1979年4月7日、「機動戦士ガンダム」のアニメが放送を開始した。あれから40年、ガンダムはその作品の世界観を拡大させながら、熱狂的なファンを世界中に生み出してきた。ガンダムは子ども向けの作品としてスタートしながらも、組織内での葛藤や複雑な人間模様などを描き、大人からも支持を集めた。その証拠に、ガンダムの世界を題材にしたビジネス本が数多く出版された。今回は『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)著者であり自らも大のガンダムファンである労働社会学者の常見陽平氏に、ガンダム世代が歩んだ40年について、ガンダムと共に育った世代の一員として語ってもらった。聞き手=和田一樹
常見陽平氏プロフィール
ガンダムが40年間ファンを魅了し続けた理由
多くの人を惹きつける世界観の奥深さ
―― 「機動戦士ガンダム」が40周年を迎えました。
常見 40年続くコンテンツというのはすごいことですよね。私は1974年の生まれなので、79年にリアルタイムで放送があった時はただ動くものを見ていたぐらいの感覚で、当然世界観までは理解できていませんでした。
その後、一気にガンダムにハマっていったのは再放送の影響が大きかった。「機動戦士ガンダム」は81年から劇場版が公開されたんですけど、その前後の再放送で本格的にハマった記憶があります。当時は私の地元札幌では毎年、再放送をしていたんじゃないかな。同世代もやっぱりみんな見ていて、学校でもガンダムの話をたくさんしました。
あとは何よりプラモデルですよね。当初は人気で商品が売場に並ばず、全然買えませんでした。何とかやっとの思いで手に入れたのが旧型ザクで、今思えば300円のおもちゃなんですけど、あぁやっと手に入ったぞとすごくうれしかった記憶があります。
ただそれでもガンダムやシャア専用ザクは全然買えなかったな(笑)。ガンプラの魅力ってあたかもガンダムを設計・操縦している感覚になれることだと思うんです。今回はアニメみたいに子どもっぽい色使いで作ってみようとか、ダークな色で塗ってみようとか、いろんな工夫をして遊んでいました。
テレビストーリーからどんどん派生するかたちで世界観が広がっていった作品なので、ガンプラを組む時もこれは「機動戦士ガンダム MSV戦記」のジョニー・ライデンのザクだぞとか、シン・マツナガ仕様のザクだぞとか、あるいはジオン公国・黒い三連星モデルのザクだぞとか、サイドストーリーがあって楽しかった(笑)。
ガンダムって想像力をものすごく刺激する作品で、その世界観の奥深さが多くの人を惹きつけて離さないのだと思います。
―― 想像力を刺激する作品だからこそ40年もファンを魅了しているんですね。
常見 そうだと思います。それに加えて、作品の世界観を広げるのが絶妙で、ファンはそこも楽しかった。ガンダムの世界には「機動戦士ガンダム」から続く「宇宙世紀」という架空の時代を舞台にした作品群がありますが、そういった伝統的な世界観も、「機動戦士ガンダムTHE ORIGIN」や「機動戦士ガンダムUC」という作品で今でも絶えず盛り上げています。
一方で「機動戦士ガンダムSEED」、「機動戦士ガンダム00」、「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」などそれまでなかった世代や女性のファンを多く取り込み新たなシリーズも生み出している。さらに時にはSDガンダムなど幅広い作風に挑戦していますよね。
この、ストイックにガンダムとは何か突きつめていく姿勢と、新たに間口を広げていく、そのバランスが絶妙だと思うんです。結果としてガンダムファンはずっと楽しんでいる。
ガンダム世代サラリーマンの悲哀
―― おじさんになってもガンダムに熱狂できるのはなぜでしょうか。
常見 ガンダムって、大人になって世の中を知って、世界史の知識をつけたりすると作品の見え方が変わってくるんですよね。「機動戦士ガンダム」って、一見するとアムロが操縦する連邦のガンダムが正義の味方風に見えますけど、ジオン公国側にも言い分はあるし、そのジオンの中にもいろんな立場があって、じゃあザビ家って腐ったやつらかっていうとそれも言い切れない。彼らなりの立場や言い分、誇りがあるわけです。
逆に連邦だって一部は彼らのエゴです。そして、組織に巻き取られ新卒一括採用のように戦争に加わっていく若い子たちや、過酷な環境で苦闘する中、アムロが徐々に「僕には帰れる場所があるんだ!」とか言うのってまさに会社員の物語ですよね(笑)。
ガンダムシリーズは、三国志とか大河ドラマみたいにキャラクターそれぞれに個性があってファンがいる。当時から黒い三連星ファンってたくさんいたし、グフを操縦していたジオンの士官ランバ・ラルやアムロが恋したマチルダさん、もちろん“赤い彗星シャア”とかね。
ただ、いろんなキャラに感情移入しながらも私たちガンダム世代は社会に出て、戦場のサラリーマンとして働き始めたらみんなジムなんですよ。量産型で、よくやられるジムの姿にガンダム世代のサラリーマンたちの悲哀が重なって見えるんです。戦争ってガンダムとシャア専用ザクだけじゃなくて、その他大勢で進むものです。ジムたち、ザクたちで世界は動いている。時にはコロニーレーザーで溶かされちゃったりするんだけども(笑)。
