マネジメント

社長時代は、外資系投資ファンドと組織のアイデンティティを懸けた戦いを繰り広げるなど、激動の時代を走り抜けた村上隆男氏。技術者としての論理的、冷静な思考を持つ一方で、そのマネジメント哲学は、熱く人間くさい。経営者としての素地を養った経験と、人を育てる極意に神田昌典氏が迫る。構成=吉田 浩 Photo=森モーリー鷹博

入社早々に部下を持ち組織のことを学ぶ

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むらかみ・たかお 1945年生まれ、神奈川県出身。東京大学農学部卒業後、サッポロビール入社。技術部担当部長、ビール製造本部製造部担当部長、大阪工場長、製造本部製造部長、常務執行役員営業本部商品開発部長などを経て、2003年取締役専務執行役員生産技術本部長。04年サッポロボールディングス常務取締役を務めたのち、05年同社長グループCEOに就任。11年同会長、13年より現職。

神田 村上相談役といえば、社長就任時にはサッポロビールでも44年ぶりの技術畑出身の社長として話題になりました。また、社長時代には人材育成にも力を入れておられたと聞いています。

村上 大学教養学部時代にDNAについて授業で教わり、その凄さに感銘を受けました。もともと数学も好きだったので、理系に進もうと決め、東大農学部農芸化学科へ進学しました。大学院を意識したのですが、最終的には就職を選びました。生物と化学の応用分野に進みたかったんです。そうなると、まさにビール会社がうってつけでした。お酒が飲みたくて入社したわけではないんです。

神田 入社後は研究所への配属だったのでしょうか?

村上 それが札幌工場への配属でした。しかも、入社していきなり15人以上の部下を持たされ、私の父親以上の年齢の方もいらっしゃいました。醸造の現場のプロフェッショナルの方々です。その方々を束ねなければならない。工場というのは、組織ですから、1人で頑張っても何もできません。チームはマネジメントが大事なんです。

神田 入社したばかりの若者が、その道何十年のプロの上に立つわけですか。

村上 毎月ビールデーという日がありまして、社員一人一人に、ビールが1本配られるんです。仕事が終わると工場の事務所で部署ごとに飲むのですが、たった1本で終わるはずもなく、そこからススキノに繰り出します。すると、上司なんだから奢ってくれと言われる。当時、現場で働く方の給料は決して高くはなかった。とはいえ、私も入社したばかりで、給料は安い。仕方がないのでツケが効く店を見付けて飲んで、ボーナスは全部ツケで消えました。そこで、「工場は組織で動く」ということや、チームの大切さを叩きこまれた気がします。

神田 社長になって、そのころの経験が生きたことはありましたか。

村上 目線を同じにするということですね。若い頃は、社長から呼びだされると緊張して、言いたいことも言えなくなってしまいますよね。社長に限らず、チームの中でもあまりに上下関係が大きいと、ちゃんとコミュニケーションが取れなくなる。だから、社長時代は部下から報告の書類が上がって、疑問点があっても社員を呼び付けたことはありません。なんとなく、その部下がいるフロアに姿を現して、「あの報告書はどういう意味?」と雑談っぽく聞くんです。すると「ではレポートにして報告します」というので、「そうじゃなく、今教えて」と。生の言葉で知りたいんですね。すると、その場での答えはもちろん、後から「あそこが間違っていたことに気が付きました」と修正されたものが提出されるんです。

神田 指摘するのではなく、気付きを与えるわけですね。

村上 そのとおりですが、それでも社長に声をかけられるだけで緊張する人も多い。大阪工場時代には、工場長である私が近寄るだけで逃げてしまう社員もいました。その社員には、あえて昼食時に近くに座るようにしたり、自然と話す機会が増えるようにしていきました。

毎日の味の変化を記録し続けた

神田 札幌の工場では、どんな仕事をされていたのでしょうか。

村上 ビールを造る際、麦芽やホップといった原材料があって、酵母がある。同じように発酵させて作っているのに、なぜか味が変わっていくことがあります。温度の違いなど、さまざまな要因があるのですが、できるだけ味を安定させ、さらに良い味にして行くにはどうすれば良いのか、そういうことを追求していました。

神田 やはり、今とはビールの品質も違うのでしょうね。

村上 例えば、ビールはビン詰め缶詰めにすると、その直後から少しずつですが味の変化が始まるのですが、その変化の度合いは今のビールの3カ月たった味と、当時の1カ月たった味が同じくらいかもしれません。それくらい、できたての新鮮さを保つことができるようになっています。

