国鉄からJRに変わった時、JR九州は鉄道事業だけではとても食べて行くことができない会社だった。しかしマンション、飲食をはじめ、さまざまな新規事業に挑戦し、鉄道事業でも「D&S(デザイン&ストーリー)列車」など新たな魅力を生み出した。2016年にはついに上場を果たす。飲食事業を2度再建するなど、あふれる元気でJR九州をけん引する唐池恒二会長に組織の「気」を変える方法を聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=有森弘忠
唐池恒二・九州旅客鉄道(JR九州)会長プロフィール
唐池恒二氏が実践するリーダーシップとは
笑わない人を見ると寂しい
―― JRになったばかりの頃、韓国の釜山と博多港を結ぶ高速船「ビートル」の就航に携わりましたが、鉄道マンなのに、なぜ船なのかという不満はなかったのですか。
唐池 全くありませんでしたね。国鉄からJRになったのが1987年。私が釜山と博多を結ぶビートルの就航に関わったのが2年後の89年のことです。
当時の雰囲気というのは、この会社はいつ潰れてもおかしくないという感じ。何しろ国鉄からJR九州が引き継いだ鉄道事業のうち、ローカル22線区中、21線区が赤字です。社長から若手まで鉄道だけではダメだと分かっていました。
当時の石井幸孝社長が九州と近い韓国とつながるビジネスを考え、200キロメートルしか離れていない博多港と釜山港を高速船で結ぶことを推し進めたのです。そこで、当時営業本部販売課副長をしていた私に白羽の矢が立ち、船舶事業部企画課長を命じられましたが、私も含め、みんな何とかしなければと思っていましたから不満などなかったですよ。
―― 若い頃から労使関係の改善に尽力されていました。任期の間だけ大過なく過ごすこともできたはずです。なぜ、その努力ができたのですか。
唐池 寂しがりやなんだと思いますね。周りの人が元気ないのが嫌なんです。生まれが大阪で子どもの頃から人を笑わせることばかり考えていましたから、笑わない人を見ると無性に寂しいわけです。ただ、大阪の人がみんなそうかというと違いますけどね(笑)。
2メートル以内で語りトップの本気度を伝える
―― 心を通わせるために「2メートル以内」ということを大事にされていますね。
唐池 これは仕事をやっていくうちに身に付けたのですが、人を説得するにも、やる気にさせるにも、まずその人の存在感や価値を認めることです。
社員にすれば自分の存在感や価値を認めてもらえば、俄然やる気が生まれます。そして認めるためには相手の2メートル以内で目を見て、きっちり話をすることが大事。それだけで社員は、自分は認められたと思います。
私のモットーは“人のいいところ見つけ”ですが、本心から相手のいいところを見つけられれば、誰もが頑張ってくれますよ。
逆に言えば、説得しようと舞台に立って多くの人の前でスピーチするのではどんなにいいことを言っても気持ちは伝わらないのです。やはり2メートル以内で、「これからこの会社をこうしていくんだ」と繰り返し語ると伝わります。
私はリーダーの一番の条件を「夢を見る」、「夢を描く」、「夢を語る」だと思っていますが、リーダー一人じゃ夢を実現できないわけですから、伝え方が大事なのです。部下はトップの本気度を見ています。今日は調子のいいことを言っても明日は変わるのではないか、そう思っているのです。
だから2メートル以内で相対して何度も、こちらが本気なんだと伝えるわけです。
さらに、トップの本気を示すのが人事です。私は社長時代、新しい事業が立ち上がれば、そこにエース級の社員を投入する方針をとっていました。そうすることで社員たちは、「トップは本気なんだな」と思います。
もし、エース級でない人材を投入すればトップはこの事業に本気ではないんだと思われて、応援もされません。トップの本気度が伝われば、みな動くのです。そのために2メートル以内で語り、人事異動で本気度を見せるのです。
数字の細分化でやる気を上げる
―― 会長は人をやる気にさせる上で数字をうまく使われている印象がありますが、いかがですか。
