全国をつなぐ鉄道ネットワークを生かし、貨物鉄道事業を行うJR貨物。労働力不足問題や環境問題の観点で、鉄道輸送の利用推進に力を入れる。新しい取り組みとして貨物駅構内にマルチテナント型物流施設の「レールゲート」を建設し、物流のシームレス化を目指す。社長の犬飼新氏に同社の果たす役割と将来像を聞いた。聞き手=萩原梨湖 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年7月号巻頭特集「物流クライシス2024」より)
犬飼 新・JR貨物社長のプロフィール
進まないモーダルシフト鉄道の分担率は5%
―― 昨今、物流業界では国交省を中心としてトラック輸送を別の輸送手段に切り替える「モーダルシフト」を推奨しています。
犬飼 鉄道には、大量の貨物を定時に輸送できるという特性があり、モーダルシフトでは十分にその効果を発揮することができます。
貨物列車は一度に最大26両、10トントラック65台分の大量輸送が可能で、すべての列車が決められたダイヤによって運行します。
トラックが長距離を走行する場合、1人のドライバーが運転できる時間と距離には限りがあります。2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の上限規制が始まることにより、今まで通りトラックで長距離輸送を行うには、ドライバーを増やさないと対応できない場合もあり、コストアップにもつながります。
そういった人手不足の解消法の一つとして、鉄道輸送へのモーダルシフトがあります。
さらに、鉄道輸送は環境への負担が少ないという特性もあり、貨物鉄道輸送のCO2排出量は、トラックと比較すると約10分の1、同じくモーダルシフトの手段の一つである船舶と比較しても2分の1に抑えることができます。SDGsやESGの観点から、カーボンニュートラルに取り組む企業の需要も増えてきています。
また、BCP(事業継続計画)にも有効で、トラック輸送のみの体制に、貨物鉄道輸送という手段を加えることで、災害時などは輸送手段や輸送ルートを変更しサプライチェーンを確保することができます。輸送ルートを複数用意しておくことで、既存のルートが断絶した際にも事業の継続が可能となります。
―― 現在鉄道輸送は国内でどれくらい利用されているのですか。
犬飼 鉄道は国内物流のうち、1トンの貨物を1キロメートル運んだ場合を示すトンキロという単位を基準にすると177億トンキロを輸送しています。割合で言うと全国の貨物の約5%にあたります。
当社は、コンテナを用いた輸送を行っており、鉄道輸送用のJRコンテナを約6万個所有しています。 代表的な12フィートコンテナは、5トンの荷物が積載可能で、1両の貨車にこれを5個積載することができます。
そして最近利用が増えている31フィートコンテナは、大型の10トントラックに相当する積載能力があります。これらのコンテナはフォークリフトやトップリフターを使用して、鉄道の貨車からトラックへ積み替えることができます。トラックから貨車への移行も同様に行えるため、工場などの出荷元から届け先まで、コンテナ内の荷物を積み替えることなくドアツードアの輸送を行うことができます。
これらのコンテナで運んでいる貨物は、農産品・食料品、紙製品・工業製品、宅配便など生活物資が中心です。特に多いのは、積み合わせ貨物と呼ばれる宅配便で、コンテナ輸送量の17%を占めています。コロナの影響でEC需要が増え、以前から高かった宅配の比率がさらに増えました。
それに続いて食料工業品16%、紙パルプ等12%、化学工業品9%、農産品・青果物8%という割合です。12フィートコンテナには軽自動車がそのまま入るので、完成車を入れて運ぶこともあります。
ここ数年では、お客さまに一列車をブロック(区画)単位で貸し切って往復輸送するブロックトレインの利用が増えています。04年3月のスーパーレールカーゴの運転開始を皮切りに、現在は関東~関西・中国、東海~東北・九州、関西~東北の区間で10往復の運転を行っています。
災害の多い日本では輸送障害が懸念点
―― 長所が多いように思えますが、なぜ分担率が5%と低いままなのでしょうか。
犬飼 分担率の低さについて、昨年、国土交通省により設置された「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」では、当社を含めた各方面の関係者により貨物鉄道の課題についてさまざまな議論が行われました。
