マネジメント

 メガネ業界のSPAというビジネスモデルを打ち立て、均一料金のアイウエアを販売する。レンズの追加料金¥0、軽量で自分好みのかけ心地が選べる「Airframe」、花粉対策メガネ「JINS 花粉CUT」、パソコンやスマホなどのデジタルデバイスから発せられるブルーライトから目を守る「JINS SCREEN」、自分を見るセンシング・アイウエア「JINS MEME(ジンズ・ミーム)」など、斬新な商品を次々に世に送り出している。文=榎本正義 Photo=佐藤元樹

ユーザーの不満を解消しメガネをファッションに

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たなか・ひとし 1963年群馬県前橋市生まれ。88年ジェイアイエヌ(現:株式会社ジンズ)を設立し、雑貨の企画・卸売などを手掛ける。2001年アイウエア事業に進出し、「JINS」ブランドの展開をスタート。独自のSPA方式を導入して急成長を果たす。11年「Ernst&Youngワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2011」モナコ世界大会に日本代表として出場。13年東証1部上場。14年慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。17年4月ジンズへ社名変更。

 メガネは高い、売り場が格好悪い、品揃えが少ない、受け取るまでに時間がかかる、といったユーザーが感じていた不満を解消し、ファッション感覚で楽しめる体験へと変えてきたJINS。当初は雑貨の企画・卸売などを手掛けていたが、2001年アイウエア業界に参入し、高いデザイン性と低価格の両立をスローガンに、オリジナルのメガネをSPA(製造直販型小売業)で展開する。これを率いる田中仁が経営の根幹に置くのは「ビジョン」だという。

 「ややもするとビジョンが単なる数値目標になってしまうことがあります。何年後に売り上げや利益を何億円に、何店舗出店という目標は重要です。しかし本当に大切なのは、自分たちがどういう価値を世の中に提供するか、という価値目標だと考えています」

 田中は1987年、24歳で「ジンプロダクツ」を立ち上げる。有限会社「ジェイアイエヌ」を設立したのはその翌年。時に在庫の山を抱え、資金繰りにも苦しみながら、やがて「メガネ」という商材と巡り合う。低価格と高品質を武器に順調に成長し上場もしたが、直後の08年、存亡の危機に。新業態としてオープンした店が不振で最終赤字に転落。秋にはリーマンショックも起こり、会社はかつてないピンチに陥った。

 ちょうどそのころ、外資系証券会社のアナリストに、柳井正・ファーストリテイリング会長兼社長に会ってみたらと勧められた。これという準備もせずに柳井に会い、「御社の事業価値は?」「ミッションは何ですか?」などと矢継ぎ早の質問を受け、田中はしどろもどろの説明しかできなかった。その日のジェイアイエヌの株価は41円。「この株価は御社には将来性がないと思われている、ということです」との柳井氏の一言は、大リーガーの強打を頭にぶつけられたくらいの衝撃だったという。

 柳井の言葉を受けて田中は09年、経営陣を集めて熱海で合宿をし、さまざまなブランドや企業の理念を参考にしながら、自分たちはどのような会社でありたいかを議論した。そして「メガネをかけるすべての人に、よく見える×よく魅せるメガネを、史上最低・最適価格で、新機能・新デザインを継続的に提供する」というビジョンを打ち立てた。

 09年、それまでの価格やサービスの常識を覆す「レンズの追加料金¥0」のビジネスモデルを導入。同時に「Airframe」で“軽量”という価値を提案した。11年には視力補正を必要としない人もサポートする「機能性アイウエア」という新市場を創出。「JINS PC」(現JINS SCREEN)でアイウエア業界の景色を一変させた。

売り上げ、利益頭打ちにはCMより人と商品に投資

 ところがその「JINS PC」大ヒット後の14年、売上高も営業利益も頭打ちとなる。本来であればテレビCMを大々的に打って挽回を図るのだろうが、田中はまず人件費を引き上げ、研修体制を見直し、商品のクオリティを上げるための施策に投資することを決断した。新卒社員の初任給を20万円から23万5千円に引き上げ、店舗従業員の給料体系もそれに合わせてスライドさせ、結果として年間の平均給与を約10%上昇させた。当時、利益が数十億円規模のときに、人件費が15億円ほど上昇することになったため、人事や経理の中には懸念を示す者もいたそうだが、あえて断行した。

