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人命救うサービスを目指し山岳遭難救助の現場に挑む――久我一総(オーセンティックジャパン社長)

オーセンティックジャパン社長 久我一総氏

「HITOCOCO(ヒトココ)」は親機から特定の子機のIDを入力することで、子機がある場所を特定できるツールだ。発売元であるオーセンティックジャパンの久我一総社長は普及の足掛かりを山岳遭難の現場に求めた。2016年「金の卵発掘プロジェクト」グランプリ受賞者の素顔、およびサービス開発の軌跡を追った。文=小林みやび Photo=幸田 森

久我一総・オーセンティックジャパン社長プロフィール

 

 

くが・かずふさ 1978年生まれ、福岡県出身。西南学院大学文学部外国語学科英語専攻卒業後、2002年パナソニックシステムネットワークス入社。SCM部門の責任者として英国子会社へ出向。10年に帰国後、商品企画部門へ異動。北米向け無線機器を担当。12年に同社を退職し、起業。現在に至る。

厳しい山岳遭難救助の現場で使える商品を目指す

 

 2013年夏、久我氏の姿は東京原宿にある公益社団法人日本山岳協会(以下、日山協)の会議室にあった。毎月行われている遭難対策委員会の場に、特別に参加させてもらえることになったのだ。手元には「HITOCOCO(ヒトココ)」の試作機。親機と子機で構成され、子機には固有のIDが与えられている。親機で子機のIDを検索すると子機までの距離、方向、電波強度が表示され、それに従って捜索することで、子機がある場所へと確実に、かつ効率よくたどり着ける仕組みだ。

 福岡の本社からこの会議への参加が決まったのは、前日のことだ。

 「モノは一級品だけど、会社としての歴史はないし、ブランド力もない。そもそも商品のカテゴリー自体もない。これは普通に売りに行く戦略では駄目だ」

 久我氏は一計を案じた。「最初はシビアな環境で使ってもらおう。プロに有用性を認めてもらうことで、ブランドの信頼性を上げていこう」

 探すのはモノでも人でも可能だが、より深刻度が高いのは人を探す場面だろう。最も過酷な環境下で、しかも頻繁に人を捜索している現場はどこかと考えたときに脳裏に浮かんだのが、ニュースでよく目にする山での遭難事故だった。彼は早速ネットの検索窓に「山岳遭難」の文字を打ち込み、最初に目についた日山協に電話をかけたのだ。

 翌日、彼は試作機を大切に抱え、東京へ向かう飛行機に飛び乗った。

 

既存の山岳遭難救助向け捜索ツールとの互換性は「必要ない」

 

 遭難対策のプロを前にして、久我氏はヒトココのサービスを必死にプレゼンした。障害物が少ない山岳地帯の場合、ヘリなどで上空から捜索すると数キロ範囲で電波を拾うことができる。大体の場所を示すGPSと違って、確実に子機のある位置までたどり着ける。電池の持ちも3カ月ほどあるし、小型化できる予定だ。子機には固有のIDが紐づけられているため、探す子機を特定しての捜索が可能である。

 「いいねぇ!」評価は上々だったが、彼らが憂慮した点があった。

 「アバランチビーコンとの互換性はあるの?」

 「アバランチ」は雪崩、「ビーコン」は発信機を意味し、その名の通り雪崩にあったときに活躍する機器である。人が雪に埋まってしまった場合、数分以内に助け出さないと命は助からない。救助を要請し、来るのを待つ余裕はないため、その場にいるメンバーで仲間を救い出す必要がある。必要な機能もその目的に特化したものであり、捜索範囲は数十メートルほど。電池の寿命も10日程度だ。しかし、当時はこれが登山者の間で広く使われていた機器で、規格が準拠していて当然という雰囲気があった。

 「互換性はありません」。久我氏が答えたとたん、場の空気はさっきまでの盛り上がりが嘘のように一気に冷めてしまった。「ダメか……」と諦めかけたそのとき、それまでじっと話を聞いていた遭難対策委員会の常任委員であり、日本山岳レスキュー協議会幹事でもある渡邊輝男氏が口を開いた。「この福岡から来た人の言っていることが本当に実現できるのなら、2、3年したら爆発的に普及してこちらが主流になりますよ」。救いの一言だった。

 

増え続ける登山者と山岳遭難救助の必要性

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日山協でのプレゼンで使った試作機

 

 山岳遭難の実情を見ると、遭難者数は急激に増加しており、15年は3043人と前年対比249人のプラス。雪崩の事故はニュースで報じられることも多いため注目されがちだが、実際の遭難者の数は全体の0.6%と非常に少ない。最も多いのは「道迷い」の39.5%、次いで「滑落」16.5%、「転倒」15.3%、「病気」7.6%と、8割近くが何らかのアクシデントによるものだ。この場合、一刻も早く捜索隊に見つけてもらう必要がある。

 第一の手段は携帯電話を使っての救助要請だが、通話エリアに制限があること、バッテリーの残量に注意が必要なこと、通話内容だけで遭難場所が特定しにくいことなど、万全ではない。ヒトココであれば数キロという広範囲に発せられている電波を、親機を持った捜索隊が陸から空から拾うことができる。

 実際に木々が生い茂り、上空からの視認が難しい初夏の山中でヘリコプターによる捜索実験をしたところ、子機からはるか3580メートルの距離で電波を確認することができ、ヘリポート出発からわずか21分で捜索対象者の真上にたどり着けた。

 使用している周波数(900MHz帯)は雪による電波干渉強度の影響が非常に少ないため、雪の下の埋没者を探す場面でも威力を発揮する。もし、登山パーティーが親機と子機の双方を持っていれば、自力での探索場面と、外部からの捜索の双方で威力を発揮することができるだろう。ヒトココを今後もますます増えていく登山愛好者に広く使ってもらうことで、遭難者が救助される確率は格段に上がるはずだ。

 「もうちょっとまともな試作機ができたらまた持ってきて。チェックするから」

 そう言われたのも無理はない。テーブルに置かれていたのは、小学生の自由研究作品の如く、工作用の方眼紙を切り貼りして作られた箱に基盤が格納された代物。正直なところ、当時の久我氏は山岳救助どころかまともな登山経験すら皆無の山のど素人だった。ただ、「この技術で人を助けたい」という思いだけは誰にも負けていなかった。

 いきなりの日山協への訪問は吉と出た。久我氏は試作機のバージョンアップを約束し、意気揚々と九州に戻る飛行機に乗り込んだ。(続く)

 

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