マネジメント

伊藤忠商事の社長、会長を歴任し、中国大使も務めた丹羽宇一郎氏。丹羽氏が考える企業経営者に必要な資質や、理想的なコーポレートガバナンスの在り方について牛島信氏が迫った。

丹羽宇一郎氏プロフィール

丹羽宇一郎氏

(にわ・ういちろう)1939年生まれ、愛知県出身。名古屋大学法学部卒業後、62年伊藤忠商事入社。食料部門に主に携わり、98年社長、2004年会長に就任。会長退任後、相談役を経て現在は名誉理事。05~10年認定NPO法人国連WFP協会会長、06~08年経済財政諮問会議民間議員、07~10年地方分権改革推進委員会委員長、10~12年中華人民共和国駐箚特命全権大使など、数多くの要職を務める。公益社団法人日本中国友好協会会長。

丹羽宇一郎氏のコーポレートガバナンスに対する考え方

 

規模も業種も違う企業に同じ基準を導入して良いのか

牛島 丹羽さんは過去のご発言の中で「コーポレートガバナンスに関して、これほど政府に口出しされることに違和感を覚える」とおっしゃっていますね。

丹羽 その考えは今も変わっていません。2年ほど前の著書だったと思いますが。

牛島 私も同じように感じる部分はあります。ただ、私は弁護士であり、ビジネスマンではないので、そのような発言をするのははばかられる気がしていました。ビジネスというのは、私のような弁護士や政治家や役人が横から軽々しく口出ししてどうにかなるものではないと感じています。

 企業の大小を問わず、組織の運営は難しい。それが経営の厳しさだと思いますが、政府や役人はそこを意識していないように感じます。もちろん、コーポレートガバナンス・コードの導入には、政府によるある程度のおぜん立ては必要だったでしょう。しかし、ビジネスマンからの積極的なレスポンスが少ないように感じています。

丹羽 そもそもコーポレートガバナンスは何のためかということを考えなければなりません。投資を促進するという面もありますが、そこには透明性が必要です。「信なくして国立たず」という言葉がありますが、社長をどれだけ信頼できるか、社長は社員をどれだけ信頼しているか、そうしたことが第一にあるはずです。

牛島 なるほど、それはよく分かります。

丹羽 私はコーポレートガバナンスの真髄は、トランスペアレンシー、ディスクロージャー、リスポンシビリティーの3原則だと考えています。コーポレートガバナンス・コードとは、これを実現するための「コード」です。それは国が決めることではなく、それぞれの会社で取り組むべきことです。社員が100人の会社と1千人、1万人の会社が、同じコーポレートガバナンスでよいはずがないからです。例えば、100人の従業員の会社で社外取締役を入れるというのは現実的ではない。

 一方、1万人の会社ならば、必要でしょう。また、企業規模だけではなく、業種などでも違うはずです。

牛島 現在、提示されているコーポレートガバナンス・コードの対象となる企業は3600社ありますが、それは多すぎますね。

「ネガティブリスト」の米国「ポジティブリスト」の日本

(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

丹羽 最も大事なことは、自然科学と社会科学の違いを考えることです。自然科学は帰納法で考えます。1つの公式があり、その前提に則って物事を組み立てる。

 一方、社会科学は演繹法で、正解は1つではない。百点満点もないかわりに0点もない。すべての会社は違うので、コーポレートガバナンスにも100点の答えはない。経営者も業種も社員も違う。だから、ベストはなく、これがベターだと考えられる選択をしていくしかありません。そのベターも、会社によって違います。言葉は悪いですが、3600社もの企業に同じ企業統治を求めることは、一種のファシズムですね。

牛島 私はよく、「コーポレートガバナンス・コードの何が良いのか」と人に尋ねます。すると、「企業が儲かる」という答えが返ってくる。では企業が儲かると何が良いのかと聞くと「国が富む」との答えが出る。ところが、その先がないんです。

 国が富むと何が良いのか。その答えは、世の中に雇用を生み出すからだと私は考えています。企業を動かすリーダーがいて、彼らが雇用を生み出す。そのリーダーについていけば、生き甲斐がある良い人生を送ることができそうだと感じられる。リーダーに自由に活動できる環境を作ることで雇用が生まれ、フォロワーたちで幸せな人生を送れる人が増える。これが資本主義の良いところであると思っています。

