物流分野における、「陸」「海」「空」すべての企業に関わり、いずれも黒字転換を実現するという離れ業を成し遂げた日本貨物鉄道(JR貨物)会長の石田忠正氏。歴史ある企業に外部から経営者が招聘された場合、必ずと言っていいほどぶつかるのが旧来の組織文化の壁だ。石田氏はいかにしてその壁を打ち破り、各社の業績を回復させることに成功したのか。独自の組織改革哲学に、神田昌典氏が迫る。構成=吉田 浩 Photo=森モーリー鷹博
石田忠正・日本貨物鉄道会長プロフィール
石田忠正会長の組織改革
一人一人の意識改革なしに経営改革はできない
神田 石田会長のご経歴には、本当に驚かされます。日本郵船副社長、日本貨物航空社長、そして今のJR貨物会長と陸海空の運輸をすべて手掛けられ、公益財団法人がん研究会でも辣腕を揮われて、いずれも赤字で苦しんでいた組織の黒字転換に成功されました。日本にもこんなジャック・ウェルチのような方がいたんだと思いました。異なる分野の企業で、立場も異なっているにもかかわらず、どこの組織でも軋轢を最小限にして、ソフトランディングで黒字化を達成されている。この秘訣はどこにあるのでしょうか。
石田 誰しも他の組織に移れば気付くことはあると思いますが、経験のある経営者であれば、いろいろな問題点が目に付くでしょう。それを力で変えても、一次的な効果はあっても本質的には変わりません。一人一人の心の中までは変えられないからです。一人一人が自分の役割を自覚し、問題を発見して、解決に向かって取り組んでいける環境と機会をつくることが大切だと思います。
もうひとつは、企業風土です。「うちではそういうことはやらないことになっているんだよ」というような職場の空気が個人の行動を支配しているという現実です。こうした不文律の集団規範を壊さない限り、人の行動は決して変わらないし、意識改革も進みません。優秀な人材をたくさん抱えていながら凋落していく大企業には、組織風土に問題があることが少なくないように思います。
神田 組織の集団規範や風土を変えていく過程では抵抗も多いと思います。しかし、石田会長の場合、そうした衝突が少ないように見えます。これはなぜでしょう。
石田 私が日本郵船から、日本貨物航空に移った時には「海と空は違う」と言われました。がん研究会の時にも、医師から「自分は儲けるために病院に来ているのではない」と言われました。
現在はJR貨物という陸運の世界にいますが、ここでも「鉄道は別だ」と言われました。産業により特殊性や違いがあるのは当然で、赤字からの脱却にしても、業界が違えば具体策はもちろん違ってきます。しかし、どんな大組織にしても、突き詰めればすべては一人一人の意識にかかっているのです。各人が「自分がやらねば誰がやる」という気概を持ってくれるようになれば、経営改革は半分以上できたようなものです。そのくらい難しいことなんですね。
先輩社員の背中から組織改革を学んだ
神田 その意識改革をJR貨物ではどのように進めたのでしょうか。
石田 当社は140年以上の長い歴史や国鉄以来の独特の企業風土を持っており、そこへ外部の人間がやってきて、突然あれが悪いこれが悪いと言ったところで、何を言っているんだということになるだけです。できない理由はいくらでも並べ立てられます。そこで、最初に行ったのは経営幹部35人全員を集めての集中合宿です。深夜にも及ぶ2日間の白熱した議論の結果は数十枚の模造紙に整理され、発表されました。
神田 赤字の会社は少なからず問題を抱えています。そこで問題に気が付いて変わっていくというのは容易ではないと思うのですが。
石田 合宿の発表は素晴らしい内容で、事実その後の中期経営計画の土台になりました。しかし、もっと大事な成果は議論のプロセスの中にあったのです。腹を割った大議論を通じ、自らの古い体質への気付きや反省が生まれ、確信となり、全員に共有されました。そうなると新しい集団規範が生まれ、変化への行動が起こります。合宿を終えた後、全員が晴れ晴れとした実にいい顔をしていました。翌週から経営会議の雰囲気がガラリと変わりました。
神田 自分たちで見つけることが大事なのでしょうね。
石田 全くそうだと思います。大切なことは誰かから言われたことではなく、自分で見つけ、全員の共通認識になったことです。変革とはこういうところから生まれるものです。うれしかったのは、合宿に参加した6人の支社長が今度は自分が講師になり、各支社の中で同様の合宿を開催したことです。これらは全社の合同発表会に発展し、さらに全国の現場まで野火のように広がっていきました。
神田 国鉄時代の末期には貨物鉄道は国鉄赤字の元凶と言われていました。具体的にはどう解消されたのですか。
石田 鉄道事業の黒字化は長年の懸案で、できないと思えば5年でも10年でもできなかったでしょう。そこで、不退転の覚悟で実現するために「3年で達成する」と経営会議で決定し、内外に公言しました。これが全国の社員の気持ちを一つにすることに役立ったのですね。
