企業経営者の趣味と言えば、「読書」「ゴルフ」などが定番だが、意外に多いのが「落語」である。CDで聴いたり、足繫く寄席に通ったり、中には自ら落語会を開いて高座に上がる社長さんもいる。落語の何が経営者を惹きつけるのか、落語と経営の共通項とは何か、はたまた、落語の技術はマネージメントに活かせるのか。本シリーズでは、複数の噺家や経営者の取材を通じて、落語と経営の関係について考察していく。
文・聞き手=吉田浩 写真=佐藤元樹
桂三輝(サンシャイン)プロフィール
劇作家から落語家へ転身した桂三輝
日本の伝統芸能である落語は、果たして世界でも通用するのか。そんな疑問に答えてくれるのに最適な人物が、カナダ出身の落語家、桂三輝(サンシャイン)さんだ。
もともと本国で劇作家や作曲家として活躍していた三輝さんは、29歳の時に来日。古典ギリシャ喜劇をアレンジしたミュージカルを制作する過程で、「ギリシャ喜劇、悲劇と、能や歌舞伎は共通点が多い」という論文を読んだのが、日本に興味を持った理由だった。
落語に興味を持ったのは、日本滞在中に横浜の居酒屋で若手噺家の落語会を見たのがキッカケだ。それ以来、落語に魅了された三輝さんは、その後大阪芸術大学大学院の芸術研究科に入学し、落語の研究を行うことになった。
そんなとき、衝撃を受けたのが桂文枝(当時は桂三枝)の創作落語だった。生で見た文枝の話芸にすっかり惚れ込んだ三輝さんは、その後何度も寄席に足を運び、あるとき楽屋口で待ち伏せして弟子入りを志願。すぐに入門の許可は下りなかったものの、文枝の落語会や「新婚さんいらっしゃい!」の収録現場に立ち会うことを許可された。
熱意が通じ、文枝から入門の許可が下りたのはそれから8カ月後。以降は、日本人の弟子と同じように、修行の時期が始まった。外国人にとって、落語家の修業は辛いものではなかったのか、という問いに三輝さんはこう答える。
「私の一番の問題は言葉でした。日本語はできましたが、敬語が使えなかったため、とりあえず早く敬語を使えるようになりなさいと師匠に厳しく言われました。でも、自分が外国人だからといって、特別扱いされないのは逆にうれしかったですね」
初めて高座に上がったのは、入門から半年後のこと。シンガポールで行われた文枝の独演会の前座で、英語で落語を披露するという外国人ならではのデビューだった。
「師匠は弟子が話を覚えたらすぐに高座に上げる人でしたし、海外で英語の落語をやれば、初めてのケースになるんじゃないかと言ってくれたんです」
桂三輝が桂文枝に学んだ人生に対する姿勢
今では、世界中を回って落語の公演を行うのが三輝さんのライフワークとなっている。だが、こうした活動を行うには、噺家としてのみならず事業家としての能力も必要だ。その上で、文枝師匠から参考にしたことはあるのかという問いにはこう答える。
「師匠から教わったのは、何カ月かに1度かは誰もやったことがない面白いことをやりなさい、ということ。世の中に注目されることをやらないと忘れられるから。師匠はいつも敏感に、何か面白いことができないかと考えていました」
最初から海外で落語をやるつもりはそこまでなかったという三輝さんだが、ワールドツアーまで行うようになったのはこうした師匠の影響が大きい。以下は海外公演に関する三輝さんとのやり取り。
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―― 海外ではどれくらい公演したのですか。
三輝 まず、カナダ大使館の方と仲良くなって北米22カ所、35回公演のツアーに出ました。翌年はスコットランドのエジンバラフェスティバルで一カ月間。次にワールドツアーやって、アフリカやオーストラリアやアジアでもやりました。今年9月にはロンドン、11月からはニューヨークのオフブロードウェイでの公演が予定されています。
―― 一番ウケたのはどの国?