唐池 これはリーダシップとは別の意味で大事にしています。それは、企業は数字でできているからです。
例えば私は外食事業を長くやってきましたが、外食事業の正社員はだいたい2割くらいで、働いている人の8割くらいがパートやアルバイトさんです。そして、得てしてパート、アルバイトさんに売り上げや予算、目標といった数字を教えない会社が多いのです。
すると、その日の売り上げ目標や予算も分からないですから、パートやアルバイトさんが頑張るわけありません。逆に、お店の1日の売り上げ目標が20万円だとして、「20万円稼ぐために夕方の17時までに半分稼いでおこう」ときちんと伝えておくとします。すると、パート、アルバイトさんもよく働いてくれます。
私がJR九州フードサービスの社長を務めているときに、鯛焼きの店を経営していましたが、17時を過ぎても売り上げ目標の半分もいかなかった時がありました。その時、パートの女性が店から出て「あったかいですよ!」「おいしいですよ!」と呼び込みを始めました。
パート、アルバイトさんは自分の給料が出ている間は、徹底的に働いてくれます。でも、そのためにはきちんと、どれだけの目標を掲げているか、予算はいくらかといった数字を伝えなければいけないわけです。
数字を細かく伝えるのは仕事を進めやすくするコツです。
元プロ野球選手で三冠王を3度獲った落合博満さんは、シーズンの始まりにホームラン50本を打とうと思ったら、「5試合に2本を打たなきゃならない」と思うそうです。シーズンで50本ではなく、細分化してノルマにするのです。
ヒットもシーズンで150本を目指すのであれば1日1本。打てなきゃ、次の日に2本打たなければいけない。そう思うのだそうです。
1年間の目標数であれば漠然としますが、1試合なり2試合の単位で、ノルマと目標を立てると集中力も継続します。落合さんが偉大な成績を残した裏には細分化することで、1打席ごとに自分のノルマが達成されたかどうかが分かる仕組みをつくっていたのです。
これは経営上のコストも同じことです。ある店長に、君の店の赤字は300万円だといえば途方にくれてしまい、300万円の赤字をどうやって解消すればよいか案も浮かびません。
でも、1日1万円の赤字だと考えるとなんとかなるはずです。例えばパートさんの時給が1千円だとすれば、飲食店はお客さんがいない時には早く帰ってもらうようにしますから、そこで調整できるはずです。
パートさん全員分、合わせて50時間働いているとすれば、そのうち10時間の労働時間を減らすと1日1万円になります。他にも食品ロスをなくしたり、原価率を下げたり、電気代を削るなど、1日1万円を削る方法はいくつもあります。
フードサービスの店舗数が50店の時、当時2億円の赤字を抱えていました。その時、「当社の赤字は2億円だが、みんな安心しろ。1店舗にすれば400万円の赤字だ。だから1日、1万円頑張ればいいんだ」と伝えたのです。
するとコストを5千円落として、お客さんを2人増やせば解決するわけです。数字もこのように細かくすると気持ちも切れないのです。
数字は使い分けて考える
―― そうした数字の使い方で参考にした人はいましたか。
唐池 政治家でこの人はすごいと思うような人はだいたい数字の記憶力がいいんです。
例えば、約2億人と言うよりも、1億5763万人だと言えば、大事な話を聞いた気になって、脳が反応するのです。10年前といわれるよりも2010年の3月何日と言った方が重要な気がしますよね。それが数字の力でありマジックです。
一方、私は業務説明の場合、5桁の数字を細かく下1桁まで言う社員はダメだといっています。どういうことかというと数字を分解して士気を高める必要はありませんし、仕事は概数でつかむものですから、約12億円必要ですというように、上2桁で十分なのです。数字は使い分けを考えなくてはいけません。
―― 言葉も選ばれて、考えて使われていますよね。