―― ガンダム世代にとっても40年という月日が経過しました。
常見 月並みな言い方ですけどさまざまなパラダイムの変化を見てきた40年間でした。ただ、見てきたと言うとまるで先頭に立っていたみたいに感じますが、実際は巻き込まれてきたという感覚です。ガンダム世代の中にはそういった社会の変化を目の当たりにしながらも、自分はなかなか変われない、そんな雰囲気の中でもがいてきた人も多いのではないかなと思いますね。
それから、ガンダム世代の中でも特に「機動戦士ガンダム」に小学生くらいで熱中した世代って、71年から74年の第2次ベビーブームで生まれている層も多いと思うんです。団塊ジュニアとも呼ばれたこの世代にとって、40年という月日は単に40歳年を取っただけじゃなくて、「最後のマス」と呼ばれ消費の対象としてずっと狙い撃ちされてきた時代でもありました。バブルの時代、これから団塊ジュニア世代がお酒を飲み出すぞと、お金をかけたアルコールのCMが派手だったことを覚えています。松任谷由実を起用して、ユーミンの詩の世界を表現した4分の広告を流したりしてましたよね。
そんな風に消費の対象としてもてはやされる一方で、絶えず「君は生き延びることができるか?」という不安も突きつけられていました。
私は大学に入学した年が55年体制崩壊の年でした。冷戦構造の緊張感も経験しましたし、やがてバブル景気は弾け、後に就職氷河期と呼ばれる就職難の時代を迎えました。何とか社会に出た年には山一證券の破綻です。当然個人差はあると思いますが、ガンダム世代は同じくらいのタイミングでこうした経験をしています。
そんな不安定な社会が広がっていく中で、インターネットとかiモードが普及して何か新しい時代が始まる気配を感じてもいました。同世代がIT社長として20代で上場したりと、時代の変化の熱狂と絶望がどちらもあった世代だといえます。
それから平成というのは、本当はジムなのに自分はガンダムだと思っていられる、そういう自由の罠みたいなものが進行した時代でもありました。
フリーターとか派遣社員とか、これまでにない働き方として注目を浴び、なんだか自由になれた気がしたんだけど実際はそうでもなかった、そんなジムたちが大量に生み出された時代でした。
ガンダム世代の今後の立ち位置とは
ガンダム世代を待ち受けるのはどんな社会か
―― 令和時代、ガンダム世代にはどんな社会が待ち受けるのでしょうか。
常見 ガンダムに例えるならば外伝・続編がいっぱい出てくるのだと思います。中には非正規雇用で戦う作品もあれば、ジムよりもっと末端の小隊を描いたようなものもあって、それぞれ多様化の中で生きていく。そんな時代になると思います。
昨今、「人生再設計第一世代」という呼称が話題になっていますが、ガンダム世代って、従来はロスジェネとか就職氷河期世代と呼ばれた世代と重なるんです。
就職氷河期っていろんな定義があって、始まりと終わりを明確にするのは難しいですが、90年代前半から2000年代半ばです。中でも特に悲惨なのは、00年代前半に卒業を迎えた世代です。00年に初めてリクルートの求人倍率が1倍を切り、学校基本調査ベースで見ると、00年代前半は就職も進学もしないで社会に出る人が2割前後もいるという時代でした。
そんな現状を放置してきたわけですからそもそも対応が遅かったとは思いますが、何らかの支援はやらないよりやった方がいい。特に後期、中期ロスジェネくらいの、30代後半くらいの人はテコ入れすればそのまま就職できるかもしれないし、生活が安定すれば結婚、出産できる可能性もあります。だから何らかの手を打たないといけないという総論は同意なんです。そして何より大事なのは、見捨てられる世代がいては社会全体が幸せにはならないということにようやく気がついたということだと思います。
ガンダム世代の役割は大いなる中継ぎか
―― 社会構造的に理不尽な思いをしてきたガンダム世代がこれから担う役割とは。
常見 確かに世代の役割って気になりますよね。今はバブル世代が50代になって、彼らが社会に何を残すのか非常に注目しています。同時に、次はわれわれの世代が50代を迎えます。その時に、一体どんな社会をつくれるだろうって考えることが増えました。考えてみると、われわれガンダム世代って中継ぎとしての役回りかなと思うんです。上の世代と下の世代をつなぐ役割。確かに割を食った狭間の世代だと思います。それでも社会の役割を果たす必要があると思いますから、貢献できる方法は考えていかなくちゃならない。
74年生まれの松井秀喜さんも73年生まれのイチローさんも現役を引退しました。ほかに同世代では72年生まれの堀江貴文さんとか73年生まれの藤田晋さんとかいろんな人が出たけど、それでもどこか中継ぎ感がある世代なんです。
結局私たちの世代の立場は大いなる中継ぎ、でもそれでいいんじゃないの? そう思います。もちろんもっとヒーロー、ヒロインが出てほしいですけどね。でも盛り立てる役とか語り部とかそういう役でもいいんじゃないかなって思うんです。
世界はジムやザクが動かしているわけですから、無理にアムロやシャアを目指さなくてもいいんです。
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