経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

荒井邦彦・ストライク社長に聞く「新型コロナ後の投資チャンス」

荒井邦彦・ストライク社長

コロナ禍で、多くの企業が守りの姿勢に転じている。キャッシュを蓄え、不測の事態に備えることは緊急時の企業の鉄則だが、「危機こそチャンス」ととらえる経営者もいるというのが、ストライクの荒井邦彦社長だ。リーマンショック後に攻めた企業は業容を大きく拡大した。再びのチャンスが巡ってきた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(『経済界』2020年10月号より加筆・転載)

荒井邦彦・ストライク社長プロフィール

荒井邦彦・ストライク社長

(あらい・くにひこ)1970年生まれ、一橋大学商学部卒。在学中に公認会計士第二次試験に合格し93年太田昭和監査法人(現新日本監査法人)入社。97年ストライクを設立、翌年日本初のインターネットM&A市場「SMART」開設。ストライクは16年東証マザーズ、17年東証一部に上場を果たす。

余力ある会社は今が投資のチャンスか

―― 新型コロナウイルスによって、日本企業、特に中小零細企業は大きな打撃を受けています。事業存続のためにM&Aによって活路を見いだそうというところも多いのではないですか。足元の状況を教えてください。

荒井 コロナ禍で影響を受けている会社はあるのは事実ですが、必ずしも企業譲渡のニーズが増えてM&Aにつながるとはかぎりません。

 というのも、コロナは売り手だけではなく、買い手の体力も奪ってしまっているケースがあるからです。買収の意欲はあっても、今は慎重に状況を見極めたいと考えている企業も増えています。

 同時に、金融機関も融資に至るまでのスピードが落ちています。今、金融機関は新型コロナウイルス対策融資の対応に追われていたため、M&A案件に対する融資が後回しになるケースもありました。融資するにしても従来に比べて審査が厳しくなる傾向も見られます。そのため融資を受けるまでに時間がかかってしまう。

 一方で、今が投資のチャンスだと考えている人や企業も多くいるのは確かです。

―― 経済が停滞している時こそ、守りではなく攻めるチャンスだと。

荒井 2008年のリーマンショックの時もそうでした。世界的な金融不安からGDPもマイナス成長になりましたが、この時に攻めた会社は、その後、同業他社を大きく引き離しました。リーマンショックのような経済危機のあとには寡占化が進みます。今回もそうなる可能性は高い。ですから余力のある会社にとっては、今がチャンスと言えるかもしれません。

付加価値がある会社には必ず買い手がつく

―― ただし売り手の側に立ってみると、今、売りに出したら買い叩かれるのではないかという不安もあります。

荒井 外食産業はコロナ禍による被害の大きかった業界のひとつですから店舗や会社の売却を考えている経営者も多いと思います。しかし何の特徴もない、お店は厳しいですね。

 一方、唯一無二のお店、例えば歴史が古いとか、その分野における有名店とか、お店自体に付加価値がある会社には必ず買い手がつきますし、今の状況でもそれほど値が下がるわけではありません。

観光業界のM&Aは国内旅行回復でうま味も

―― 外食と並んで観光業界も厳しい状態に置かれています。しかもインバウンドは、当面の間、増えそうにありません。

荒井 ここ数年、観光業界はインバンドの増加で盛り上がってきました。ところがインバウンドが事実上ゼロになったことで、大きな痛手を受けています。

 ただ冷静に考えると、観光産業におけるインバウンドの比率はそれほど高くありません。日本の観光産業の市場規模は約28兆円。そのうち1兆円は日本人が海外に出掛ける時に日本国内で落とす金額です。そして海外からの旅行客が落とすお金は約5兆円。つまり、2割にも満たず、約8割が国内旅行によるものです。

 確かに今後コロナが収束しても、インバウンドが戻ってくるまでには時間がかかるでしょう。しかし国内旅行は意外に早く戻る可能性があります。そうなると、M&Aのうま味も出てきます。

 そして外食でも観光でも、すぐに買い手がつくようないい会社であれば、ウィズコロナでも価格は下がりません。

 ストライクでは、M&Aに関する情報発信サイト「M&A Online」を運営していますが、ここでは過去のTOBのデータを取っています。

 TOBをする場合、市場の株価にプレミアムを乗せたものが買い付け価格になります。このプレミアムは通常30%程度と言われていますが、20%に下がる時もあれば60%の時もある。

 それを分析すると、プレミアムが高い時は市場株価が低く、株価が高いとプレミアムは低くなるという逆相関関係にあることが分かりました。つまり企業の買収価格は、それほど大きく変動していない。これは上場企業のTOBだけではなく、事業承継型のM&Aでも同じことです。

事業型M&Aの次は生産性向上M&A

―― コロナが収束しても、今後中小企業経営者の年齢がさらに上がり、世代交代待ったなしとなります。後継者がいない場合は廃業かM&Aということになりますが、中小企業庁は年間6万件の承継支援を行うとしています。現在の国内M&A件数は約4千件ですから、15倍に市場が拡大します。

荒井 そこに出てこないM&Aもたくさんあります。私たちの推計では、国内のM&A件数は約1万件です。それでも6万件というのは非常に大きい数字です。

 ただし私は、事業承継型のM&Aは減ることはないにせよ、それほど大きくなることもなく、今までと同じような水準で推移していくと考えています。その代わり、今後は生産性向上型のM&Aが増えると見ています。

―― M&Aの潮流が変わってくるのですか。

荒井 4月に今年の中小企業白書が出ましたが、それを読むと、「生産性」という言葉が目につきました。そこで数えてみたら、526カ所もありました。昨年は137カ所ですから、4倍ほどに増えています。つまりそれだけ本気になって生産性向上を目指しているわけです。

 中小企業の生産性が低いのは規模が小さいためですが、生産性を上げる一つの手段がM&Aです。M&Aで中小企業の企業規模を拡大し、中堅企業へと成長させる。その政策転換を中小企業庁が行ったということだと思います。

 この政策を遂行するために中小企業のM&Aに助成金を出すことも考えられます。そうなると、M&A市場は一気に拡大すると見ています。