マネジメント

少子高齢化、人口減少が本格化し、先の見えない不安感が漂うわが国日本。混沌とした時代を生きる指標はどこにあるのか。本企画では神田昌典氏を橋渡し役に、激動の時代をくぐり抜けてきた企業経営者たちの「知」を、次世代を担うビジネスパーソンに伝えていく。今回のゲストは、流通系クレジットカードの草分け的存在として、同市場にさまざまな革新をもたらしてきたクレディセゾンの林野宏氏。構成=本誌/吉田 浩 写真=森モーリー鷹博

販売の現場で実感したクレジットカードの可能性

神田 林野さんと言えばクレディセゾン、当初のセゾンカードの生みの親のような方ですが、そもそもセゾングループのクレジットカード事業は1982年に本格的に始まったそうですね。

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林野 企画そのものは80年頃から始まりました。その頃から「クレジットカードの時代が来るぞ」と言っていましたね。

神田 「クレジットカードが流行る」という発想はどのようにして出て来たのでしょうか。

林野 当時アメリカに行けば誰にでも分かることだったんです。アメリカでは百貨店やスーパーで現金を使っている人、特にある程度以上の高額の決済を現金でやっている人はいなくて、みんなクレジットカードでした。現地で100ドル紙幣を使っているのは日本人くらい。ホテルでも、身分証明書代わりにまずクレジットカードを見せろと言われます。当時の日本はまだアメリカを追い掛けている時代でしたから、すぐに日本もクレジットカードの時代になると確信しました。

神田 当時の日本では高額の買いものでも現金でしたからね。

林野 数十万円のバッグを買うのに銀行で預金を下ろしてハンドバッグに現金を入れて行ったり、上顧客になるとツケで払ったりしていました。今でも、クレジットカードは借金だという認識は拭えていない現状があります。

神田 それは、どういうことでしょうか。

林野 売り場で買いものをしてカード決済をする。そして、すぐにサービスカウンター等で、現金で支払いをするんです。すると、クレジットカードのポイントだけがつくわけです。なんて面倒臭いと思うかもしれませんが、実際このようにカードを利用される方も多くいます。

神田 ポイントのためだけにクレジットカードを使っているんですね。驚きです。

林野 特に80年代はクレジットカードを使うのは、お金がない人だという認識もあったんですね。

勝つために常識を覆し続けた

神田 そうした風潮のある日本で、クレジットカードを普及させる方法は、誰にも分からなかったのではないでしょうか。

林野 当時の日本でクレジットカードと言えば、銀行系のカードと信販系のカードがメーンでした。銀行系のカードは1回払いしかできないけれど、われわれのカードはグループ内限定とはいえ、分割払いができました。セゾンカードが、いわゆる流通のハウス系クレジットカードの草分けとなったのです。

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(りんの・ひろし)1942年京都府生まれ。65年埼玉大学文理学部卒業後、西武百貨店(現・そごう・西武)入社。その後、クレディセゾンに。常務、専務を経て2000年社長に就任。08年まで経済同友会副代表幹事を務めるなど、公職も多い。

神田 それだけのことを行うとなると、社内調整も大変だったのではないでしょうか。

林野 大変でしたが、初めての挑戦でしたから、当たり前のことでした。当時、銀行系のクレジットカードは、銀行で申込書を細かく書いて、それも一部上場企業の役職者で勤続10年以上でないと発行されませんでした。しかも申し込んでから数週間待たされる。セゾンカードは店頭で申し込めば、その日のうちに店でカードを使うことができる。まさにクレジットカードの常識を覆したんです。しかも、それまでクレジットカードを持っているのは男性ばかりでしたが、われわれは女性をターゲットにしました。店で実際に買い物をしているのは女性だと知っていたからです。

神田 本当に当時としては常識破りですが、反対意見はありませんでしたか。

林野 銀行やカード会社の関係者に聞くと、「絶対に失敗する」と言われましたね。そんなやり方は世の中にないとも言われました。でも、リスクはほとんどないと思ったんです。当時のセゾンカードの与信額はキャッシングで5万円、ショッピングで10万円の合計15万円。仮にデフォルトしても、15万円で済むわけですから。

