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脱炭素社会に向けた鉄リサイクルと鉄鋼業界の憂鬱

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「鉄は国家なり」。鉄鋼業は戦前、戦後、そして高度成長期にわたり国家の力そのものだった。あらゆる産業に基礎素材となる鉄を供給し、経済を支えた。それゆえ、鉄の利益は国益と合致してきた。しかし今、日本の鉄鋼業は岐路に差し掛かっている。キーワードは脱炭素社会だ。文=和田一樹 (『経済界』2019年9月号より転載)

脱炭素社会実現へ鉄のリサイクル促進

 SDGs(持続可能な開発目標)への貢献を掲げている2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)。組織委員会は持続可能性への配慮がなされた大会運営を行うために、さまざまな取り組みを運営計画として策定してきた。組織委員会が定めた運営計画の内実は、18年に公表された運営計画第二版で知ることができる。

 運営計画には、気候変動対策に関する大会の目標や評価項目、取り組みを測定する指標などが明記されており、気候変動対策の評価指標に「電炉鋼材などのリサイクル鋼材」という文言が入った。これにより、施設建設などに際し、新たに生産した鉄ではなく電炉などのリサイクル鋼材を使用するよう求められることになった。大会終了後には、持続可能性の取り組みに関する報告書を国際オリンピック委員会(IOC)に提出する決まりになっており、建造物にどれくらいのリサイクル鋼材が用いられたのか、結果は国内外に公表される。

 現在、世界の気候変動対策については、15年にCOP21で採択された「パリ協定」が基本的なシナリオになっている。

 パリ協定の長期目標は、「産業革命以降の世界の平均気温の上昇を2℃未満に抑える。さらに異常気象や災害などの気候変動リスク軽減には1.5℃に抑えることも努力目標として掲げる」というもの。地球温暖化の科学に関する国際的な専門機関であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によれば、気温上昇を1.5℃に抑えるためには、50年頃に世界のCO2排出量をゼロにする「脱炭素社会」の実現が必要になるという。

 五輪の運営計画において気候変動対策の指標として「電炉鋼材などのリサイクル鋼材」という項目を盛り込むことができたのは日本が「脱炭素社会」を実現する上で大きな意味を持つ。

都市鉱山

「都市鉱山」から出る鉄スクラップのリサイクル促進が、脱炭素社会実現に向けた有効な手段になる

鉄鋼業のCO2削減へ電炉比率向上の重要性

 なぜリサイクル鋼材の使用促進が日本の脱炭素化にとって大きな意味を持つのか。それは現在の日本のCO2排出の内訳と関係する。

 環境省のデータでは、16年に日本が排出したCO2は約12億トン。その内、鉄鋼業が排出しているのが約1億6600万トンに及び、産業界では最多であり、日本全体の排出量の14%程度を占めている。

 鉄鋼業界の排出量削減は日本の脱炭素社会実現にとって急務なのである。

 しかし鉄鋼業の排出量削減には鉄が持つ性質ゆえの難しさがある。

 例えば電力ならば、再生可能エネルギー由来の電力に変更すればCO2の排出は削減できるし、燃料ならば電気や水素など代替するものがある。しかし鉄の場合は、高炉で鉄鉱石と石炭を用いた製鉄の過程で膨大なCO2を排出してしまう。生産プロセスで大量のCO2を排出してしまうことが、鉄鋼業においてCO2排出量を削減することが難しい理由だ。

 現在の製造技術では、CO2を排出せず鉄を生成することは難しいため、鉄を作り続ける限り大量のCO2の排出は避けられない。鉄を作り、かつCO2排出量を減らすためには電力やエネルギーのように代替するのではなく、高炉由来の製鉄を減らし、電炉での鉄リサイクルを促進することが一つの削減策になる。

 だからこそ、その指針を示したという意味で、五輪の運営計画に「電炉鋼材などのリサイクル鋼材」という文言が明記された意義は大きい。

 鉄鉱石から高炉で新たに鉄を作る場合、1トンの鉄を作るのに約2トンのCO2を排出してしまう。対して鉄スクラップを電炉で溶かし製鉄するリサイクル方法であれば、1トンの鉄を作るために約0.5トンの排出で済む。4、5回はリサイクルが可能であることから、鉄は究極のエコマテリアルだといわれてきた。

