社内改革を進めるとともに、視聴者の心をつかむために必要だったのは、確固たるポリシーと時代の半歩先を行く感性だった。対談終盤では、テレビマンとして歩んできた和崎信哉氏の活字に対する考えも聞いた。構成=本誌/吉田 浩 写真=森モーリー鷹博
ポリシーを決めたら絶対に曲げない
神田 番組作りは、人を巻き込んで、そこで意思の疎通がきちんとできていないとクオリティーが保てません。同じように、社内の意思疎通がなされていないと、会社の改革もうまくいかない。それを短期間で実現されたチームマネジメントのポイントはあるのでしょうか。
和崎 一番大切なことは、ポリシーを決めて、絶対に曲げないことです。今、WOWOWで成功しているコンテンツの1つにテニス中継があります。グランドスラムの4大大会だけではなく、主要な国際大会はほとんど中継しています。お陰さまでテニスと言えばWOWOWというくらいに認知されてきている。ところが私が来た頃、営業はテニス中継に反対していました。実はテニスの試合は編制泣かせなんです。1試合にかかる時間が2時間もかからないこともあれば、5時間かかっても終わらないこともある。これでは番組編成が組めません。だから地上波は撤退していったんです。
当時、WOWOWでは、全米、全豪、全仏の3大会は中継していたのですが、全英選手権、つまりウィンブルドンは中継していませんでした。そこで、「やるなら徹底してやる」として、全英も中継することにしました。すると営業は「せめて録画中継にしてほしい」と言いました。地上波のゴルフ中継のようにディレイでカットしながら放送時間を決めて終わるようにしてほしいというわけです。映画を見たくて加入した方からのクレームもあったでしょう。でも、テニスを中継するなら、4大大会は必ず、すべて放送する。放送するなら生中継する。“上質なテニスの中継は、WOWOWがカバーする”というポリシーを決めたなら、それは絶対に曲げない。その上で、「ならば、そこで出てくる問題をどう解決するか」をチームで考えていく。これがチームマネジメントの最大のポイントだと思っています。
感受性を磨いて時代の半歩先を行く
神田 会社の改革を成功させた経営者に話をうかがうと、一人一人の社員と納得するまで話したという逸話が多いのですが、その点で和崎会長はいかがでしょうか。
和崎 一人一人と話したわけではありませんが、チームマネジメントの中で、軋轢が起こったチームのスタッフとは、膝をつき合わせて話し合いました。会社の改革でも番組作りでも、意識の共有、想いを同じにすることが大事だと思います。
10月から始まった「WHO I AM」という番組があるのですが、これはパラアスリートを題材としたドキュメンタリーです。このシリーズを企画したきっかけは、東日本大震災でした。震災後に「日本人の意識が変わった」と感じることが増えて、ロンドンオリンピック・パラリンピックを経て、それを確信しました。日本人は戦後の荒廃から高度経済成長、バブル崩壊からの再生、リーマンショックからの立ち直りなど、その生き方、価値観の背景には「モノ」がありました。ところが東日本大震災以降はそれが変わってきている。それをパラアスリートのドキュメントで表現できるのではないかと考えたんです。
神田 今でこそパラリンピックにも注目が集まっていますが、以前はそれほどでもありませんでした。世間の注目が集まる前に、和崎会長はそこに目を付けられました。前回伺った性同一性障害を扱ったドラマの話もそうですが、世の中の10年ほど先を行った企画をされているんですね。
和崎 WOWOWは小さな会社で、メディアでありながら、報道、ニュースのコンテンツがありません。でも、時代のムーブメントを感じとる感受性がないとエンターテインメントは扱えない。番組の企画というソフト面に限らず、ハードも時代の先取りをしないといけない。そもそもアナログハイビジョン放送を民放で先駆けたのはWOWOWです。常に先進的な技術を取り入れてきて、ソフト面でも半歩先を行く感覚のコンテンツを作ってきました。時代の半歩先を行くということも、WOWOWがどんな形になっても変えてはいけないポリシーです。
神田 和崎会長が考える半歩先というのは、どれくらい先なんでしょうか。
