸してもらえるかという問題があります。
和崎 そもそもWOWOWに入社した人たちには、番組を作りたいという気持ちが強かったのですが、違う仕事をしていただけなんです。だから、気持ちの切り替えは早かったと思います。
上質にこだわった成果の1つとして、「ドラマW」というシリーズをはじめ良質なオリジナルドラマが生まれてきていました。最初は監督も脚本家も、地上波や映画の仕事の合間にWOWOWの仕事をしていたのです。それが「WOWOWのドラマは好きなことをやらせてくれる」と話題になってきました。例えば当時のオリジナルドラマで「ママは昔パパだった」というものがあります。性同一性障害を扱ったホームドラマですが、非常にナーバスな問題で、当時は地上波では放送できないような内容でした。また「空飛ぶタイヤ」というドラマもありました。これは、横浜市で起きた自動車事故を題材にしたドラマで、事故の原因を隠ぺいしようとする大企業の闇を描いています。そうした地上波とは差別化を図ったドラマがいくつも作られて、監督から企画が持ち込まれるケースも出て来ました。
オリジナルドラマが武器になった
神田 制作者がWOWOWの魅力を感じる一方、視聴者はどうだったのでしょうか。映画を見たい、音楽ライブを見たいと思ってWOWOWに加入したら、そんな重いテーマの社会派ドラマをやっている。場合によっては、引かれてしまうこともあるのではないでしょうか。
和崎 そこが公共放送たるNHK、広告無料放送である民放との違いです。公共放送としてあまねく1億人を対象にしなくてもいいし、民放のようにスポンサーを気にしなくてもいい。だからこそ、尖った作品作りができました。とはいえ、社内からも「そんなドラマ、見られるのか」という抵抗はありました。オリジナルドラマはそもそも、視聴者がその存在を知らない。映画ならば「1年前に大ヒットした映画をテレビ初放送」と訴えることができる。それでWOWOWに加入しようかなという人も出て来るでしょう。しかし、誰も知らない作品に予算を注ぎこむことに、営業が反対するのは当然です。しかし、テレビ局ならばコンテンツにこだわるべきとの考えを貫きました。
すると、徐々に状況が変わっていったんですね。今年、開局25周年記念番組として制作した「沈まぬ太陽」では、このドラマが見たくて加入したという声が多く寄せられました。ようやく、オリジナルコンテンツが、加入者を増やす武器になってきたということです。
神田 尖った企画というのは、どこから生まれてくるのでしょうか。
和崎 それはやはり現場からですね。常に「平凡を嫌え、退屈を嫌え」と言っています。時間はかかりましたが、徐々に、着実に変化しました。今では、平凡な企画には誰も振り向かなくなりました。(後編に続く)
(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS 代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。
メディアとしては活字のほうが格上、だから勝ちたかった—神田昌典×和崎信哉(後編)
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