丹羽 その言葉には80%賛成です。残りの20%は、きちんと検証されていないという点です。アメリカでコーポレートガバナンスをやっている、だから日本でもやろう。この発想には検証がない。アメリカでコーポレートガバナンスを導入したら、すべての企業の経営状態は改善したのか、導入しなかった企業は駄目なのか、こういった検証がなされていません。データで検証されていない以上、根拠は薄いと感じてしまいます。

牛島 政府の代弁をするつもりはないのですが、唯一の根拠は、日本で失われた20年が経過してしまった後、豊かになるにはこれしかないと思えるということではないでしょうか。

丹羽 経済政策の問題であれば政府が自由にやっていいと思いますが、それ以上に働く人からイノベーションが生まれるようにしないといけません。日本ではそれが少なすぎます。

 例えばシリコンバレーでは「これをやるな」というネガティブリストがある。日本では「これをやれ」というポジティブリストです。一見、ネガティブリストは発想を制限しそうに思えますが、それは逆です。イノベーションは意外なところから生まれます。

 例えば、原子力の研究をしていて、医療に応用できそうな発見があったりすることです。これがポジティブリストだと「これをやれ」の中に「医療分野の研究」が入っていないので、やってはいけないということになる。ネガティブリストだと、「やってはいけない」こと以外は何をやってもよい。すぐに応用研究ができる。だからイノベーションが生まれやすい。

 

丹羽宇一郎氏の経営者観とコーポレートガバナンスの位置づけ

 

コーポレートガバナンスもデータで評価しなければ意味がない

牛島 イノベーションが生まれる企業にしていくための処方箋というものはあるのでしょうか。

丹羽 それは経営者次第でしょうね。

牛島 丹羽さんは「経営者は倫理観がある人間でなくてはならない」とおっしゃると同時に、「倫理観は鍛えられない」ともおっしゃっている。ある種、非常に厳しい経営者観です。

丹羽 それは心を鍛えるしかありません。そもそも人間は保守的で、進歩はしにくい存在です。牛島さんはこの対談にあたって、私の過去の発言をチェックされたでしょうが、それを紐解けば、今の発言とそれほど変わっていないはずです。下手をすると20年前の方がいいことを言っているかもしれない。

牛島 それは私も心当たりがあります。

丹羽 つまり、ほとんど進歩していないんですよ。そこで、コーポレートガバナンス・コードに話を戻すと、これは企業の共通言語になると思います。企業はそれぞれ違うと言いましたが、それでも同じ基準、同じ言葉で会話できないと意思疎通はできない。株主だって、何を見て判断すれば良いのか分からない。そこで共通言語として存在するのが会計です。コーポレートガバナンスはそれを明確にし、透明化してくれます。

牛島 その点に関しては丹羽さんもコーポレートガバナンス・コードの利点として評価されるんですね。

丹羽 企業にとって都合が良いデータだけではなく、透明性が担保された真実のデータを出す。長期にわたって社外取締役を入れていますといっても、それがどう業績に影響しているのかという点をデータで評価しないといけない。取りあえず、20%を社外取締役にしておこうというのでは意味がありません。データで評価をしていないのに、コーポレートガバナンス・コードの是非は語れないということです。

部長や課長を取締役会に陪席させる効果

牛島 データで評価することと経営者が心を鍛えるということの整合性は何なのでしょうか。

丹羽 公正で誰が見ても分かるデータがあり、それで評価をするというのは前提です。データに基づいて、経営者は社員のため、取引先のため、株主のため、社会のために行動しなければいけない。そのために人材という資産を運用する。会社にとって最大の資産は人材です。

牛島 人を大事にしない経営者はどうすればいいのでしょうか。

丹羽 首にすることです。人を生かすことをしない経営者は失格です。そこで取締役会、監査役もいますし、社外取締役が役立つ可能性は高いですね。

牛島 丹羽さんは取締役会に部長や課長を陪席させろとおっしゃっていますね。

丹羽 あくまでも陪席です。投票権があるわけではない。しかし、彼らがその場にいるだけで、経営者、取締役に緊張感が生まれる。陪席していた部長は、部署に戻って「社長、大したこと、言ってないぞ」なんて報告するかもしれない。逆に「結構、社長はオレたちのことを考えてくれてるぞ」と伝えてくれる可能性もある。社外取締役なら、あまり経営者に厳しい発言をしていると翌年には首になっているかもしれませんが、部長や課長ではそうもいかない。陪席は、かなりの効果があると思います。