神田 今でいうマイクロクレジットですね。確かにリスクは小さい。

林野 いろいろと厳しい条件を付けてしまうと、お客さまが持ちにくくなってしまう。その発想から、90年にサインレスを導入しました。その頃データを見ていると、カードの発行数は伸びているのに、あまり使われてないケースが多いことが分かりました。特にスーパーでは、クレジットカードをレジで出すと後ろで並んでいる人の視線を感じるんですね。「時間がかかることをして」というわけです。そこでクレジットカードでサインレスにすれば、現金でお釣りのやり取りをするよりも時間がかからないというわけです。

神田 常識を覆し続けてこられたのは、会社としての文化も影響していたのでしょうか。

林野 私が西武百貨店から、今のクレディセゾンに移ってきたころ、会社としてはボロボロだったんです。そこでセゾングループの資本を入れて、私を含めて何人かが送りこまれた。どうせなら、この会社を一流のクレジットカード会社にしようと考えて、西武百貨店から優秀な人材を何人か送ってほしいと当時の社長に進言したんです。すると、「組織というものは、凡人を集めて非凡なことをするものだ。今いる人材でやれ」と言われました。すごいことを言うなと感じると同時に、腑に落ちたところもあり、どうすれば銀行系カード、信販系カードに勝てるかを考えました。当時はまだクレジットカードが日本に根づいていない。銀行も信販も本気でクレジットカードに取り組んでない。だからこそ、勝てると思ったんですね。

神田 セゾングループの堤清二氏という卓越した経営者がいらっしゃったわけですが、その影響はあったのですか。

林野 堤さんは、素晴らしい経営者で、目標とするには高過ぎるハードルです。その人に認めてもらうには何をすれば良いのか。そこで、堤さんの弱点を考えてみたんです。すると、堤さんは芸術家なのでお金とシステムには弱そうだなと。クレジットカードはまさにお金とシステムですから、これなら勝てる、そして恐らく苦手な分野なので、任せてもらえる可能性が高いと考えました。実際、クレジットカードをやりたいと話したら、「百貨店の竹内敏雄常務(当時)と2人でやれ」と言われ、百貨店から移籍した1年後には役員になりました。タイミングと運も良かったんでしょうね。

選挙運動さながらに従業員の前で演説

神田 クレジットカードで日本一になるとおっしゃられた時の周囲の反応はどうでしたか。

林野 クレジットカード事業を始めた時、まるで選挙運動のように全国の店舗を回って演説しました。御歳暮商戦の決起集会など百貨店の従業員が集まる場所で「クレジットカードの時代が来る」とスピーチしたんです。「クレジットカードなら、スーツを買うお客さまに合わせてネクタイが売れる。今持ちあわせがないと言われることはない。カードを見るとお客さまの名前が分かって、〝○○さま〟と声を掛けることができるんですよ」と話すと、店舗で接客している人たちは納得してくれました。

神田 いわばクレジットカードの宣教師ですね。

林野 社員がその気にならないと、絶対にうまくいかないと思っていました。トップダウンであれをやれ、これをやれと言っても人は動かない。「これはいいものだ」「自分たちにもメリットがある」と理解してもらう必要があったんです。

夢中になると人間は進化する

神田 堤さんは詩人であり、文筆家でしたが、ビジネス以外のものを手掛けること、遊び心のようなものの重要性は受け継いだと感じていますか。

林野 堤さんから受け継いだと感じているのは「新しいことを考えて、実行する」ということです。現状に満足しないということでもあります。いろんなことに興味や関心を持ち続けるという点では、芸術への興味などは通じるものがあるのかもしれません。今でも映画や音楽、出版の世界で何が流行しているのかは気にしています。

 泉に石を投げると輪ができて広がっていく。いくつか石を投げると輪が重なっていく。異なる輪が重なるところにアイデアが生まれる。これをつなげれば良いんじゃないか、これは関係がありそうだと発想が広がっていく。そのためには、深くて広い「知の泉」が必要なんです。

神田 そういう泉を作るにはどうすれば良いのでしょう。

林野 とにかく夢中になることだと思います。人間、夢中になると進化する。相手の裏をかこうといたずらに夢中になると、一所懸命考えるんですね。銀行系カードの企画をしている人はトップクラスの大学を優秀な成績で卒業して、1つの問題に対して1つの答えがあるようなことには強いのでしょうが、そうなるとどのカード会社も出て来るアイデアは似てくるようになります。そこと違うことをやれ、裏をかいてやれと発想するんです。今から思うと、いたずらと同じことをしていたのかもしれませんね。(後編に続く)

(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS 代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。

大事なのは着眼点。虫のことでも極めれば人類史に残る―神田昌典×林野宏(後編)

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