アメリカで誕生した動画配信サービスHulu。2011年に、国外で初めて日本でのサービス展開が始まった。その運営のために設立されたのがHJホールディングスだ。14年からは日本テレビグループに加わり、顧客の幅を広げている。22年に社長に就任した髙谷和男氏に、Huluの未来を聞いた。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年3月号より)
髙谷和男 HJホールディングス社長のプロフィール
放送と配信に携わり感じる映像鑑賞の変化
―― 日本テレビとHJホールディングス(HJ)の要職を経て、2022年6月にHJの社長に就任されました。
髙谷 日本テレビでは音楽番組等の制作から編成を手がけ、HJにHuluの編成部門が立ち上がった15年に編成部長としてジョインしました。その後、19年に日本テレビに戻り、配信戦略部門の統括やデジタル系新規事業の立ち上げを手がけ、22年にHJの社長に就任し現在に至ります。
―― 放送と配信の両方の業界の主要メディアでビジネスを手がけられてきています。その立場から、若い世代のメディアへの関心がテレビからネットに移り変わってきていると言われるなか、これからの時代の映像鑑賞はどうなっていくと考えますか。
髙谷 ユーザーそれぞれが自分にとっていちばん便利な視聴体験を選択する、に尽きます。テレビ離れとよく言われますが、テレビデバイスを使う放送のリアルタイム視聴が減っている一方で、テレビコンテンツ自体は配信視聴も含めると圧倒的に見られています。若い世代をはじめライフスタイルは時代とともに変わっていきますが、映像視聴に関しては、便利なデバイスで見たい時に見たいものを見るのはこれからも変わらないでしょう。日本には考察視聴やSNS視聴(ユーザー同士がSNSで語り合いながら同時視聴する)といった独特な形態もありますが、われわれはそういった分野でも面白いものを届けていきたいです。
―― Huluで配信ならではの苦労をされた経験はありますか?
髙谷 16年に稲葉浩志さんのソロライブ「Koshi Inaba LIVE 2016 ~enIII~」千秋楽の日本武道館公演をHuluで独占生配信しましたが、当時はまだサブスクに生配信の概念がなく、そのための技術もありませんでした。ライブ配信をやるとは決まったものの、当時は日本への技術移行前で、アメリカ本国とのプロダクト開発や技術要件の折衝から始まり、とにかく各所に頭を下げて、毎日眠れない夜が続きました。その結果、あらゆる手を打ってなんとか当日を迎えることができ、ライブのフタが開いた(生配信の画面がモニターに映った)瞬間の安堵と感動は今でも忘れられません。それがHuluの初めてのライブ配信になりましたが、僕にとっては大変な思いをした記憶として残っています(笑)。
ハリウッドメジャー上陸で加熱する市場競争
―― コロナ禍の20〜21年は、配信で映像コンテンツを見るライフスタイルが定着し、配信サービスのシェアが伸びました。今はその勢いが落ち着いているように感じます。
髙谷 コロナの巣篭もり需要がきっかけで一気にリーチが広がりましたが、今日常生活が戻って、物価高も相まってサブスク(定額見放題サービス)の棚卸しをしている人も多くいます。一方、サブスクを使う人と使わない人の明確な線引きがあるのですが、いろいろなコンテンツが増えることで、使わない側の人が何かのきっかけで使う機会が生まれ、新規に使い始める人が増えている状況です。有料コンテンツにお金を払う人の一定数のキャップはあるものの、それが少しずつ拡大している過程であり、まだ配信サービスの伸びしろがあります。
―― 23年はParaviとU-NEXTが統合した一方、ハリウッドメジャーの一角であるパラマウント+が日本上陸しました。
髙谷 ハリウッドメジャーではNBCユニバーサルのプラットフォームであるピーコック、ワーナー・ブラザース・ディスカバリーのMAXほか、韓国からもまだ上陸していないサービスがありますので、今後もプレーヤーは増える可能性があります。そうなると、長期的にはユーザーの裾野が広がって、市場全体が今よりもっと活性化し、拡大していくと見ています。どのサービスが入ってくるのも、健全な競争の中では歓迎すべきこと。市場競争には切磋琢磨があり、サービスの改善、向上から伸長につながります。競争の加熱は大変ではありますけど(笑)。
ただ、日本はローカルコンテンツが圧倒的に強い、世界でも稀に見る特異な市場です。海外プラットフォームが日本でスタンドアローンのサービスを立ち上げるのはかなり難易度が高いと思いますので、いつどのような形での上陸になるかは予想がつきません。
―― 全体として市場が拡大している現在は、サービス同士によるシェアの奪い合いには入っていませんか?
