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紅麹サプリの健康被害拡大で存亡の危機に立つ老舗・小林製薬

大規模な健康被害を起こした小林製薬の「紅麹」サプリメント。腎疾患との関連は現段階では明らかではないが、1月の被害報告から対応が後手後手に回ったことが批判の対象になっている。なぜこの問題が起きてしまったのか。小林製薬はどこで間違ったのか。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2024年6月号より)

1千人を超えた通院・入院患者数

 大阪市に本社を置く小林製薬の「紅麹」を使ったサプリメントによる健康被害が拡大している。4月3日現在、サプリの服用との関係が疑われる死者数は5人に、通院を希望したり、通院・入院したりしている人は合計約1千人を超えた。原因となった可能性のある成分は青カビ由来の「プベルル酸」であることも判明した。

 「多くのみなさまにご心痛、ご不安を与えている。社会問題にまで発展しており、深くおわび申し上げる」

 3月29日に大阪市内で開かれた同社の2度目の会見で、小林章浩社長は、こう陳謝した。

 3月末時点で因果関係ははっきりしていないものの、同社の「紅麹」サプリを摂取した人が腎疾患などにかかり、死亡例も相次いでいる。死者には70~90代の男女が含まれる。被害事例は昨年9月以降の製造分に集中している。

 サプリ「紅麹コレステヘルプ」を摂取した人から健康被害の報告があったと同社が初めて発表したのは3月22日のことだ。しかし、最初に医師から症例が報告されたのは、約2カ月前の1月中旬だったという。

 同社は通信販売している「紅麹コレステヘルプ」の45粒入りと90粒入り、店頭で販売する60粒入り、紅麹が原料の「ナイシヘルプ+コレステロール」、「ナットウキナーゼさらさら粒GOLD」の3製品5種類を自主回収すると発表。後に大阪市は、3製品に対して回収命令を出した。

 これらの製品は全国で幅広く販売されており、株主には優待品としても配られていた。

 サプリや紅麹原料は海外にも販売されていたため、健康被害はさらに拡大。台湾当局は3月31日、同社の紅麹原料を使った製品を摂取した6人が体調不良になったと発表した。摂取したのは台湾メーカー製のサプリで、急性腎不全などの腎臓障害が出たもようだ。

 影響は、小林製薬の製品だけにとどまらない。同社の紅麹原料は別の食品メーカーなどへ販売されており、多くの製品に使われているからだ。

 問題を受け、各社も自社製品の自主回収に追われている。菓子類では、ZERO  PLUSが「悪玉コレステロールを下げるのに役立つ 濃厚チーズせんべい」、豆福が「豆だくさん」「豆でなも」「春のまめ壺」など。みそや調味料、豆腐では、紀文食品が「国産いか使用いか塩辛」、竹屋が「タケヤみそ『塩ひかえめ紅麹仕立て』」など。酒類では、宝酒造が「松竹梅白壁倉『澪』PREMIUM〈ROSE〉」など。

 小売業では、イオンが「トップバリュ ベストプライス」の「回鍋肉の素」や「麦麹使用でふんわり肉まん」、冷凍食品の「高菜ピラフ」など。

 また、小林製薬の紅麹原料を使っていない食品メーカーも対応に追われる。日清食品ホールディングスは公式サイトで、グループ会社の「日清食品」「湖池屋」などの商品について、小林製薬の紅麹原料を使っていないことを告知。江崎グリコ、明治、ノーベル製菓なども同様の対応をとっている。

サプリ会社と厚労省の「微妙な関係」

 さて、問題となっている紅麹とは一体どんなものなのか。

 紅麹は、食品の着色や風味付けなどに幅広く使われている。最近の研究で、悪玉コレステロールの数値を下げる働きがあることが分かり、サプリでも利用されるようになった。

 小林製薬は2016年にグンゼから紅麹事業を譲渡され、同時に紅麹菌株を譲り受けた。この菌株を使い、大阪市の大阪工場で紅麹の培養をスタート。採用されたのは、紅麹菌をコメに植え付け培養する「固体培養法」とよばれる伝統的な手法だった。

 一部の紅麹菌は「シトリニン」というカビ毒を生むため、欧州連合(EU)欧州委員会は紅麹を使ったサプリに規制をかけている。

 ただ、今回の健康被害が発覚した直後の小林製薬の説明では、シトリニンを作らないことを確認できた紅麹菌を使い、健康被害が判明後の検査でも、シトリニンは見つからなかった。一方で、カビから生成されるものに似た「未知の成分」が含まれていることが確認されたとしていた。

 そして3月29日の記者会見。小林社長と幹部3人が出席し、一連の問題に関してそれまでに分かった事実などを説明した。

 大人数の記者らを収容できる会場を探すのに手間取り、なかなか会見の開始時間と場所が決まらなかったが、ようやく午後2時にスタート。小林製薬側は「すべての質問に答える」とし、会見は4時間半に及んだ。

 まず、この会見で判明したのは、解析の結果、健康被害を引き起こした原因物質の可能性があるのが、青カビ由来の「プベルル酸」ということだった。昨年12月に閉鎖された大阪工場の製造プロセスで生成もしくは混入した可能性があり、調査中とした。

