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アパレルサブスクの先駆者がサービス停止を考えた日 天沼 聰 エアークローゼット

天沼聰 エアークローゼット

すっかり定着したサブスクビジネス。ファッション領域でいち早くサブスクサービスを実現させたのがエアークローゼットだった。2015年2月にスタートした「airCloset」は、好み、サイズ、流行等を加味してスタイリストが選定した洋服が自宅に届く。その手軽さが人気となり現在の月額会員は3万人を超える。ファッションサブスクの先駆者とも言える存在だが、天沼社長はサービス停止が頭をよぎったこともあると語る。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年4月号より)

天沼 聰・エアークローゼット社長CEOのプロフィール

天沼聰 エアークローゼット
天沼 聰 エアークローゼット社長CEO
あまぬま・さとし 英ロンドン大学卒業後、2003年にアビームコンサルティングに入社し、IT・戦略系のコンサルタントとして約9年間従事。11年より楽天 (現 楽天グループ)にて、UI/UXに特化したウェブのグローバルマネージャーを務めた後、14年にエアークローゼットを創業。22年、東証グロース市場へ上場。

理想形を突き詰めたからこそ舵取りは難しい

―― 「airCloset」のレギュラープランは、月額1万800円で洋服が借り放題。2015年2月のサービス開始以来、およそ8年間で3万人の月額会員を有するサービスにまで成長しました。強さはどこにありますか。

天沼 まず、普段着のレンタルサービスに日本で初めて取り組んだユニークさがポイントです。その後、競合となるサービスも出てきましたが、その中でも強みとなっているのはパーソナルスタイリングの仕組みです。

 「airCloset」では、お客さまのファッションの好みやサイズ等をカルテ情報として整理し、それを参照したスタイリストがそれぞれに最適なお洋服を選定しています。単純にお洋服を届けているだけではなく、これまでになかったファッションとの出会い方をお届けすることで、そこが大きな優位性となっています。

―― 会員数を増加させつつ、その中で洋服の在庫量や物流システムの規模、スタイリストのキャパシティなどを最適な状態でコントロールし続けるのは難しそうです。

天沼 変数が多いビジネスモデルなのは事実です。それぞれの変数が会計上の数字と密接に絡み合いますので、舵取りは簡単ではありません。

 ただ、そもそもエアークローゼットという会社は、「発想とITで人々の日常に新しいワクワクを創造する」をミッションに掲げており、何か既存のシステムを手直ししたモデルというよりも、実現したい社会に対して理想形となるモデルを模索して具現化した事業です。ですから、事業の進め方も、常に創造的に試行錯誤を重ねてきました。

 当社は現在約100人の組織ですが、公認会計士の資格を持つメンバーが5人います。それぞれ管理する領域を持ち、事業が最適な形になるように数字の面からコントロールしています。また、あくまでtoCビジネスですから、お客さまの体験価値を向上させるためには倉庫物流などの現場の質も高めないといけません。倉庫も独自システムを数年がかりで構築するなど、手間暇を惜しまず改善を重ねてきました。

―― EC事業者の増加に合わせて倉庫物流サービスも増えました。既存サービスをカスタマイズする方が低コストなのではありませんか。

天沼 一般的な倉庫でも保管して発送する機能はありますが、戻ってきた商品をメンテナンスしたりクリーニングしたりするような、返却を前提とする機能は揃っていません。何となく倉庫で簡単に対応できそうな気がするかもしれませんが、実際は倉庫管理システムのIT部分から変えることになります。

 当然、システムから現場の業務フローまで最適化するのは並大抵のことではありませんが、理想的なモデル構築のためには必要なコストでした。結果的にこうしたロジスティクスも優位性の源泉となっています。

大事に育てたサービスが顧客にとって「悪」になったら

―― ファッション業界にとって、コロナの影響は大きかったですね。

天沼 ファッション業界の市場はコロナで1兆円以上縮小したと言われています。当然、私たちにとっても逆風でした。ただそれ以上に、経営者としてサービス存続の危機ともいうべき事態がありました。

 私は創業以来、いつも自分たちのサービスはお客さまにとって「善」な存在であると胸を張って言える状態を作ってきました。創業前に9つの行動指針を立てたのですが、その最初にも「お客様の感動が第一」を掲げています。常にお客さまの感動体験のためにサービスを磨いてきました。ところが、コロナの拡大当初は感染方法が未知数であり、もしかすると「airCloset」でシェアしているお洋服を介してウイルスが広がってしまう可能性を排除し切れませんでした。もしそうなってしまうと仮定すれば、このサービスを利用してもらうことが善ではなく悪になる可能性すらある。この時はサービスを止めることも頭をよぎりました。

 その後、感染対策を徹底し、専門家の先生の知見をお借りし、お客さまの声にも支えられ、サービスの継続を決断しました。当時、私の名前ですべてのお客さま宛にメールを送り、それまでの感謝や事業継続への思いをお伝えさせていただきました。

―― 大きな危機を乗り越えて上場へとつながってきましたが、22年6月期の決算では売上高33億9千万円、営業利益は5100万円の赤字です。黒字化のめどはいかがですか。

天沼 すごくシンプルに言ってしまえば、成長を止めれば黒字化そのものは達成できます。ただ、それが将来長い目で見たときには事業として、会社として、成長のためになるかどうかという判断をすると、決してそんなことはない。もちろん黒字化は大事です。しかし、優先順位で言うと、私の経営方針としては、持続的な成長をしっかりと遂げられる会社にしていく選択肢の方が重要だと思っています。

 現状の赤字もほとんど想定通りです。利用者を獲得する広告宣伝費や、在庫を仕入れる費用など、一定の規模感まで投資が先行するモデルだからです。また、コストコントロールも徹底しています。上場も、1配送あたりのオペレーションコストを一定水準以下まで下げることを実現できたので決断しました。ですから、財務上赤字となっていることが注目されることにややジレンマはありますが、しっかりブレずに成長のために手を打っていきます。

―― ここから事業をどう展開しますか。

天沼 昨今の消費トレンドとして、タイパ(タイムパフォーマンス)という言葉にも表れているように、時間の価値が高まっています。加えて、サステナビリティ志向も高まっている。「airCloset」はこの2つの大きな潮流に合致するサービスです。しかし、ファッションレンタルを実現することにとどまらず、その先にあるライフスタイルを提案していくような存在でありたいと考えています。

 これからメンズ、キッズ、シニア等にも手を広げていきます。ぜひ、私たちに期待していただけるとうれしいです。