文=萩原梨湖(雑誌『経済界』巻頭特集「防衛産業の幕開け」2024年5月号より)
撤退企業は20年間で100社 防衛費増額は実を結ぶか
近年ロシアのウクライナ侵攻や、米中の対立をはじめ、国際情勢が混迷を極めている。日本の近隣では、台湾と中国の緊張関係が続いており、台湾が攻撃されればアメリカ軍が加わり、中間に位置する日本の安全保障が脅かされると考えられている。また、北朝鮮は今まで以上の頻度で弾道ミサイルを発射しており、2022年10月には日本の上空を通過した。こういった状況で国を守り抜くには、早急に防衛力を強化する必要がある。
政府は防衛力の抜本的強化を図るため22年12月に、23年度から27年度までの防衛費を前中期防衛力整備計画の1・6倍にあたる43兆円とすることを閣議決定した。これは自民党内で議論があったにもかかわらず、岸田文雄首相が押し切る形で決められた。安倍元首相が成立させた集団的自衛権などを盛り込んだ安全保障法制を引き継ぐためとはいえ、財源の確保の問題もあり議論を呼んだ。24年2月に行われた記者会見の時点では木原稔防衛相は計画の見直しは考えていないと表明している。
防衛省の24年度予算案は歳出ベースで7兆7249億円、契約ベースでは9兆3625億円を計上している。防衛省が最も重視している分野は、攻撃されない安全な距離から相手部隊に対処するスタンドオフ防衛で、7127億円。そのほか、飛来物体を打ち落とす統合防空ミサイル(1兆2284億円)、無人機などの無人アセット(1146億円)、陸海空の装備品や宇宙・サイバー・電磁波などを接続する領域横断作戦(1兆6401億円)、情報収集などの指揮統制・情報関連機能(4248億円)、自衛隊の移動や出動などの機動展開能力・国民保護(5653億円)、部品や弾薬の購入や施設の強靭化などの持続性・強靭性(2兆9422億円)を「7つの柱」と定義している。予算内訳を見ると、装備品の新規購入や現有装備品の維持整備の割合が大きくなっている。一度買った護衛艦や戦闘機などの装備品は10~20年は使うため、維持整備や部品費などのライフサイクルコストも含めて、5年で43兆円という大規模な予算になっている。
この流れを受け、川崎重工業やIHI、三菱重工業などは防衛関連事業の売上高の大幅な増加を見込んでいるが、これまでの防衛産業は決して儲かる産業ではなかった。そのため直近20年では撤退企業数が100社を上回っており、装備品の部品などを作る中小企業をはじめ、防衛省と直接取引をするプライム企業までが含まれる。19年には軽装甲機動車を製造するコマツ、21年には新型機関銃を製造する住友重機械工業などが製造を中止した。
産業の存続に危機感が高まる中、防衛省は低利益率な産業構造の改革や、新規企業の参入促進に力を入れ始めている。
「防衛に無関係の技術はない」一般企業の新規参入を促進
防衛と一言で言っても、近年の戦争では直接的な軍事衝突に加え、最新テクノロジーを駆使した戦い方や情報戦が目立つようになっている。昔とは戦い方が変わってきているため、武力を強化することだけが防衛力につながるわけではない。
ロシアウクライナ戦争では、ドローンによる監視・偵察や自爆攻撃、電子線による遠隔操作の妨害などの戦局が見られた。ウクライナは水上ドローン攻撃でロシアの揚陸艦や哨戒艦、ミサイル艇を攻撃しており、24年2月にもロシア海軍の大型揚陸艦「ツェーザリ・クニコフ」に対して水上ドローン(無人艇)攻撃を行い撃沈させたと発表している。また、ウクライナ各地のインフラへのサイバー攻撃や認識操作を目的とした情報戦も見られた。こういった新しい戦いを繰り広げる中で、ロシア、ウクライナはそれぞれに兵器体系のあり方や軍編成を模索していった。
民生目的で開発された新興技術の軍事転用が当たり前になった今、防衛産業はその対象企業と政府だけの問題ではない。そこで防衛装備庁は、優れた技術や価格競争力を持つ中小企業やベンチャー企業、スタートアップ企業などを発掘し既存の防衛企業とマッチングするため、16年から年に1~2回防衛産業参入促進展(DIPEX)を開催している。
また、経済産業省が保有するスタートアップ支援の枠組みやネットワークを活用し、スタートアップ企業と防衛省・自衛隊のニーズとのマッチングを図る機会を創出するため、23年から「防衛産業へのスタートアップ活用に向けた合同推進会」を行っている。こちらはDIPEXに比べると小規模な会議のようなもので、防衛省の庁議室に集まって行われる。24年1月に第4回が開催され、インキュベイトファンド、東京大学エッジキャピタルパートナーズ、リアルテックホールディングス、JICベンチャー・グロース・インベストメンツなどのベンチャーキャピタル企業が参加した。実施後は防衛省・自衛隊のニーズを元に企業へ連絡し、さらなる意見交換も行っているという。
防衛装備庁担当者は「無人航空機やリモートセンシング、衛星ネットワークサービス、3Dプリンター、AI、人工筋肉などは期待が大きい。防衛に関係ない技術はないはずなので、一般の企業や投資家の方にも目を向けてもらい積極的に新規参入してほしい」と語る。
装備品の開発研究や製造を担うのは民間企業であり、維持整備においても自衛隊の中でできないものは民間企業が担う。訓練や有事の際、実際に装備品を運用するのは自衛隊だが、防衛力を支えているのは民間企業だ。そのため防衛省は、国家防衛戦略の中で今回初めて防衛産業は、「防衛力そのものだ」と定義づけた。防衛産業がビジネスチャンスとなる基盤は整いつつある。技術の発展とともに、日本の防衛産業は新時代を迎えようとしている。