 プベルル酸は毒性があるとされるが、あまり研究は進んでおらず、詳しい専門家も少ない。抗マラリア作用があることが分かっているが、腎臓にどういう影響を及ぼすのかも不明で、今回のサプリでは、ほかの物質と反応しあって腎臓に悪影響を及ぼす作用が生まれた可能性も指摘されている。

 しかし、会見で小林製薬側が積極的にプベルル酸についての情報を開示したわけではない。

 初め、出席した幹部の1人は「未知の成分」に関し、「さまざまな構造体で仮説を立てており、具体的な物質名は分からない」と述べていた。

 しかし、同社はすでに厚生労働省にプベルル酸が検出されたことを報告しており、厚労省が発表していた。会見ではこのことを記者から質問されて初めて認め、情報開示に後ろ向きという印象を報道陣に与えた。

 もっとも、「厚労省が発表するとは聞いていない」と、小林社長らは戸惑いの表情を見せた。小林製薬の梯子を外すような厚労省の対応は「小林製薬への嫌がらせではないか」という声も上がる。

 というのも、小林製薬の手掛ける機能性表示食品は医薬品ではない。ある意味、人の健康を増進するという点で医薬品のお株を奪うものであり、医師は医薬品を処方する機会が減る分、儲けも減ることになる。このため、かねてより医師会関係者からは「機能性表示食品を売る会社は応援したくない」など小林製薬を敵視するかのような声も上がっていた。

 そして、この医師会とつながりが深いのが厚労省だ。医師会と同じく小林製薬にいい感情を持っていなかった上、とてつもない健康被害を生み出していることへの「義憤」もあって、わざと小林製薬に恥をかかせたのではないかというわけだ。

 また、1月15日に初めて症例報告がされてから3月22日の自主回収まで2カ月かかったことも、危機意識の薄さや情報開示への消極性を感じさせる。

 会見でこのことを問われた小林社長は、もっと早くに自主回収を始めていれば被害の拡大を防げたのではないかという指摘について「言葉がない」と述べた。

 ただ、翌30日、厚生労働省と大阪市が食品衛生法に基づき大阪工場を立ち入り検査し、幹部が報道対応した際も、検査の詳細や今後の対応などについて「回答を控える」と繰り返すばかり。死者が出て社会に多大な不安を与えている問題について、あまりにも「他人事」「無責任」という批判が出た。

 今後、プベルル酸が原因物質であるかの分析を国立医薬品食品衛生研究所でおこなう。大阪市は4月3日、横山英幸市長をトップとする対策本部を設けた。厚労省やサプリの製造工場がある自治体とも協力し、健康被害の状況の調査や原因究明などを行う。

 問題は影響がどこまで広がるかだ。紅麹原料のサプリや原料は国内外で幅広く販売されており、広がりの度合いは簡単には見通せない。

 当然、小林製薬の業績へは大きな打撃となる。被害者への補償額が巨額になることが予想されるし、回収する「紅麹」サプリそのものはもちろん、ほかの同社製品も消費者から敬遠されるようになるだろう。

26期連続増益の優良企業から一転

 小林製薬は1886年、名古屋市で創業した。とくに高度経済成長期以降、消炎鎮痛剤「アンメルツ」、水洗トイレ用芳香洗浄剤「ブルーレット」など、テレビCMを通じて多くの人が知るヒット商品を次々と生み出してきた。医療用の医薬品はつくってはおらず、ドラッグストアやオンラインで購入できる市販薬、生活雑貨を主力としている。

 2023年12月期は連結売上高1734億円、最終利益203億円で、26期連続の増益を達成した。こうした右肩上がりの業績が今後、崩れるであろうことは間違いない。

 そして、この問題は、「紅麹」サプリと同じ機能性表示食品そのものの信頼を根幹から揺るがしており、国は関連する制度の何らかの改正を迫られる可能性もある。

 機能性表示食品が導入されたのは15年。健康の維持や増進に役立つ機能性(効果)を販売するときに表示できる「保健機能食品」の一種だ。国による安全審査は不要で、販売するときに消費者庁へ届け出するだけでいい。科学的な根拠にもとづく表示をどう表現するかは、基本的にメーカーの判断に任されている。このような自由度の高さと消費者の健康志向の高まりが相まって、導入後は普及が進み、これまで商品化されたものは7千点近くに達する。

 そして、今回の問題を受け対応に追われているのは、所管する自見英子消費者・食品安全担当相だ。3月29日の記者会見では「まずは制度の検証が大切だ」と述べ、機能性表示食品の制度改正の可能性に言及した。

 自見氏は2025年大阪・関西万博を所管する万博担当相でもあり、会場建設予算の拡大などに関して国会で批判の矢面に立ってきた。続いて「紅麹」サプリによる健康被害という、めったにない大きな問題を担当することになり、苦労を迫られる。

 いずれにしろ、「紅麹」問題の影響は、かなり広範囲で深刻になることは間違いない。今後もその行方を注視していきたい。