和崎 半歩ですから、1~2年くらいです。ただし、企画するときには5年とか10年かもしれない。形になるときには、1年くらい先になっています。パラアスリートのドキュメンタリーにしても、東京オリンピック・パラリンピックが決まってから企画しても遅いんです。企画の最初の8本の番組で日本人を採り上げたのは、車いすテニスの国枝慎吾選手だけです。既に国内市場ではなく、海外へのコンテンツ提供を意識しています。世界のトップを扱う、まだ日本では知名度が低くてもそれを紹介していくというコンセプトは変えません。
ITとも向き合い変化を歓迎する
神田 「尖った企画」と「上質な企画」の2つが相反することもあるかもしれません。そこで、視聴者に離れられない工夫はあるのでしょうか。
和崎 地上波の放送局は日本国民すべて、1億人をターゲットにしています。ところが、プレミアムペイチャンネルであるWOWOWは違います。上質なエンターテインメントをお金を払ってでも見たいという視聴者層です。1度、マーケットリサーチを行ったのですが、そういった層は約1千万人います。国民の約1割ですね。その1千万人の中の何百万人をWOWOWに惹き付けられるかという考え方でコンテンツを作り、プロモーションも実施します。
神田 最近はアマゾンやHuluなど異業種が映像コンテンツの配信を始めて、ネットフリックスなども参入しています。そういう背景をとらえて、WOWOWではどんなことを意識されているのでしょうか。
和崎 確かにライバルは増えたかもしれませんが、今後は、放送も通信やITを無視することはできません。5年後、10年後を考えると、ITとどう向き合っていくかが重要です。これまでは放送という枠の中での変化でしたが、これからはコンテンツのデリバリーの形が変わっていきます。この1~2年で大きく変わってくるかもしれません。WOWOWとしてもどこかとアライアンスを組むということがあるかもしれません。今WOWOWは、会員向けの付加サービスとしてオンデマンド配信などを行っていますが、これも変わっていく可能性があります。
『坂の上の雲』を読み力不足を実感
神田 最後に、このシリーズの核である「本」の話も伺わせてください。和崎会長はどんな本がお好きなのでしょうか。
和崎 実は活字は苦手分野なんです。正確には活字にコンプレックスがあります。学生時代から映像に興味があって、テレビ番組を仕事としてきたのですが、一方で、「活字の方が格上だ」という意識が今でもあります。だからこそ、活字に勝ちたいと思って番組を作り続けてきて、今に至っています。残念なのは、純粋な読書の時間があまり取れていないことです。オリジナルドラマの台本も必ず読みますが、純粋に自分の趣味として本を読む機会は減っています。
そんな中でも、思い出深い本は司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』です。NHKの新人時代、4年ほど松山にいたのですが、その時はとにかく早く東京に戻りたかった。松山で番組のネタを考えても、すぐにネタ切れになって、考えても「それはもうやったよ」と言われる。そんな頃に、『坂の上の雲』が産経新聞に連載されていたんです。連載時は読んでいなかったのですが、後から読んで、松山を舞台にして魅力的な物語が紡がれている。秋山兄弟や正岡子規は知っていたのに、こんな切り口があるとはと驚かされた。同じ松山にいて、そんな視点が持てなかった自分が情けなかった。ネタがないなんて泣き言を言って、自分の力不足に気付かされました。
神田 同じものを見ていても、そこから何を受け取り、表現するか、その違いを感じとれるかという点が、WOWOWの改革でも生かされたのではないでしょうか。最後に、子どもたちに読ませたい本というのは何か思い付かれますか。
和崎 自分の子どもたち、今は孫たちもいますが、クリスマスには本を送っています。そこで子どもにも孫にも与えた本が『エルマーの冒険』です。ファンタジーで冒険ものなのですが、幼稚園の頃は親に読みきかせてもらう、小学校に入ると自分で読める、また、高学年になっても読みごたえがあるという本です。何度も、違う形で同じ作品に触れることができるのは素晴らしいことだと思います。
(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS 代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。
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