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ビール類シェア争いで問われるメーカーの情報開示姿勢

縮小が続くビール類市場で、首位がアサヒビールからキリンビールに変わった。だが、消費者にとって身近で担税率の高い商品だけに、重要なのは小手先のシェア争いではなく、正確な情報開示の姿勢ではないだろうか。(ジャーナリスト・永井隆)

ビール類シェア首位争いに異変

新型コロナ禍の巣ごもり消費増加が影響

 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けているビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)業界だが、一番ダメージを被ったのはアサヒビールだろう。大ヒット商品「スーパードライ」が発売されたのはバブル初期の1987年。これ以降、アサヒにとっても、スーパードライにとっても、コロナ禍は最大の”誤算”である。

 2020年上半期(1月~6月)のビール類商戦で、シェア(市場占有率)1位メーカーが入れ替わったと推測されている。

 昨年首位だったビールに強いアサヒが34・2%(前年上期は36・7%)で2位に後退し、昨年まで2位だった第3のビールに強いキリンビールが37・6%(同35・3%)を獲得して、どうやら首位を奪還した。キリンが半期で首位に立つのは09年の上半期以来11年ぶり。仮に今年通期でもトップを維持すればやはり09年以来となる。

 首位逆転の背景には在宅勤務の増加や巣ごもりといった、年初には予想だにしなかったコロナ禍がもたらしたライフスタイルの激変がある。生活者の働き方、暮らし方は、昨年までとは違うものになってしまった。

 大半を家庭で消費される第3のビールが伸びた一方、コロナ前まで飲食店でほぼ半数が消費されていたビールが上半期は約26%も減ってしまった。外食を控える人が増えたためである。

販売数量の公表を取りやめたアサヒ

 アサヒは今年から、販売数量の公表をやめ、売上金額の公表に切り替えた。「過度のシェア競争を避けるため」(アサヒ)という理由で、ビールの「スーパードライ」など主力3製品だけ販売数量を公表している。キリン、サントリービール、サッポロビールの3社は、昨年に続き販売数量を公表している。

 05年から昨年まで15年連続で縮小しているビール類市場。今年上半期の4社合計の販売数量は、コロナ禍から前年同期比で「1割減少した」(キリン、サントリー、サッポロ)という。

 ここから導かれる大手4社の上半期の販売数量は1億5990万箱(1箱は大瓶20本=12.66リットル)。このうち、キリンは前年同期比4.0%減の6013万箱を販売しシェアは37.6%、サントリーは同11・.0%減の2683万箱でシェア16.8%、サッポロは同7.0%減の1824万箱でシェア11.4%だった。

 アサヒは、4 社の合計からアサヒを除く3社の合計を引いた同16%減の5470万箱と推計され、シェアは34.2%となる。アサヒが販売量を公表していないため推計値となるが、首位になったキリンとアサヒは3.4ポイントのシェア差がついた。

コロナ禍でビール類市場は1割割縮小した模様

ビール類シェア争いの変遷

アサヒの方針転換は2位転落を嫌ったからか?

 企業間競争とは巨大な団体戦であり、プロ野球のペナントレースではないが、必ず”流れ”が存在する。流れを左右するのは、戦略や戦術の巧拙だけではなく、敵失や読み間違い(誤算)という内部的な要素が絡む。戦略で勝ち抜く以上に、相手や自分が自壊して流れは変わる。

 さて、「過度のシェア競争を避けるため」と言い放ったのは、実はアサヒが最初ではない。01年年初、アサヒを除く3社が主張したのが最初だった。00年まで4社は毎月、課税の対象となる出荷数量を開示していた。が、01年年明けから「過度のシェア競争回避」を理由に、キリンとサッポロは6カ月毎、サントリーは3カ月ごとに公表方式を変えてしまったのである。

 アサヒだけが、「毎月の公表」を継続した。01年とは、アサヒがキリンを抜いて48年ぶりに首位を奪還した年。00年までに、キリンの背中にアサヒは迫っていた。

 今年、販売数量の公表をやめたアサヒに対し、「2位転落が明らかになるのを嫌ったため」という指摘がライバル社からあがった。19年通年でアサヒ36.9%に対しキリン35.2%と、シェア差が肉薄していたためだが、同じ現象は19年前に既に発生していたのだ。今回とは真逆の立場で。

