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立川談慶が説く「現代ビジネスマンを救う落語の世界観」―『老後は非マジメのすすめ』より

立川談慶氏

10冊目の著書となる『老後は非マジメのすすめ』(春陽堂書店)を出版した落語家の立川談慶氏。本業の傍ら、精力的に執筆活動を続ける理由と、著書に込めた思いを探った。(取材・文=吉田浩)

立川談慶氏プロフィール

立川談慶

(たてかわ・だんけい)1965年生まれ。長野県上田市出身。慶応義塾大学経済学部卒業後、ワコールに入社。91年、立川談志に弟子入りし、立川ワコールの前座名で修行生活を送る。2000年二つ目昇進し、立川談慶となる。09年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』(KKベストセラーズ)、『落語家直伝うまい授業のつくりかた』(誠文堂新光社)、『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』(日本実業出版社)、『慶応卒の落語家が教える「また会いたい」と思わせる気づかい』(WAVE出版)などがある。

『老後は非マジメのすすめ』を執筆した背景

マジメさの呪縛にとらわれる日本人

生マジメで誠実な国民性が評価されている日本人。電車やバスは毎日ほぼ時間通りにやって来るし、震災の時でも文句ひとつ言わず、物資を受け取るための行列に並ぶ姿は海外からも称賛された。

このマジメさが、日本の経済成長や社会の安定に貢献したことは間違いない。基本的にマジメは美徳であり、安定した人生を歩む上で必要な素養であることに疑いの余地はなさそうだ。

そんな日本人の多数を占める「マジメな人たち」が、生き辛さを抱える姿が最近やたらと目に付く。他人のちょっとしたおフザケが許せない、常識を逸脱した人間はSNSで徹底的に叩く。他者を叩くことでストレスは解消されるどころかますます蓄積し、自らも「マジメで常識的な生き方」の呪縛にがんじがらめになっている。

立川談慶氏が著書を通じて行っているのは、そんな世知辛い現代社会に落語の世界観をぶつける試みだ。最新刊の『老後は非マジメのすすめ』は、前著『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』と同様、落語のストーリーや登場人物に見られる脱力系の生き方を提示している。

「良い意味でのユルさが落語の魅力だと思うんですよね。それが今の社会では欠落しているから、マジメか不マジメかの両極端になっちゃってる。だから、“非マジメ”を目指せば、心が楽になるのかなと思って書いたんです」と、談慶氏は言う。

老後は非マジメのすすめ

マジメでも不マジメでもない「非マジメ」とは

非マジメとは、「そういう考え方もアリかも」と他人を許容する心であり、「自分もいい加減なんだから人のいい加減も認めてあげよう」という了見ではないかと本書は説く。

ここで紹介されるのは、貧乏を笑いにする「長屋の花見」であり、夫のために優しいウソをつく妻を描いた「芝浜」であり、バクチ打ちの心意気が最後に福をもたらす「文七元結」といった噺。登場するのは、洒落っ気あふれる長屋の大家や、周囲に馬鹿にされながらものらりくらりと世渡りする与太郎、傍若無人で遠慮知らずの権助など、「非マジメ」を実践しながらも、周囲に愛される人物たちだ。

マジメさが国民のDNAとして受け継がれてきた日本だが、落語の舞台となった江戸の社会では、だらしなさやいい加減さを許容する空気があった。それが経済成長を目指す競争社会の中で失われ、さらにテクノロジーの進歩による効率重視の思想が加わることによって、人々から余裕を奪っている。

そんな現状に一石を投じるのが本書である。

立川談慶

「”非マジメ”を目指せば心が楽になる」と言う談慶氏

立川談慶氏が執筆に活かす談志の教えとは

立川談志はなぜ歌や踊りを重視したのか

談慶氏自身、落語や本の執筆のほかにスタンダップコメディやアカペラ落語にも挑戦し、SNSも頻繁に更新するなど、多忙なビジネスマンのような生活を送っている。執筆を始めたのも、日々行っていたSNSへの投稿が編集者の目に留まったのがキッカケだ。本人は「ボヤ騒ぎ程度」と言うが、たまに炎上もする。

落語家が本業だけでメジャーになるのが容易ではない時代、文筆業を継続するのは芸人としてさらに売れるための戦略でもある。

そんな「意識高い系落語家」の顔と「与太郎的ユルさ」の両面が程よくブレンドされているのが談慶氏の魅力と言えるが、以前は師匠である故・立川談志から指摘されるほど、「マジメ」の部分が強かった。

前座時代の談慶氏は、談志から歌舞音曲、つまり歌や踊りを習得するよう強く命じられた。さまざまな芸能を通じて落語の本質を理解させるのが談志の意図だったが、それが視野を広げ、今の執筆活動に活きているという。

「あれは、『全然違うところから落語に結び付けろ』という談志からの大まかなサジェスチョンだったと思うんですよ。だから、『この歌を覚えろ』と言われてその通りにやっていただけの間は全然評価してもらえませんでした。落語のこの部分とこの歌が似ているとか、江戸時代の人はこういうリズムを好んだんだな、といったニュアンスを師匠に明示したら、認めてもらえたんです」