その中間とりまとめとして14の課題が提起されましたが、その中でも大きな課題として挙げられているのが輸送障害への対応です。
輸送障害の原因となっているのは主に自然災害で、豪雪、豪雨、台風、地震です。最近でいうと、18年に岡山や広島周辺で発生した「平成30年7月豪雨」では、山陽線が寸断されました。
自然災害によって寸断された線路は復旧までに時間がかかり、この時は100日間列車が運行できませんでした。東京から九州へ向かう貨物列車のメインルートである山陽線が通れない期間は、トラックや船舶を使った代行輸送を行いましたが、お客さまからすると鉄道の弱みを実感してしまう出来事だったと思います。
―― 線路という限られたルートを走行するため、複数のルートを走行できるトラックに比べると融通が利かないということですね。
犬飼 当社は、第二種鉄道事業者といって主にJR旅客鉄道各社の線路を借りて貨物列車を運行しており、列車の運行管理は主にJR旅客鉄道各社など、第一種鉄道事業者という線路を所有している事業者が行っています。
何らかのきっかけでダイヤが乱れた場合には、旅客列車と貨物列車が同じ線路を通るため、例えば旅客列車の通勤時間帯だとダイヤが密なために、貨物列車を長時間通すことができず遅れが大きくなることがあります。さらに貨物列車は走行距離が長いので、終着駅に着く頃には遅れが大幅に伸びてしまうケースもあります。運送会社との連携を一層強化し、さまざまな輸送手段を確保できるように準備しています。
しかし、そういった点が鉄道輸送を使ったモーダルシフトの懸念点となっているのは事実です。
―― 状況に合わせて複数の輸送手段を確保する必要があるということですね。
犬飼 規模の大きい輸送障害の発生時への備えも進めており、そのために利用運送事業者との連携を一層強化し、鉄道以外の輸送手段を確保するなど準備をしています。
18年に鉄道ロジスティクス本部内に立ち上げた「災害リスク検討会」では主要幹線の寸断を想定したトラック代行および船舶代行、迂回列車の運転をシミュレーションしました。22年8月の大雨による輸送障害発生時には実際に役立てることができました。
当社が自助努力で輸送障害対策を充実させることに加え、荷主の方の理解を得るというのも重要な課題です。きちんと鉄道輸送のデメリットも伝えたうえで、輸送障害発生時への備えについても説明し、理解していただくことが重要です。
また、鉄道に遅れが生じても、荷主への影響を最小限にとどめることができるよう、輸送形態を工夫できないかと考えています。
例えば、在庫を最小限にとどめている企業には予防保全的に在庫を持つことを考えていただいたり、リードタイムが1日延びても影響が出ないよう、製造工程で工夫していただけるよう提案しています。
さらに効果的な方法として、可能であれば、急ぐ荷物と急がない荷物をあらかじめ分けて輸送することをお願いしています。
シームレスな物流を実現するレールゲートを展開
―― 総合物流企業を目指す新たな取り組みとして、鉄道事業にとどまらず、レールゲートの全国展開を推進しています。
犬飼 当社は、貨物鉄道と結節する物流施設の「レールゲート」の設置を推進しており、20年2月に東京レールゲートWEST、22年5月にDPL札幌レールゲート、22年7月に東京レールゲートEASTが完成しました。
いずれも周辺には高速道路や港、空港などさまざまな輸送モードが近接する貨物駅構内に立地しています。貨物駅を結節点としてシームレスな物流を行うという特徴があります。
レールゲート本体の設計としてはお客さまの多様なニーズに対応できるマルチテナント型物流施設になっており、お客さまごとに各種機器の設置が容易な設計になっています。 レールゲートの展開はさらに拡大し、仙台、名古屋、大阪、福岡など、全国の主要都市で貨物鉄道輸送を基軸とした物流ネットワークの構築を目指していきます。
―― 今後はどのようなビジョンを掲げていますか。
犬飼 現在鉄道輸送では、例えば東京~大阪間は約500キロメートルですが、それよりも長い800キロメートル以上の長距離帯で多く利用されています。
2024年問題によりトラックで長距離を輸送することが難しくなると運び方の見直しや輸送力の低下が進み、400キロメートルから600キロメートルの中距離帯で鉄道輸送の利用ニーズが増加すると想定しています。
それらのニーズにしっかりと対応できるよう、レールゲートなどの物流施設の活用を含め貨物鉄道を柔軟にご利用いただけるようにすることで、労働力問題や環境問題といった社会課題の解決に貢献したいと考えています。