 当時は情報開示に積極的だったアサヒは01年にトップに立つと、その後も快走。04年には39.6%となり、開示に消極的だった2位キリンとの差を5.2ポイントまで広げる。情報開示の姿勢が、そのままビール類ファンからの支持率に反映された。

キリンの自壊で変わった流れ

 地殻変動が起きたのは05年だった。サッポロが03年に商品化した第3のビールは、人気を集めていた。このため、キリンとアサヒが05年に相次ぎ参入したのだ。第3のビール戦争の勃発だったが、「のどごし」を投入したキリンが大勝利する。

 本来なら、キリンは第3のビールで一気に攻勢をかけるべきだったが、そうはしなかった。07年はキリンの創業100周年に当たり、これを記念したビールの大型新製品を投入したのだ。革新的な技術を複数採用した傑作だったが、ヒットはしなかった。

 09年、キリンは首位を奪取するが、「07年にも本当はトップに立てたのに。市場ニーズより、社内事情を優先した敵失」(当時のキリン幹部)。そして、翌10年にはアサヒが再逆転して首位に立つ。

 キリンとしては、09年にリニューアルしたビール「一番搾り」が好調だったのに、同じビールである「ラガー」も強化せよとの指令が本社から現場にあった。「戦略がブレたのが敗因」(現在のキリン首脳)と言う。自壊する形でキリンはズルズルと後退し、17年にはアサヒ39.1%のシェアに対しキリン31.8%と、7.3ポイントもの差が開いた。

公表値は出荷数量から自己申告の販売数量へ

 しかし、”流れ”は再び変わる。18年、キリンは第3のビールの新製品「本麒麟」をヒットさせたのに加え、流通大手から第3のビールのPB(プライベートブランド)の受諾生産を本格的に始める。

 これにより、出荷量を増やしシェアを上げる。特に数量が大きかったのが、イオンから請けた「バーリアル」。韓国ビール大手のハイトが円高だった10年夏から受託生産していたが、イオンは18年6月販売分からキリンに切り替えたのだ。

 キリンのPBをめぐって、「他社が販売するPBをシェアに含めるのはおかしい」と、アサヒは18年夏に反発する。だが、酒税は蔵出し税なので、酒を積んだトラックが工場の門を出た(出荷)時点で課税される。これはPBだろうが、NB(ナショナルブランド)だろうが一緒だ。

 業界内の調整はつかず、翌19年からは出荷数量の公表をやめ、4社の自己申告による販売数量の公表へと切り替わってしまう。

 18年通年のシェアでは、アサヒが37.4%(前年比1.7ポイント減)、キリンは34.4%(同2.6ポイント増)と、17年に7ポイント以上あった差が3ポイントにまで接近する。

 19年は10月に消費増税があったため、9月までは安価な第3のビールをめぐる攻防だった。しかし、10月以降はビールへと主戦場は移行していった。

 その理由は、酒税改正が迫っていたから。今年10月に、350ミリリットル当たりの税額は、ビールは7円減税されて70円に、第3のビールは9円80銭増税されて37円80銭となる。23年10月を経て、最終的には26年に54円25銭で統一されていく。

ビール特化の方針を打ち出したアサヒの誤算

 19年、キリンに1.7ポイントまで肉薄されたアサヒが、20年から販売量ではなく売上金額に公表を切り替えると発表したのは19年末だった。そのうえで20年はスーパードライを中心とする「ビール特化」の方針を打ち立てる。税制改正を睨めば、当然だったろう。

 大手4社のビール類の構成比は昨年、ビール47.6%、発泡酒12・0%、第3のビール40.4%。ビールが5割前後なのはここ数年変わらず、ビールの半数は飲食店向けの業務用。「業務用の約5割はアサヒが占める」(キリン幹部)。

 しかし、コロナ禍で今年上半期にはビールが38.0%に縮小した一方、第3のビールは48.7%に跳ね上がり、構成比が逆転。政府による緊急事態宣言により飲食店が相次いで休業した4月に限ると、ビールの構成比は3割弱にまで落ち、第3のビールは55%となっていた。それがキリンの逆転につながった。

 アサヒはスーパードライに依存した「一本足打法」の限界を、コロナ禍による変化で露呈した形だ。まずやることは、社内外への徹底した情報の開示だろう。

 ビール類は消費者にとって身近なだけでなく、担税率は大きい。しかも、スーパードライ発売前の1996年の規模にまで、ビール類市場は縮小している。それだけに、実態を公表していくことは、トップメーカーおよび強力な2位メーカーにとっての責務である。