経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

パソナ「淡路島への本社移転」は英断か?蛮行か?

南部靖之・パソナ代表

兵庫県淡路島――海の幸にも山の幸にも恵まれた豊かな島が、多くの島同様、過疎に苦しんでいる。この島に、本部を移すと発表したのがパソナグループ。2023年度末までに1200人の社員が移転する。東京から4時間もかかる瀬戸内の島に移転する真意は何か。そして社員の反応は――。文=関 慎夫(『経済界』2020年11月号月号より加筆・転載)

パソナが淡路島移転を決めた経緯

本部機能と担当社員の3分の2を淡路島に

 パソナグループ本部機能の移転が話題だ。

 現在、同社の本部は東京・大手町にある。ここで人事・財務経理・経営企画・新規事業開発・グローバル・IT/DXなどに従事する本部機能社員1800人のうち、1200人を淡路島勤務にするというのだ。来年春までに400人程度が移住する計画で、2023年度末までに移転を完了させる。

 東京から淡路島へは、新幹線で新神戸まで約3時間、そこから高速バスに乗って1時間、計4時間も離れたところに本部を移転する。

 これまで本社(あるいは本部)移転といえば、大阪に本社のある会社が東京に機能のすべてもしくは一部を移転、といった具合に、地方から東京への流れが一般的だった。東京には官庁もあり、多くの企業が本社を構える。集積が集積を生み、人材だけでなく情報の一極集中が続いてきた。

 しかし、新型コロナウイルスの流行によって社会が変わった。

 「コロナによって多くの人が気づいてしまった。満員電車に乗らなくてもいい。働く場所はどこでもいい。この意識の変化が働き方を大きく変えていきます」(本誌9月号の南部靖之・パソナグループ代表のインタビューより)

 ICT技術の進化で、どこにいても必要な情報を入手し、発信することができる時代になった。それをコロナが実証した。ならばコンクリートジャングルで仕事をするよりも、自然のすぐそばで働いたほうが、より豊かな生活ができるのではないか、というのが南部代表の考えだ。

南部靖之・パソナ代表
淡路島で本誌インタビューに応える南部靖之・パソナグループ代表

きっかけは淡路島の農業プロジェクト

 パソナと淡路島の縁は深い。同社は人材派遣からスタート、今では幅広い事業を展開しているが、その根底にあるのは「社会の問題を解決する」という思想だ。その一環として、取り組んできたのが地方創生事業であり、モデルケースともいえるのが淡路島での事業だった。

 きっかけは03年頃から団塊世代の転職支援として農業プロジェクトを開始したことだ。当初は秋田県大潟村でスタートしたが、08年に南部代表の出身地(神戸市)に近い淡路島に開設したパソナチャレンジファームへと拠点を移し、農業経営のできる人材育成に取り組み始めた。

 その後は廃校となった学校を農産物直売所やレストランなどを併設する施設にリノベーション、海岸沿いにレストランや商業施設をつくり、県立公園を「ニンゲンノモリ」という自然とアニメを融合させた体験型エンターテインメント施設に生まれ変わらせるなど、淡路島における関連事業はどんどん膨らんでいった。南部代表自身、最近は淡路島で大半の時間を過ごしており、必要な時にだけ東京に出掛けている。

 今では新卒社員の入社式や研修も淡路島で行っており、パソナ社員にとっては慣れ親しんだ場所となっている。その意味で、社員にとって淡路島への本部移転は、それほど驚くべきことではなかったのかもしれない。

パソナ淡路島移転の課題

社員は東京の生活基盤を捨てることができるのか

 しかし、移転のニュースが報じられると「東京一極集中に一石」といった好意的な受け止め方がある一方で、「体のいいリストラだ」との声も多く上がった。

 当然のことながら、現在の本部に勤務している社員は、首都圏に生活の基盤がある。社員には家族がいて、首都圏で働き、首都圏の学校に学ぶ。

 家族揃って淡路島に生活基盤を移すとなると、家族は新しい仕事、新しい学校を探さなければならない。首都圏と地方の格差はまだまだ大きい。

 パソナはこれまでの事業を通じて、淡路島での雇用を拡大してきた。社員の家族が淡路島で新しい仕事を探す際そのパソナの現地雇用が受け皿になるかもしれないが、家族で同じ会社で働くことに躊躇する人もいる。

娯楽の少ない環境に若者は耐えられるか?

 また家族のいない若い人が、娯楽の多い東京を捨て、自然はあるが刺激の少ない淡路島に暮らすことをよしとするかどうか。

 それでも、本部移転を決めたのは国民意識が大きく変わってきたことが背景にある。

 先に紹介した本誌9月号のインタビュー記事で、南部代表は次のようにも語っている。

 「政府のアンケートによると20歳から59歳の東京圏在住者のうち、49.8%が地方暮らしに興味を持っていることが明らかになりました。しかも年配者より若い世代のほうが関心を持っている」

 小さい頃からパソコンやスマホ、タブレットに自然に触れて育ってきたデジタル世代は、エンターテインメントがテレビを除けば現実世界にしかなかった世代とは違う意識を持っていてもおかしくない。

 もちろんパソナの社員の中には移転したくない社員もおり、そうした社員の意向は最大限尊重するというが、「淡路島に行きたくない」という社員は「思ったよりも少ない」(パソナグループ広報)そうだ。

日本企業の地方移転への契機となるか

 気になるのはパソナに続く会社が出るかどうか。もくろみどおりに移転によって豊かな生活を送ることができ、さらに生産性向上につながれば、他の企業も本社移転に関心を持つはずだ。

 本社が首都や最大の商業都市にあるというのは日本では常識だが世界ではそうではない。

 世界を動かすGAFA4社の本社は、いずれもワシントンやニューヨークから遠く離れた西海岸にある。いずれも自然と共生した本社で社員は生産性の高い仕事を続けている。

 パソナをきっかけに日本企業の地方への本社移転が進めば、地方創生にもつながるし、日本経済の最大の問題点である生産性の低さを脱却するきっかけになるかもしれない。