牛島 それは面白いですね。

 

 

丹羽宇一郎氏が語る社外取締役、経営者の資質とは

 

「文句を言う人」こそ社外取締役に

牛島 丹羽さんは「形だけの社外取締役に意味はない」とおっしゃっていますが、その丹羽さんは自社に社外取締役を入れる一方で、ご自身も社外取締役をされています。そのあたりはどういうお考えからなのでしょうか。

丹羽 自社に社外取締役を入れた時、私自身は人選に加わりませんでした。ですから、それについてはあまり話すことはありません。一方、自分が社外取締役を務めているのは、シンプルに「やってほしい」と依頼されたから引き受けたにすぎませんが、「私は口うるさく言いますよ」と念を押しました。

牛島 社長の思いどおりにはならないということですね。

丹羽 大抵の場合、社長の周囲に口うるさい人はいなくなります。だからこそ、私が社外取締役として、ごちゃごちゃと口うるさく言うということです。その言葉は一人の社外取締役の言葉ではなく、ほかの役員や部下である部長や課長たち、社員一人一人の意見だと思ってくださいと伝えています。

牛島 形だけの社外取締役ではなく、本当の意味での社外取締役だということですね。

丹羽 そういう役割をまっとうする社外取締役には大きな意義があると思います。社外取締役の給料が高過ぎることも、社長に物申すことができなくなっている要因です。単に外部の人の意見を聞きたいなら、顧問やコンサルタントなど、社外取締役以外にも方法はあります。

牛島 では、「文句を言う社外取締役」をどのように選べば良いのでしょうか。

丹羽 そこにシステマチックな方程式はないと思います。社長自身が、自分に文句を言う人を選ぶということだけです。

牛島 自分に厳しい選択をわざわざするには、勇気と強い心が必要ですね。

丹羽 マハトマ・ガンジーは、人間には3つの鍛練があると言っています。まず、肉体の鍛練、次に知識の鍛練、最後が精神の鍛練です。この精神の鍛練が一番難しい。どんな立派な人でも、魔が差すということがあります。時に動物の心が顔を出して、立派な人でも愚かな行動をしてしまうことがありますからね。

経営者は公的な存在である

牛島 魔が差さないように、自分を鍛えるにはどうすれば良いのでしょうか。

丹羽 正直に生きるしかないでしょうね。

牛島 でも、そうすると動物の血が出てきてしまうでしょう。

丹羽 それは誰でも出るので、抑えることが重要なんです。経営者というものは、私人ではない。いついかなるときも、公的な存在だという自覚が必要です。

牛島 私は、経営者とは聖職だと考えているのですが、そこにつながる話ですね。ただ、本当に聖職者として振る舞えている経営者は少ないのではないでしょうか。もっと経営者に報酬を出そうと考えているのが指名報酬委員会の考え方です。

丹羽 あれは、自己利益しか考えていないやり方です。社長の給料をもっと上げてやろう、だから指名報酬委員会のメンバーへの報酬もたくさんください、という話でしかない。アメリカでは、社外取締役の報酬リストが出まわっている。それを使って、社外取締役自身が「もっと報酬を上げてくれ」という交渉が行われているわけです。

牛島 まさに動物の血が騒いでいるということでしょうが、それを防ぐのは簡単ではなさそうですね。

丹羽 だからこそ、経営者は最大の資産である人を大事にして、人をどう育成していくかを考えなければいけません。経営者は公人として、その振る舞いが社員を含めたすべてのステークホルダーに見られているという意識を持つ必要があります。

 社員は社長の前に立つときは演技をします。一方、社員からは社長の背中がいつも見えている。正面の顔は演技ができますが、背中は演技ができません。日常の振る舞いなんです。「クリーン」「オネスト」「ビューティフル」は、経営者の三大原則です。