 以前、売り上げが伸び悩んだ時、テレビCMを大々的に打って売上高は取り戻したものの、結局はブランド価値を損ねてしまった苦い経験がある。出演タレントのイメージに商品が引っ張られる一方で、急増した顧客に対応できず、満足度を高められないまま帰すことになったからだ。

 同時に、売れてはいるが、JINSとして差別化されたものか、自分たちが本当にいいと思うか、といった観点ですべての商品を見直した。

 「例えば、MY CROSETというメガネのつるの内側にさまざまな柄を施したオリジナルの商品がありました。年間何十万本も売れている商品でしたが、完成度が低いと考えてやめました。こうして自分たちが本当に納得できる商品に絞り込むのに2年ほどかかりましたが、そのことで足腰が強くなったと思っています。これで確信したのは、企業の成長は広告宣伝とか表面的なことではなく、人であり商品である。けれども商品は人がつくるのだから、最終的には人がすべて。人を中心とした経営をして行かなくては長期的な成長はあり得ないと考えました」

 JINSには店舗ごとに売上高のノルマは一切ない。売上高は現象であり、結果にすぎないからで、店舗の従業員がどんなに頑張っても、本部が売れる商品を供給できなければ売り上げは立たない。逆に売れる商品が供給されれば、同じ接客でも売れ行きが変わる。売上高とは個人の努力を超えたもので、その多寡で個人を評価することは間違いだと考えているのだ。

 「人の評価は成果や実績であることが多いですが、それらは本人の力だけではない場合がありますし、チームや人の協力によって得られることのほうが多い。だからこそどれだけクオリティの高い商品・サービスの創造に注力したかと、その人の働く態度(姿勢)を重視しようと評価制度をシフトしているところです」

 次々に新施策を打ち出した14年には“Magnify Life”という新ビジョンを掲げている。これは人々の人生を拡大し、豊かにすることを意味している。米国市場への進出を控えて明確にグローバル化を視野に入れたタイミングだったし、ビジョンを体現する製品「JINS MEME」を発表した時でもあった。ビジョンを掲げ、ビジョンを支えるAttitude(姿勢)として、JINSが求める人物像と資質を3つの指針で表現した。それがProgressive(先進的な)、Inspiring(インスパイアする)、Honest(誠実な)だ。

「100年先を考えて今日どうあるべきか」

201707TANAKA_P02 日本の場合、ビジョンというと、数値目標としてとらえる会社が多い。しかし欧州は、ビジョンとは哲学や志、理念といった、どちらかというと精神性に近いとらえ方をする会社が多い。「数値目標がビジョンだと、社員は疲弊してしまいます。ビジョンを何に置くかは非常に重要です」 15年8月に、北米1号店をサンフランシスコでオープン。このとき中国には既に50店をオープンしていたが、米国には初進出だった。米国は自由の国で、いろいろなものを受け入れてくれる土壌はあるが、保護主義で規制していく面もある。何をするにも弁護士事務所を通さねばならず、初期投資も掛かりメガネは処方箋が必要で、オプトメトリストという専門家でないと処方できない。ほかにも細かいルールがたくさんあるため、出店を急ぐより、アジア人以外にも似合う商品開発や、ウェブ以外の販促策の確立に注力するという。

 15年11月には、世界初の自分を見るアイウエア「JINS MEME」を通じて人々のライフスタイルの変革への挑戦を開始。今や年間約520万本(16年8月期)を販売するメガネの人気ブランドになっているJINS。「企業経営は、100年先を考えて、今日という1ページはどうあるべきか」を考えたブランド戦略を構築しているという田中だ。

 「以前はマーケティング施策で、とにかくお客さまをファンにすることばかり気にかけていました。けれども、まず社員がJINSのファンでないと、お客さまをファンにすることはできません。社員一人一人がブランドの顔である自覚を持つことが大切です。そこに気づいたら、他社との競争にはあまり興味がなくなりました。ビジョンがあるから、製品や戦略もどんどん立ってくるのです」

 この4月には、商号をこれまでのジェイアイエヌからジンズ(JINS)に変更し、ブランド認知のさらなる向上と、グローバルブランドとして定着、確立を目指すと発表。田中氏の「ビジョン経営」は、試行錯誤を経て、今や揺るぎないものとなったようだ。(敬称略)

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