経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

J1復帰を支えたフロントの「負けられない環境」づくり 中野幸夫 アルビレックス新潟

中野幸夫 アルビレックス新潟

サッカーJリーグで今季J1に復帰したアルビレックス新潟。かつて浦和レッズの観客動員数を上回り「新潟の奇跡」と呼ばれたアルビレックスだが、過去5シーズンはJ2で臥薪嘗胆の日々を送っていた。そこからどうやって這い上がったのか。サポーターをどうやってつなぎ止めたのか。中野幸夫社長が語る再建秘話――。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2023年6月号巻頭特集「熱狂を生み出すプロスポーツビジネス」より)

中野幸夫 アルビレックス新潟社長のプロフィール

中野幸夫 アルビレックス新潟
中野幸夫 アルビレックス新潟社長
なかの・ゆきお 1955年生まれ。国際商科大学卒業後、アルビレックス新潟設立に携わり、99年専務、2005年社長に就任。09年Jリーグ専務理事などを経て17年から2度目の社長、20年から3度目の社長を務めている。

「新潟の奇跡」から一転。J2降格で味わった悲哀

―― アルビレックス新潟は、今シーズン6季ぶりにJ1復帰を果たしました。3月中旬時点では4試合終わって2勝2分けと負けなし。上々の滑り出しです。

中野 簡単に歴史を振り返ると、1996年にチームを法人化、翌年チーム名をアルビレックス新潟に。地域リーグからJFLを経て99年にJリーグに加入(当初はJ2)、2003年にJ2で優勝して、04年にJ1に昇格。法人化してからずっと池田弘が社長で私は専務、05年に池田が会長となり、私が社長に就任しました。その後、私はJリーグ専務理事や日本サッカー協会常務理事を経て、17年に2度目の、そして20年からは3度目のアルビレックス社長を務めています。この間、18年シーズンからJ2に転落し、今季からJ1に返り咲きました。

―― 前回のJ1時代は、観客動員数で浦和レッズを抜いて日本一になるなど、「新潟の奇跡」とも言われました。

中野 2002年の日韓ワールドカップを新潟に誘致するために、4万人以上を収容できる新しいスタジアム「ビッグスワン(現デンカビッグスワンスタジアム)」が建設されました。それまでは、キャパ1万5千人の新潟市営競技場で観客数は3千~4千人。それが4万人のスタジアムで試合をすることになり、ここを満杯にしようという目標が掲げられたのですが、われわれにしてみればハードルの高い挑戦でした。でもなんとかしなければならない。そこで企業や自治会のみなさんに招待券を配り、最初はアルビレックスではなくビッグスワンを見に来てほしい、という声掛けをしてお客さんの来場を促しました。

 その後、ワールドカップの余韻とJ1に上がれるかもしれないという機運もあって、サポーターも増えていき、徐々に新潟県民のサッカーチームになっていきました。家族ぐるみで来場してくださる方もいれば、選手を自分の子ども同様に応援してくださる方もいる。昔はアルビレックスのユニフォームを着ているのを見られるのが恥ずかしいからスタジアムの近くで着替えていたのが、そのうち電車の中、それも山手線でも新幹線でも平気で着るようになっていく。アルビレックスのサポーターであること、新潟県人であることに誇りを持つようになったのです。

―― それだけにJ2に落ちた時の県民の落胆ぶりは大きかったはずです。サポーターも離れていったのではないですか。当然、クラブ経営も難しくなったでしょう。

中野 落ちた当初は、1年でJ1に戻るぞ、ということでサポーターには応援していただきましたし、スポンサーの方々も支援を続けてくださいました。しかもJ2初年度にはリーグから降格救済金が出るため、経営的なダメージはそれほど大きくありませんでした。でも翌年には復帰できなかった。それからが大変でした。

 当社は昨年まで12月決算でしたから、その年の秋に予算を策定します。翌年の年間チケットの売り上げなどを予測しながら事業計画を立てていく。選手の勝利給をどうするか、強化合宿費にどのくらいかけるのか。その上でリーグ終了から移籍市場が始まりますから、どのような補強をするかを決めていきます。

 そのためJ2の2年目以降は厳しい状況の中、大幅な経費カットをせざるを得ませんでした。それでもアルビレックスの後援会には9千人の個人会員と900社の法人会員がいて、サポートしてくださいました。そしてシーズンチケットを買い続けてくれたサポーターも。その結果、財務的にはJ1時代より安定して毎年黒字を計上できるようになり、累積債務も解消しています。

トップチームの半分の売り上げで勝負を挑む

―― 企業として黒字を出すことは大切ですが、それによってチームが弱くなっては元も子もありません。どう両立させますか。

中野 株主さんにとってみれば黒字は望ましいですが、サポーターが評価するのは一にも二にも成績です。

 そのためには2極で考える必要があります。チームはとにかく勝つことを目指す。もちろん財政的な制約もあり思ったように補強できないこともありますが、勝つための練習を行い試合に臨む。

 一方フロントは、サポーターと一緒になってチームが負けられない環境をつくる。例えば試合の時はスタジアムを満杯にする。あるいは施設を充実させる。聖籠町にあるアルビレッジ(練習施設)には天然芝3面、人工芝3面の6面のピッチがあります。人材の登用や育成で組織を強化することも必要です。そして選手強化です。アカデミー(下部組織)で子どもたちを育てるとともに選手の待遇改善を行っていきます。この総合力がチームの成績を決めると考えています。

 ただしタイトルを目指すとなると資金がいるため、ある程度の事業規模が必要です。

―― アルビレックスは県民チームで資金力のあるスポンサーがいません。事業規模を拡大するのは難しくないですか。

中野 川崎フロンターレさんや浦和レッズさんの前期の売上高は約70億円。それに対してアルビレックスは27億円でした。今期は30億円を見込みますが、それでもトップ2の半分以下で戦っていかなくてはなりません。もちろん選手強化費を2倍3倍に増やせばチーム力が2倍3倍になるわけではありませんが、できるだけ増やしていきたい。

 チームの収入というのは、チケット収入、グッズなどの事業収入、スポンサー収入、そして選手が移籍した時の移籍金の4つからなります。この4つをそれぞれ伸ばしていきます。それがわれわれの役割です。

―― 今シーズンはJ1昇格効果もあり、観客動員は全チームの中でトップクラスです。チケット収入は大きく伸びそうです。それに伴い事業収入も期待できます。

中野 シーズンパスを購入された方が1万人いらっしゃいます。でもピークの05年には2万1500人でしたから、まだまだ伸びしろはあると考えています。スポンサーも現在のスポンサーをはじめ、県内外の企業に広く浅く、コツコツと支援いただいています。これを増やし、さらにはインターネットなどのコンテンツビジネスも伸ばします。これを続けて3年後40億円の目標が達成できる頃には、優勝を目指せるチームになると信じています。