黒字化の具体策には、計数管理方式の導入、組織の改訂、列車の大幅組み替え、営業力の強化、コスト削減など多岐にわたりますが、それらのすべての基本にあったのは意識改革だったのです。
神田 石田会長が実行しているのは、今で言う「アクティブラーニング」であったり、「ファシリテーション」と言われていることなのですが、それらを昔からやられていたのでしょうか。
石田 私が最初に衝撃を受けたのは、1980年代に日本郵船で課長代理の頃の経験です。当時はオイルショックやグローバル化の進展など激動の時代で、社内はどこの部署も火の車、手一杯の状態でした。このままでは会社は時代の変化に置いていかれてしまうと、古い体質からの脱却を目指し、仕事の仕方を抜本的に見直す業務改革に課長と2人で取り組みました。
神田 日本郵船時代から組織改革に取り組まれていたんですね。
石田 本社各部の中で最もリーダーシップのある副部長たちに集まってもらいプロジェクトチームの結成から始め、トップを巻き込み、全国に運動を展開していきました。最終的には全社が炎のような熱気に包まれ、会社は大きく変わりました。
神田 それが30代の頃の話ですね。
石田 その時の気付きや学びが後年取り組むことになった経営改革の原点となりました。
目標は割りあてではなく納得ずくで決めるもの
神田 石田会長はイギリスやシンガポール、イタリアで働かれた経験もおありですが、気付きを促して組織改革を進めるという手法は、海外でも通用するのでしょうか。
石田 同じ人間ですから基本は変わりませんが、やり方が少し違います。日本人は役職間での職務分掌があやふやなところがありますが、海外では自分の仕事とそれ以外という線引きが明確です。日本郵船でも、各国に現地法人があったので、それぞれに明確な目標数値を設定し、責任と権限を持って自主的に経営してもらいました。外国人たちは目標の明確化を喜び、競い合って成果を上げてくれました。
神田 目標とは、恐らく売り上げや利益などの数字のことだと思うのですが、上から目標という名の数字が振ってくることに反発はなかったのでしょうか。
石田 数字の目標が一方的に降ってくるだけだと、反発されるでしょうね。本社と各国社長の間ではかなりの議論をした上で、納得ずくで利益目標が設定されます。各国の社長と部下の関係も同様です。その議論のプロセスが大切なのです。
JR貨物ではそうした数字はすべて本社が管理していました。それでは、現場はやる気が起きない。意味も分からず「やれ」と言われているだけですから。
今は各支社に責任と権限を完全に委譲しています。毎日走っている500本の列車の収支を路線別、往復別、駅別などに分解することで、赤字の根源・問題の所在が明らかになりました。そして、収支はすべて支社、現場で管理されています。どの駅にも現場にも昨日の列車実績が貼り出され、駅員も運転手も営業もそれを見て毎日の業務につくようになりました。列車積載率も定時運行率も4年連続で記録を更新しています。誰もが「俺の列車だ」という気概を持って毎日働いているからです。現場の力の現れです。
JR貨物のさらなる成長に向けて
神田 JR貨物も鉄道事業黒字化と全事業の最高益を達成されて、今後のさらなる成長についてはどのようにお考えでしょうか。
石田 今、日本の物流はトラックドライバーの不足により危機的状況にあります。物流が滞れば生産も販売もあらゆる産業に影響が出ます。そこで、大型トラック65台分を1人で運び、CO2排出量も8分の1と少なく、かつ定時制の高い鉄道輸送に、大きな波が来ているのです。こうしたモーダルシフトへの要請に応えるため、経営改革をさらに推進するとともに、東京に国内最大級の物流センターを構築し、各地の主要駅も増強することで全国ネットワークを強化していきたいと考えています。
神田 この対談では、必ず最後に子どもたちに読ませたい本について伺っているのですが、石田会長はどのような本を薦められますか。
石田 NHKの「ダーウィンがきた!」という生き物の不思議を紹介する番組がとても面白いのですが、これが本にもなっています。これを私の好きな宇宙の本と合わせて読むと、ちっぽけな地球と、そこで生きているもっとちっぽけな動物にはすごい力があるという発見、気付きがあります。そして、人間とは何なんだろうと考えます。気の遠くなるような大宇宙も地球も動物も人間も皆自然の一部なのですね。子どもの頃から、驚きや気付きを大切にしてほしいと思います。
神田 会社の改革でも気付きが大切ということでしたが、子どもにも当てはまるというわけですね。
かんだ・まさのり 経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。
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