後継者選びの失敗は仕組みのせいではない

牛島 話は変わりますが、後継者選びはどのようにすべきだと思われますか。

丹羽 後継者候補となる社員一人一人を見ていくしかないでしょう。後継者選びは経営者の責任の1つです。そこから逃げてはいけません。

牛島 誰かに相談するということはないのでしょうか。

丹羽 相談しては駄目です。相談すると、必ず周囲に広まっていく。だから、そう匂わせずに観察するんです。私もかつて、何百人もの候補者とコミュニケーションを取りました。面談の形ではなく、酒席を共にすることが多かった。

牛島 何百人も、ですか。

丹羽 後継者として育てるのは役員ではなく、部長級の社員だと考えていました。役員だと年が近いので、次の時代を任せる対象ではありません。部長クラスだと「社長」というポジションをまだ意識していないからこそ、自然体の人となりを観察しやすい。そして良さそうな人材には、海外赴任などさまざまな経験をさせてみる。すると、良い人材は自然と周囲から押し出されてきます。社外取締役には、そうしたことが見えないでしょう。

牛島 丹羽さんとしては、従来の社内選抜式の後継者選びはうまく機能していると考えておられるわけですね。ただ、それならばなぜ、日本経済が停滞し、従来の後継者選びに疑問符が付いているのでしょうか。

丹羽 それは経営者が、適切な人材を選んでこなかったからであって、仕組みが悪いのではありません。会社の経営とは、最大の資産である人をどれだけ生かすかに尽きます。つまり、人を理解しなければならない。それができていないということでしかないと思います。

 それと、教育の問題もあります。1980年代、企業の社内教育に掛ける費用は0・5兆円しかなかったのですが、90年代には2兆円を越えました。ところが、21世紀に入って、また0・5兆円前後に戻ってしまった。背景には、非正規雇用者が増えたこともあるでしょう。

牛島 社内教育の必要性が低くなったというわけですか。

丹羽 それで正社員だけを熱心に教育するわけにもいかず、全体として、教育をしなくなってしまったのです。社内教育だけではなく、高等教育でも海外留学の数は減っています。今、ハーバード大学には135カ国から4500人もの留学生が来ているのに、そのうち日本人は10人程度しかいない。

牛島 日本の将来が暗く思えてくる話ですね。

丹羽 日本の高等教育に対する公的投資は、世界的に見ても少ない。最大の資産である人に投資しないのでは、将来像は暗くならざるを得ません。しかし、もうだめだとも考えていません。日本は国際社会で“信頼”というお金では買えないものを得ています。長年かかって培った信頼がなくなってしまう前に、日本と日本企業は変わらなければならないんです。

米国式コーポレートガバナンスに倣うだけではダメな理由

牛島 日本が培ってきた国際的な信頼は企業が支えてきたと感じますが、それだけでは足りないということですか。

丹羽 企業の力も弱くなっています。だからこそ、今教育に力を入れる重要性を認識して、若い世代に伝えなければならない。そして、投資しなければならない。自分の会社を自分たちの力で変えていくという意欲が必要であって、そこで社外取締役に頼っていてはいけないんです。

牛島 そこで、制度を整えるだけでは、日本の企業経営は良くならないという話に戻るわけですね。

丹羽 現在、コーポレートガバナンス・コードが叫ばれているのは、アメリカ式に従っていればいいという考えからきていて、積極的なものではないと感じます。「知の衰退」と言ってもいい。コーポレートガバナンス・コードについても、肯定的な意見ばかりが採り上げられているのではないかと感じています。

 このままならいずれ日本と日本企業は駄目になります。コーポレートガバナンス・コードもきちんと検証していく必要がある。経営は、結果がすべてです。コーポレートガバナンス・コードはデータで検証されていない。この点が大きな問題です。

構成=本誌/吉田 浩 写真=幸田 森

 

(うしじま・しん)1949年生まれ。東京大学法学部卒業後、東京地検検事、広島地検検事を経て弁護士に。牛島総合法律事務所代表として、多くのM&Aやコーポレートガバナンス関連の案件を手掛ける。97年『株主総会』(幻冬舎)で作家デビュー。この他、『株主代表訴訟』『買収者(アクワイアラー)』等、企業社会を舞台にした多くの作品がある。日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(CGネット)理事長。上場会社など4社の社外役員を務めている。

 

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