対談企画 反社会的勢力と企業経営(第3回)―上原美都男(千葉科学大学危機管理部客員教授)
企業経営におけるコンプライアンス重視の流れが強まる中、反社会的勢力とのかかわりに対する世間の目も厳しくなっている。対応を誤れば、事業の存続を脅かす大きなリスクになりかねない。最善策はそもそも関係を持たないことだが、一目で暴力団と分かるようなケースは減っており、ビジネスの取引を装って企業に食い込もうとする反社勢力は引き続き暗躍している。本対談企画では、独自のデータベースを駆使して反社チェックを専門に行うリスクプロの小板橋仁社長をホストに、企業経営における反社対策の現状とその重要性を議論する。(モデレーター:吉田浩・経済界ウェブ編集長)
対談ゲストプロフィール
反社対策は水際が肝心
小板橋 まず、われわれリスクプロの紹介をさせていただきます。会社設立自体は2年ほど前なのですが、もともと30年近くマーケティングをやってきた会社と反社チェックを手掛けていた会社の協力を経て立ち上げた、反社チェック専門の調査機関です。
上原 反社チェックは大変な業務ですよね。警察から情報を得ようとしても、基本的には何も教えてくれませんでしょうし。
小板橋 今は暴力団を名乗っていなくても、水面下で暴力団以上の活動をしている集団もいますから。上原さまが反社勢力と企業が関わることのリスクを感じた出来事は何でしたか?
上原 象徴的だったのは、北九州市の指定暴力団である工藤会による、企業をターゲットにした襲撃事件です。2006年から08年にかけて北九州市内と福岡市の一部の建設業者が手掛けていた工事現場等に対して、銃撃事件が8件、手りゅう弾等を使った放火事件が2件、連続的に発生しました。そのことで北九州市は無法地帯と言われて福岡県警が批判を浴び、全国から暴力団担当の刑事を北九州市に緊急動員するという事態に発展しました。これは、反社勢力と企業が関わることのリスクを典型的に示した事件でした。
この事件は、暴力団が特定の企業に対してみかじめ料や用心棒代を継続的に受け取り、関係を切ろうとした場合、とんでもない報復があるということを知らしめるために引き起こされた事件でした。企業がいったん暴力団との資金提供関係を結んでしまうと、関係を切ろうとしても激しい報復を覚悟しなければならないというリスクが極めて大きいということです。
小板橋 いったん暴力団と関係を持ってしまうと抜けられないので、必ず水際、川上で防ぐことが大事だということですね。
上原 その通りで、最初が肝心です。暴力団関係者か怪しい人物がアプローチしてきた時点から、リスクコントロールする必要があります。
小板橋 政府から不当要求に対する指針が出たのは、その北九州の事件がきっかけだったんでしょうか。
上原 そうですね。2007年に犯罪対策閣僚会議の申し合わせによって、「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」が策定されました。工藤会の事件の前段にも同様の事件があって、そうした流れを受けたのだろうと思います。この指針で初めて「反社会的勢力」という言葉が使われました。反社勢力全体に大きく網をかぶせて対応していかないと、適切な対応ができないという問題意識がそこで強く生まれました。
暴対法の効果はどのようなものだったか
小板橋 私は銀行出身なのですが、1992年に「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴対法)」が出されたときは、さほど現場の業務に影響はなかったのですが、2011年に東京都から指針出たときには、金融庁から反社勢力排除に関してかなり厳しいお達しが出たのを覚えています。その後、2013年に起きたみずほ銀行による暴力団がらみの融資事件が決定的でした。銀行の場合、定期的な取引先の反社チェックはしていないので、余程のことがなければ相手が反社かどうか分からない。かなり苦労した記憶があります。
上原 そうでしょうね。ただ、制度や指針、法律などをはっきり出してもらったほうが、現場はやりやすいと思います。反社勢力から融資などの申し込みがあっても「こういう法律ができたので無理です」と、拒絶できますから。
暴対法制定当初から目指した暴力団壊滅という目的に、徐々に近づいているということは言えるのでしょう。「暴対法の施行から30年経っても暴力団は壊滅していないじゃないか」とも言われますが、確実に勢力を削ぐことに成功しています。もちろんゼロになるのが理想ですが、なかなかそれは難しいですから。
―― 暴対法のメリットとデメリットについてはどうお考えですか?