髙谷 広がっていくパイから、どうやって自分たちのサービスにユーザーを取り込むかの競争は当然あります。ただ、ユーザーはひとつのサービスだけを使うのではなく、いくつものサービスを渡り歩くように使っています。単純なユーザーの奪い合いではなく、ユーザーのニーズにマッチするコンテンツをいかに提供していくかです。
国内全てのサービスをライバルとして意識
―― 市場競争の中でHuluの独自性や優位性をどう考えますか?
髙谷 国内ドラマのラインアップには定評がありますが、もともと海外ドラマから始まったサービスであり、ジェネラルな海外ドラマのユーザーが実は多い。そこにアニメの品揃えが充実しており、アニメを併用するユーザーからの評価が高いことがまずあります。
独自性を打ち出しているのは、独占コンテンツによる差別化です。オリジナルドラマは、自社IPも含めていろいろなジャンルを制作しています。『君と世界が終わる日に』は、シーズン1を地上波で放送し、シーズン2〜4をHuluで独占配信、今後は劇場版公開とシーズン5の独占配信を控えています。日本テレビのドラマと連動するコンテンツ開発の過程で生まれたフォーマットですが、もっとも高い実積を上げた強いコンテンツになりました。今後もこういった取り組みでシーズン化するドラマ制作を計画していますが、このヒットパターンをどんどん生み出していきたいところです。
また、ファンコンテンツの放送と配信の連動も強みです。サバイバルオーディション番組は、先行配信や完全版の独占配信をしています。地上波では放送尺が限られるので、番組の熱量をファンに伝えるには配信が最適です。そこで配信と連動してファンのニーズにしっかりと応えています。
―― 競合として意識しているサービスはありますか。
髙谷 ユーザーの選択肢という観点では、Netflixやアマゾンプライム、U-NEXTさんをはじめ、国内で展開されている全てのサービスと言えるでしょうか。どんなコンテンツを配信しているか、どういうものが支持されているかを日々ウォッチしています。そういう配信市場の調査を通して、Huluのユーザーに喜んでいただけるコンテンツを常に提供していく。そして、何かのキャンペーンや特別なコンテンツを配信するときなど、新しいユーザーにHuluを使っていただけるタイミングでちゃんと満足してもらえるように、土地をしっかりと耕しておきます。
―― TVerはどういう位置づけになりますか。
髙谷 同じコンテンツに対しての有料配信(サブスク)と、広告付き無料配信というビジネスの違いはありますが、コンテンツを提供するサービスとしては競合構造になります。ただ、無料配信サービスのTVerは、サブスクと比較して圧倒的にトラフィックが多い。コンテンツのファンの裾野を広げる側面でTVerの役割は大きい。ファンが増えれば増えるほど、サブスクで関連コンテンツや過去の作品を見るユーザーも増えますので、新しいユーザーの入口のひとつになる、ポジティブな側面もあります。
エンゲージメント向上のため2024年に向けて計画を
―― Huluの今の課題を教えてください。
髙谷 素晴らしいコンテンツをたくさん揃えているので、それを配信していることを知っていただかないといけない。新しいプロモーションコンテンツだけでなく、過去のいい映画やドラマがたくさんある。それがサブスクの醍醐味です。そういうものをいかにディスカバーしていただくかが課題であり、達成したい最優先事項です。今のユーザーは作品を検索する手間もかけたくない。技術的な面からどういう形でユーザーに出会いを提供できるか。終わりのない追求であり、常にエッセンシャルな課題です。
―― 24年はどういう1年になりますか。
髙谷 ふたつ大きな計画があります。ひとつはサービスをもう1段進化させること。サービス全体のエンゲージが大きく強まる仕様にアップデートします。もうひとつはコンテンツですが、大きな関心と反響を呼ぶであろう新しいオリジナルドラマを準備しています。サスペンス・ミステリー系のファンの間で話題になること間違いなしです。楽しみにしてください。