唐池 これも政治家さん、大物政治家の言葉の選び方、遣い方のうまさを参考にしました。言霊ではないですが、常に意識しているのは心に刺さる言葉を選ぶようにしていることです。右の耳から左の耳に通り過ぎない言葉を使わないようにしています。言葉に関しては、未熟でしたが若い頃から考えていましたね。
これも、大阪人でお笑い人間ですから、相手の心を動かしたい、相手に伝えたい、そして相手を笑わせたい、そういうのが子どもの頃から染みついているのです。
大阪人はみんなそうなんだろうという人もいますが、大阪人がみな言葉に敏感なことはないですよ。私は20年大阪にいて飛びぬけてすごかったんです(笑)。
人を元気にすると自分も元気になる
―― やる気とか元気とか「気」を大切にされていますよね。
唐池 やる気や元気といった「気」に関しては、仕事の基本、生き方の基本だと思っています。
気を広辞苑で引きますと、「宇宙万物のエネルギーの源であり、活力の源」と書いてあります。あらゆる人が気を持っていますし、犬や猫といった動物や山や湖にもあります。神社のそばの鎮守の森に足を踏み入れると、森の精のようなものを感じることがあると思いますが、それが気です。
私は、その気を満ちあふれさせて高めると、元気になってうまくいくと信じています。そして、「人を元気にすると、自分も元気になる」というのは真理でしょうね。
唐池恒二氏が実践してきた元気を出す3つの手法
―― 会長は心が折れることなんかあるのですか。
唐池 そりゃありますよ。落ち込むことも多かった。最近はあまりないですけどね(笑)。
―― そういった時にはどうやって回復させるのですか。
唐池 自己暗示ですね。かつて部下の社員たちに言っていたのは、「みんな仕事で悩むことがあるだろう、夜も眠れぬことがあるだろう、そのときは3つのことをやりなさい」と言っていました。
1つは、夜になって布団に入り明日やるべきことが頭の中をグルグルめぐってくることがあります。あれもやらなければ、これもやらなければと思えば思うほど眠れなくなるものです。その時、どうするかといえば、ガバッと起きてやるべきことをすぐメモすることです。たくさんのことが頭の中をめぐっていたと思うでしょうが、いざメモをしてしまえばだいたい3つか4つくらいしかないものです。やるべきことをメモすれば、それを明日行えばいいだけです。これでぐっすり眠れます。
2つ目。仕事の悩みの大半が人間関係です。例えば、上司から怒られた時、その次の日に顔を見せるのはツライじゃないですか。また、お客さまからお叱りを受けて、会いに行くのは嫌なものです。でも、こういう時こそすぐに会いに行くのです。怒られたらすぐに行く。「会いたくない時に、会いたくない人に、会いに行け」です。
ある政治家の番記者の話ですが、担当の政治家の悪口に近いことを記事にしました。もちろん政治家は激怒します。
しかし、その記者は朝刊が出たその午前中に政治家の事務所に行くのです。「どうもすいません、記事を書きました」と。しかし、政治家は激怒したままです。「もうお前は出入り禁止だ」と。記者も「あれは裏をきちんと取った記事です」と言いますが、まぁ聞き入れてはもらえませんよね。
でも、記者が帰った後に政治家はその側近に「あいつは大したもんだ。朝刊が出て俺が怒っているのもわかっていて顔を出すんだからな。あいつはなかなかできる奴だ」というわけです。
人間は会いたくないときに会わないと溝が深くなってしまいます。3日もたてば修復できません。でも、その日ならば怒られればそれでおしまいです。しかし、これは勇気の要ることです。お客さまのクレームもそうです。真っ先に行く。それが必ず解決する方法ですね。
最後の1つが、口から声に出せということです。米国の自動車のトップセールスマンが続けていたことだそうですが、朝起きて何をするかといえば、カーテン開けて、「今日もいい天気だ」「今日もいい仕事ができるぞ」「今日も3人くらいから注文が決まりそうだ」と声に出すのです。
頭の中で考えているだけではダメで、声に出すことが大事です。すると暗示にかかるのです。ムシャクシャした時にも声に出す。失敗しても「明日は明日の風が吹くさ」と声に出すのです。全部とはいいませんが、半分の悩みは消えますよ。