 われわれの社会が、その発展に合わせて鉄を大量に使用し、建築物や自動車などを生産するようになった結果、大量の鉄スクラップも出てきた。

 しかし、鉄はリサイクルが可能な素材だ。社会が発展し、鉄が多く使用されている今、リサイクルできる鉄スクラップもたくさん存在する。当然、恒常的に大量の鉄スクラップが発生する先進国であるほど鉄のリサイクルは進み、高炉に対する電炉の比率を高めることが可能になる。

 しかし17年の実績に基づく世界各国の電炉比率は、米国が70%、EUが40%、韓国が30%なのに対して日本はわずか25%しかない。

 ある電炉関係者は、「50年のCO2排出ゼロに向けて各国が示しているシナリオは、ほとんどが電炉比率を上げている。脱炭素化には電炉比率向上は必須だ」という。

 日本鉄源協会によれば、日本も高度経済成長などを経て、建築物や自動車など都市に蓄積された鉄が14億トン近くまで増加しており毎年2、3%が鉄スクラップとして発生している。これをリサイクルで活用しない限り、日本の脱炭素社会実現は不可能である。

電炉比率を上げたくない鉄鋼業界の言い分

 高炉を持つ鉄鋼メーカーからすれば、電炉の比率は上げたくない。高炉には莫大な投資がなされている。

 ただでさえ中国の鉄あまりなどで高炉の稼働率が落ちている状況なのだから、さらに稼働率が落ちてしまえば業績に直結する。可能な限り稼働率を高めて耐用年数いっぱいまで使いたいというのが本音だ。

 そこで鉄鋼メーカーの業界団体である日本鉄鋼連盟は、鉄鋼業のCO2排出量測定に関して独自の主張を展開している。

 先ほど、高炉で鉄を1トン作る場合、約2トンのCO2を排出するが、電炉ならば0.5トンで済むと述べた。これは製造段階のみを評価した一般的なLCA(ライフサイクルアセスメント:製品やサービスの環境評価手法)の考え方で算定した場合の数値である。

 この考え方によると、高炉の場合は原料である鉄鉱石から製品として鉄を作るところまでを1サイクルとして算定している。

 対して電炉の場合は、鉄スクラップを溶かすことから新たに鉄を作るまでを1サイクルとして算定する。この手法で比較した場合、電炉のCO2排出量が高炉の25%になるという計算だ。

 しかし、日本鉄鋼連盟によると、電炉で用いる鉄スクラップも最初は鉄鉱石からバージン鉄として作られ、ビル建設などに使用された。そして取り壊しなどで鉄スクラップになったわけだから、CO2排出量は最初に鉄を作るところから数回電炉でリサイクルするところまで含めて1サイクルで考えるべきだというもの。

 高炉で作る鉄のCO2排出量を、その後リサイクルしない前提で算定するのはおかしいし、電炉について算定する場合には、くず鉄に至るまでの排出量が含まれないのもおかしいというわけだ。

 ちなみに日本鉄鋼連盟が主張するこのLCA手法(ワールドスチール方式)はISOでも認められており、この考え方の場合、高炉と電炉を区別して比較する意味がなくなる。

世界の潮流と乖離する鉄鋼業界の主張

 鉄鋼連盟の言い分も正統性があるように思えるが、ここでひとつ考えなくてはいけないことがある。世界は50年のCO2排出ゼロに向けて動いているということだ。例えばビルの耐久年数は50~60年くらいだといわれている。

 だとするならば、今からバージン鉄でビルを作り、4、5回リサイクルをしたら300年が経過する。日本鉄鋼連盟が主張するワールドスチール方式は、300年スパンの考え方なのだ。

 しかし世界はたった今から50年にCO2排出量を0にするために動いている。300年ではなくたった30年しかないのだ。鉄鋼業界にとっては苦しいが、日本が脱炭素社会を実現させるためには電炉比率向上が鍵を握る。

 五輪の運営計画に気候変動対策の評価指標として「電炉などのリサイクル鉄材」が組み込まれたことを契機とし、電炉比率向上の機運が高まることが期待される。

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