上原 メリットとしては、それまで国民の中にあった暴力団を許容する雰囲気や、あるいは憧れのような甘い考えを払しょくした意義は大きかったと思います。暴対法がなければ、今でも市民と暴力団との付き合いが社会に横行していた可能性が高いと思います。
犯罪件数も平成20年から30年ぐらいにかけて、大きく減っていきました。それと共に、指定暴力団や準暴力団員の数もどんどん減ったのです。これはやはり、人々が暴力団を拒絶する姿勢になったことが大きいと思いますが、そのきっかけが暴対法だったのだと思います。
戦後すぐの時期、いわゆる暴力団勢力は約18万人いて、今の自衛隊員と同じぐらいでしたが、暴対法の施行で半分になりました。その前に第一次頂上作戦、第二次頂上作戦、第三次頂上作戦と呼ばれる暴力団の集中取り締まりも行われましたが、なかなか減らなかった。
そこで、暴対法が初めて行政刑法として暴力団のみに適用される法律として出来上がったのには画期的な意味がありました。刑法でなく行政法で中止命令や再発防止命令が出せるという点でも、非常に意味のあった法律です。1992年の暴対法施行時点で9万人だった暴力団勢力は、平成の終わり時点で3万人にまで減っています。
その他の効果としては、暴力団事務所の多くが住民運動などによって撤去になり、対立抗争事件も本当に少なくなりました。暴力団が武装する理由は対立抗争があったときのためですが、今や対立抗争自体ができなくなっています。
小板橋 暴対法が施行されたお陰で、確かに銀行の窓口に変な人が来なくなり、その意味では安心させてくれる法律でした。それまでは見るからに怪しい人が行内をうろうろするようなこともありましたが、後ろ盾として非常に効果があったと思います。
上原 それまでは、暴力団員による不当要求行為が全国のあちこちで行われていて、国民の何とかしてほしいという想いが法律の実現につながったとも言えます。
法律効果の一方で地下組織化が進む
小板橋 2011年に全都道府県で暴排条例(暴力団およびその影響力を排除することを目的とする各条例の総称)ができたのも大きかったですね。
上原 暴排条例の効果は、暴対法より大きかったのではないかとも思います。市民に暴力団との付き合いや、金銭を与える行為の禁止を義務化したことで、暴対法以上のダメージを暴力団に与えましたから。
そのため暴力団自身が変容して、地下組織化、マフィア化するという流れが生まれました。構成員になると行政命令の網にかかってしまうので。組織に入らず、あるいは入っていることを隠して、実質的な利益を追求すればよいという動きが顕著になってきました。暴力団の構成員ではないけれど、実質的な不当要求行為をしている者は今でも多くいます。
小板橋 われわれが扱うケースでも、フロント企業などを通じて水面下で暴力団まがいの悪事を働くケースが増えていまして、その辺の反社チェックが求められています。企業のいち従業員が排除するのはなかなか至難の業なので、われわれのような独立した専門の調査機関をぜひ使っていただきたい。法律効果は確かにありましたがグレーな部分も増えているので、先ほど述べた通り、調査の手を緩めず先手を打つことが必要です。
暴力犯罪からITを駆使した知能犯罪へ
上原 今、千葉科学大学の客員教授として危機管理の講義を行っていて、自然災害への対策と併せてこれからの警察の在り方や犯罪防止のための市民の関与の仕方の話をすることがあります。絶えず社会は変わっていて、犯罪もその時々で形態を変えてきます。ですから、調査対象をどう選ぶかという問題が常に出てくるだろうと思います。
犯罪の傾向を見てみると、暴力的な粗暴犯に代わって、今は振り込め詐欺に見られるような詐欺的手法、知能犯罪への移行が起きています。振り込め詐欺はタイや中国にまで進出しているケースもあります。
小板橋 フィッシングを始め、ネット社会にも詐欺は恐ろしいほど存在しています。
上原 暴力団が衰退する代わりに違う勢力が台頭してきています。ITに強い人物が、特殊詐欺グループのような新たな犯罪形態を生み出していく時代になっています。
小板橋 そういう集団から、暴力団にお金が流れているケースも当然ありますよね。
上原 あります。集団に何人か暴力団の構成員が混じっているケースもあるでしょうし。
