金の卵発掘プロジェクト2020審査員特別賞受賞
モンゴル遊牧民の移動式住居であるゲルを、さまざまな用途に活用するビジネスで審査員特別賞を受賞したEifer(アイファー)CEOの野尻悠貴氏。現在はアウトドア分野を中心とした新たなサービスを準備中で、事業家としてさらなる飛躍を目指している。(『経済界』2021年9月号より加筆・転載)
野尻悠貴・Eifer CEOプロフィール
スタートはモンゴル遊牧民の「ゲルテント」販売
野尻氏が初めて事業を立ち上げたのは大学生の時。ドイツへの留学を機に、世界中を旅する中でとりわけ惹かれたのがモンゴルだった。現地の遊牧民と提携して1週間生活を共にするツアーの開催からスタートし、次に遊牧民の移動式住居であるゲルを輸入販売する事業にシフトした。
組み立てと解体が容易で通気性や気密性に優れたゲルは、グランピングテントや災害時の避難所、仮設住宅など、さまざまな用途に活用できる。2020年夏に本格的なサービスを開始して以来、個人ユーザーや地方自治体などからの受注を着実に増やしている。
「遊牧民の伝統を3千年も支えたゲルのように、ポテンシャルの高い途上国のプロダクトをマーケティングの力で世界に出していきたい」と言う。
アウトドア分野で新たなサービスに着手
ゲルの輸入ビジネスをスタートしてから約1年、進捗状況を聞きにEiferのオフィスを訪れると、早くも新たな試みに着手していた。野尻氏はこう語る。
「ゲル販売は引き続き行っていますが、自分たちはIT企業としてより大きな課題を解決したい。職人さんたちが心血を注いで作っているにもかかわらず、マーケティングが弱くて売れていない製品が海外にも日本にもたくさんあります。そこで、ゲルと同様に高品質でまだ埋もれている製品を世の中に出していくことで、職人不足や後継者問題の解決にも貢献したいと考えています」
具体的には、高単価で高品質な製品を、専門家のアドバイスをもとに購入できるマッチングプラットフォームをテスト運用中だという。日用品や低価格の商品はネット購入が一般的になったが、高額商品に関しては店舗をはしごしたり、商品比較サイトをぐるぐる回ったりと、購入までに時間をかけるユーザーが依然として多い。
そこで、信頼できるアドバイザーが背中を押すことで、安心な買い物を実現するサービスを構築することにした。まずはアウトドアグッズを中心にスタートし、いずれはワインや家電、飼育用の高級魚といった領域にも広げていく考えだ。
アドバイザーとなるのはメーカーのセールスマンやスタッフではなく、例えば趣味で何十年もキャンプを続けている人やワインの愛好家など、特定分野に詳しい専門家だ。製品購入に結び付いた場合、アドバイザーと運営側には購入金額の一部がメーカーから支払われる仕組みだ。レビューシステムも設け、評価の高いアドバイザーにはファンが付きやすくする。
アウトドア分野で目指す「パッション・エコノミー」
このように、情熱を持つ個人がファンとの直接的なやり取りを通じて購入を後押しする「パッション・エコノミー」と呼ばれる形態は、既に海外ではトレンドになりつつあり、中には月収100万円以上稼ぐ専門家もいるという。この流れを日本に持ち込み、これまでにない新たなユーザー体験を実現すると野尻氏は力を込める。
「特にアウトドアの分野は、良くも悪くもITサービスがまだ導入され切っていないので、何か新しいことができるのではないかと思って始めました。キャンプグッズなど高額な買い物をするときに、相談できる詳しい人が周りにいるユーザーはそれほど多くありません。購入時だけでなく、その後の設営やメンテナンスなども専門家に相談できるようにしていきます」
専門家の条件としては、特定分野に詳しいだけでなく、ユーザー目線で相談に乗ることができ、購買を押し付けないこと。また、既に有名すぎたり、アフィリエイトで儲けているような人物も対象から外れる。課題はそうした理想的な人材をどれだけ集められるかだが、テストマーケティングの段階で既に応募が殺到しているという。無名の個人がこれまで趣味の世界で積み上げてきた知識をマネタイズできるということで、関心が高まっているようだ。
「副業するにしても、今はウーバーイーツなど誰でもできる仕事がメインですが、これからはパッションを持った個人が主役になる時代になると思います。ユーザー側も信頼できる特定の人から買う方向に行動がシフトしていくと予想しています。さらに、アドバイザーとユーザーとのやり取りは、マーケティング上の貴重な情報になります。ユーザー志向に関するデータが、メーカーに対する交渉力の観点からも貴重な資産となっていくでしょう」
死ぬ間際に思い出せる購買体験を提供する
新たなサービスを始めたのは、ゲルテント販売での印象深い体験もきっかけになったと野尻氏は語る。地方在住のある高齢女性が80万円のゲルを購入したものの、高額な買い物に家族からは反対され、自身も商品が届くまで不安に思っていた。だが、実際に商品が届き、組み立てが終わると「これで孫に生きた証が残せた」と大喜びされたという。
「高額商品のネット販売には怪しいイメージもありますが、すごく良い買い物体験がつくれたなと。それで後悔しない買い物、死ぬ間際に思い出せる購買体験をどんどんつくっていこうと思ったんです」
専門家とユーザーのマッチングサイト「WELL BUY」は、今夏に正式リリースの予定。ベンチャー・キャピタルから数千万円の資金調達も果たし、4年後の上場を視野に歩を進める。
「もともとは海外の異性にモテたくてさまざまな国を回っていました。社会を変えてやるというよりも、正直、学生ノリの延長で事業の世界に足を踏み入れました」という野尻氏。だが今は、若さと行動力に加えて事業家としての使命感が宿ってきたように見える。