三輝 どこでも同じぐらいウケます。お客さんの感想も面白いです。例えば、ある英国人からは、「落語のマクラはスタンダップコメディのようにお客さんとの会話になっているけど、後半は一人芝居が味わえるから面白い」と言ってもらえたり、中国人からは「日本の文化を10年勉強しているが、日本人がこんなに面白いと初めて分かった」というのもありました。私、カナダ人なんですけどね(笑)。
―― 国によって話し方を変えたりはしますか。
三輝 国ごとというより会場ごとですね。笑いのツボも国によって大きな違いはないです。日本人が日本語で聴いて笑うところと、カナダ人が英語で聴いて笑うところは全く一緒です。英語でやるときは、日本語を直訳して同じリズム、同じテンポでやります。変に現地に併せてアレンジするとウケないんですよ。海外在住の日本人のお客様からは、英語でやってたけど関西弁に聞こえたと言われました。これは一番うれしい誉め言葉です。
言葉遊びの部分は英訳が難しいですが、落語のシチュエーションは万国共通なんですね。夫婦喧嘩はどこの国にもあるし、家の壁が薄くて隣人の会話が聞こえるとか、泥棒が何やってもうまくいかないとか、コミュニティの風景は同じです。もちろん日本独自の文化はたくさん入ってきますが、お客さんが文化を知らなくても問題ないし、逆に興味を持ってもらえます。解説が必要なときは、マクラで笑いを取りながらやります。
―― 海外公演のスポンサー探しなどで、師匠のコミュニケーション術のような部分は参考にしましたか。
三輝 師匠はあれだけのトップスターなのに、お客さんや一般の人たちにもいつも頭を下げているのが衝撃的でした。いきなりサインを求められても敬語でお礼を言って応えたり、できる限りファンとの時間を割いたりして、お世話になっている人を大事にする姿勢を学びました。
初めて師匠の落語会を見た時に、ファンの人たちの目がもう、すごく師匠を愛しているのが伝わってくるんですね。小さな劇場の場合、師匠はお客さんが全員帰るまで見送りもします。西洋の有名なコメディアンは絶対にそんなことしませんし、大阪の落語家の中でもしないスタンスの方もいます。それぞれのスタイルですから良い悪いではないんですが、師匠はすごいなと。私もその姿を見て変わったと思います。
―― ほかに師匠から学んだことは?
三輝 それまでファッションに一切興味がなかったんですが、師匠は普段着でもその日の自分のムードに合わせて服を選んだり、とにかく気を遣っていました。芸人は誰にいつ見られるか分からないから、普段外に出るときも考えたほうがいいと。
師匠はいつもすごくおしゃれで、今まで出会ったことがある人の中で一番オーラがありました。カナダの総理大臣ともお会いしてオーラを感じましたが、それよりも上でしたね。「芸は見て盗め」と言われますが、師匠からは、言葉だけでなく人生を盗む感じでした。
桂三輝の視点― タテ社会のプラス面にも目を向ける
日本人の気遣いやコミュニケーションの取り方が大好きだという三輝さんは、外国人には理解が難しいと思われる日本のタテ社会についても、そのプラス面に目を向ける。
「修業時代にタテ社会への違和感もなくはなかったですが、大変さと良さを同時に感じました。例えば、落語家さん同士が楽屋で挨拶するとき、誰の弟子で何年目でといったやり取りを見ていると、侍の文化がまだ生きていてカッコいいなと。何も言われなくても、楽屋での自分の役割を理解して動いているのもすごいと思いました。上の人が下の人にキレるのを見た時はビックリしましたが、そのあと普通に一緒に飲んでるのを見たら、愛情があるから怒ってるんだなというのが分かって、納得したこともあります」
企業においても、タテ社会をはじめとする日本文化が、「働きすぎ」「パワハラ」などの根っこにあるという批判は多い。それはそれとして、「西洋と違うからダメとは言えない」という三輝さんの姿勢は、日本文化への違和感で笑いを取る外国人芸人とは違う。
今年予定されているロンドンとNYの公演を大きなステップにして、「日本文化を西洋の本場で見せられる道を作りたい」と語る三輝さん。国籍も年齢も関係なく、同じ話、同じギャグで同じように笑える芸能は、世界的にも類を見ない。自らの経験から、そのことを誰よりも実感しているからこそ、真摯に落語と向き合えるのだろう。
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