小板橋 われわれの存在意義も含めて強調しておきたいのは、企業オーナーの方々も反社に対する認識がまだまだ甘いという点です。
上原 これは無理もないところがあって、自分が被害にあわないと犯罪防止が大事と言ってもなかなか分かってもらえません。でもいったん自分が被害に遭ったり、親が振り込め詐欺に遭ったりすると、これはマズイという気持ちになります。その意味でも、被害に遭わないための広報宣伝活動が非常に重要だと思います。
反グレ集団について言えば、暴対法で対抗するのは無理なので、新たな法律が必要であろうと考えています。1つの試みとして、99年に組織犯罪処罰法という法律ができました。2017年安倍政権の時にテロ等準備罪(いわゆる共謀罪)も成立したので、そういうところを突破口にして新たな法律体系を作っていく段階ではないかと思います。
小板橋 菅首相が官房長官の時代に反社の定義を問われて「現時点ではわからない。その都度判断する事案だ」と答弁したのが印象的ですが、それが現実です。
上原 反社勢力として、多くの集団が自然発生的に生まれては消えていくことを繰り返す時代になっていますから、ターゲット自体が見えにくくなっています。そこをどう対処していくかが大きな課題です。
反グレ集団の存在が前面に出てきたのは、2010年に起きた歌舞伎役者の市川海老蔵さんが殴打された事件で、被疑者を捕まえてみたら全員が関東連合のOBだったということがありました。私が現役の警察組織にいた頃は、暴力団になるのは非行少年や暴走族の成れの果てと決まっていましたが、単純に先輩後輩のつながりで動くというようなケースが今は増えています。
反グレメンバーの特徴として、暴力団には籍を置かない、昔の暴力団のように組の看板を堂々と掲げたりしない、20台代、30代の若者が多く、ITに強いといった傾向が挙げられます。自然発生的に形成されて、誰がリーダーなのかメンバーにも伝えないので、秘匿性が高いのも特徴です。
企業の反社対策は経営トップの意識改革から
―― 今までのお話を踏まえた上で、企業が気をつけるべきポイントをまとめたいと思いますが、リスクプロさんからはどんなことを提言しますか。
小板橋 繰り返しになりますが、最初から付き合いをしない、水際対策が最も大事だということを再度強調しておきたいです。反社勢力は巧妙に企業に入り込み暗躍しており、見極めが非常に困難です。われわれが企業から新規取引先の調査依頼があった場合は、会社はもちろん、代表者をはじめ、役員まで掘り下げて調べます。また、場合によっては従業員や株主まで掘り下げて調べます。
上原 企業としては反社勢力への対応が生命線となります。最近ではコンプライアンスの観点からも、経営者が関心を持ってリーダーシップを発揮してもらう事が大事だと思っています。経営トップには暴排宣言をしていただき、反社との関りを一切持たないことを徹底していただきたいと思います。
あとは反社勢力に対応する専門部署を持ったり、外部専門機関と緊密に連携したりすることも求められます。気を付けるべき点としては、暴力団関連企業と知らずに取引を始めてしまうリスクがあると常に意識すること。暴力団のみならずそれに準ずる団体、反グレ集団というところまで気を付けて、事前チェックをしっかりやってほしいです。反グレ集団については、今のところ法律の整備などが不十分なので、行政も企業も協力して組織的対応を図っていく必要があります。
小板橋 警察の立場から見た法律の施行と運営の結果がよく分かりましたし、新たな組織犯罪をどう抑え込んでいくかが、われわれのような調査機関にとっても重要な課題だと再認識できました。ありがとうございます。
上原 人間が社会を構成する限り、こうした戦いに終わりはありません。社会は変わっていくので、どれだけその変化にキャッチアップできるかがポイントだと思います。
リスクプロとは 30年以上に渡ってマーケティングリサーチに係わる数多の実績を培ってきた市場調査会社と、10年以上に渡って反社会的勢力調査に係わる数万件以上の実績を培ってきた信用調査会社の協力を得て設立。検索結果ではなく調査結果を提供することで、企業の反社会的勢力との取引撲滅を担うための第三者専門機関として活動している。URL: https://www.riskpro.co.jp/ |
対談ホストプロフィール