解釈のアップデートで蓄積を活かす

思考の深堀りと拡大。談志から学んだ大事なことが、これまでさまざまなテーマで本を書く上での蓄積になっている。そして、蓄積を生かすうえで重要なのは解釈のアップデートだと談慶氏は言う。

本にも紹介されているが、たとえば人情噺として有名な「文七元結」を、談志は「バクチ打ちが切羽詰まって取った行動の結果、つまりバクチを打った結果、たまたま良い話になった」と捉えた。落語は話し手の解釈によってさまざまなオリジナル要素を加えられる芸能であるがゆえ、思考の深さと広さが問われる。それが自然と本の執筆にも活かされているようだ。

「文七元結はバクチだというのも、ある意味こじつけなんですよ。そのこじつけを受け入れるぐらいのおおらかさが落語にはあります。そういう考えもあるか、というような。ただ、5年後、10年後には世の中も変わるので、文七元結にもまた違う見方が出てくるかもしれませんね」

さらにこうも言う。

「たとえば、日大アメフト部の悪質タックル問題なんかにしても、監督が上下関係の在り方をアップデートしていなかったから起きたんじゃないでしょうか。自分も本を出すときには、表現に関して二重三重のチェックをしますしね。言葉は贈り物ですから、受け取った側がどう感じるかという感受性を持ち続けないといけません」

言葉使い一つで、セクハラ、パワハラで訴えられる可能性があるビジネスマンも、参考にしたいところだ。

立川談慶

談慶氏にとって執筆は自らがメジャーになるための戦略でもある

立川談慶氏が著書で表現する落語の世界観と今後の方向性

落語で学べるのは「勝ち方ではなく負け方」

最近売れているビジネス関連の書籍はどれも「熱狂系」。自分が夢中になれることに没頭し、突き抜けることで自己実現を図ろう、といった内容が多い。

確かに刺激的で読み物としても面白いものが多いが、立て続けに読むと満腹感で疲弊することもある。恐らく談慶氏の本は、そんなバリバリ系からの脱落者マーケットにも需要があるのではないか、と思える。

「今流行りのビジネス書には、勝ち方が書いてあるんですよね。こうすれば勝つ、みたいな。落語はこうすれば敵を作らないという、ある意味負け方が分かるんです。突き抜けた本の方が売れるんでしょうが、勝ち続けようとすると敵も増えるし、こちらは敵も味方も少ないのでロングセラーを目指してます。あっちはあっちで頑張ってもらって、その後を耕すマーケットは絶対ありますから(笑)。お互いバッティングせずにウィンウィンでいいわけです」

「勝ち負け」を意識しない姿勢は、『非マジメ』本のもう1つのテーマである「老後」にも深く関わってくる。老後の捉え方が、定年退職で資本主義の競争社会から退場した姿とするならば、そもそも落語の世界には老後という概念すらない、という点も談慶氏は指摘する。

落語の世界では勝者も敗者もない。将来不安に怯えることもなく、男も女も子供も老人も、おおらかに今を生きている。

競争社会の真っただ中に生きるビジネスマンが、明日から落語的な生き方をせよと言われても恐らく無理だが、「負け方を知る」という発想を得ることで、また違った世界が見えてくるのではないだろうか。

立川談慶

「熱狂系」のビジネス書が売れる中、あえて違う路線を目指す談慶氏

目指すのはドキュメンタリーとフィクションの融合

既に新作の執筆もスタートしているという談慶氏。次作についてはこう語る。

「落語に関して、これまでは『昔はいいねえ、面白いねえ、江戸の情景が浮かんでくるねえ』と表面的に楽しんでいた部分をもっと掘り下げていこうと思います。落語のセリフや、談志を含めた過去の名人たちが日常で喋った一言が、文明に毒された日本人の救済になるよ、みたいなことを今書いています」

談志の下で濃密な経験を積んできたとはいえ、蓄積をアップデートするだけでは、いつかはネタが枯渇する時がくることも談慶氏は理解している。将来の方向性を尋ねるとこんな答えが返ってきた。

「行くなら文芸方面ですかね。これまで書いてきたのは、いわばドキュメンタリーですが、今度は小説も含めて、フィクションの方に筆を向ける時期が来るかなと考えています。落語はドキュメンタリーとフィクションの両方で行ける部分があって、たとえば談志は、落語の冒頭のマクラの部分で世相を斬ったりしていました。政治や経済に詳しい人から聞いたことを、いかにも自分が体験したようにドキュメンタリー調で斬りこんで、気が付くと古典落語のフィクションの世界に入っているというやり方です。よく言えばドキュメンタリーとフィクションを融合させたわけですね。自分も、そういうことができればいいと思うんです」

多動する落語家は、抜かりなく次の一手も考えていた。(敬称一部略)

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