神田 その後は、静岡工場にも行かれていますね。

村上 札幌工場は、当社にとっては歴史ある古い工場ですが、静岡工場は当時の最先端の工場でした。コンセプトは世界ナンバーワンの工場でしたし、すべてコンピューター制御で製造するというものでした。規模も大きくて醸造タンクも従来のものの数倍の大きさがある。すると、酵母の働く環境が変わってしまい、狙いどおりの味にならない。環境が違いすぎて、過去のデータがあてにならなかったんです。そこで、毎日少しずつ条件を変えて、実験を繰り返しました。温度が0.1度違うと全く違う味になるのがビールですから。

経営者、マネジャーの役割は、公平にチャンスを与えること

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神田 社長時代には、グローバル化も進められましたね。

村上 以前は、国内で生産して輸出という形でしたが、そうなると為替リスクがある。そこでなんとか海外生産できないかという話でした。もともと提携していた海外ビール会社のビールは当社が輸入販売するなど関係はあったので、話は進みました。しかし、海外の工場だと、日本と同じことをしても味が変わります。そのときは、当社が日本の工場のやり方を押しつけるのではなく、現地の技術者の助言を大事にしました。結果として、われわれが届けたい味ができれば良いのですから。

神田 社長就任時にはどのようなことを考えられたのでしょうか。

村上 それ以前は、サッポロビールの技術部門のトップという立場でしたから、考えるのは技術、品質のこと、そしてビール、焼酎、ワイン等のことだけで良かった。しかし、ホールディングスだと、さらに清涼飲料があり、不動産まであります。ホールディングスと言っても、それぞれ別会社だからそれでいいと思ったら、そこで変化がなくなってしまいます。ですから、それぞれの技術や知見を応用しなければならないと思っていました。簡単ではありませんが、例えばビールと焼酎、ワイン、飲料の研究所を同じ敷地に置いてみると、自然に交流が進む可能性が高いと考えました。

神田 先ほどの話に出てきた、指摘したり、やらせたりではなく、気付いてもらうということですね。

村上 トップに立つ者、マネジャーがやらなければならないのは、そういう場を作る、チャンスやフィールドを用意することだと思います。ビール製造部門のトップ就任のときに、以前から進んでいた省エネ目標があったのですが、なかなか成果が出ていなかった。そこで3年で10%のエネルギーコスト削減という目標だけを与えたプロジェクトを組成しました。

 品質さえ下げなければ何をやってもいい、と。結果から言うと、1年で30%のエネルギーコストの削減ができました。70億円掛かっていたコストが50億円になったんです。それもたった3人のメンバーで、設備投資もしなかったのです。ただ、3人で1つの工場に行って、細かいところまで徹底してチェックして改善案を提案していっただけです。それを社内の情報共有サイトに報告し続けました。すると、最初は冷ややかに見ていた人たちが、「うちの工場でもやってくれ」と3人が引っぱりだこになったんです。推進する3人に権限を与えてチャレンジさせ、それを知らしめる。そして、実行する機会を公平に準備する。こういう環境作りが大切だと言うことです。

ファンドとの対決を通じて意識したガバナンス

201707KANDA_P01神田 それから、2007年以降に起きた、スティール・パートナーズによる株式の大量買い付け提案について、お聞きしたいのですが。

村上 あまりその件で話す機会はありませんでしたね。TOBをかけられたのは、当社にも課題があったからだと思っています。ビール事業の利益率の低さであったり、当時はそもそも業績が長い間低迷していた時期でもあった。

 ファンドからは「ビール事業のような利益率が低い事業をやっていて何になる」「飲料みたいな小さな事業をやる価値があるのか」「外食事業をやる意味はあるのか」など、毎年さまざまなことを突き付けられました。そのファンドの監視の中で、リスクのある投資にチャレンジして、失敗することはやりにくいし、それで利益を出さないとまた突っこまれる。そういう難しい状態でした。いろいろな選択肢があるなかで、このまま株式を買われていっても良いのかもしれないという考えを持つ人もいました。そういう考え方もあるかもしれませんが、われわれは徹底抗戦して、最終的にはファンドが撤退するということに落ちつきました。

神田 大変な時期だったと思いますが、功罪はあったのでしょうね。

村上 功の部分も大きかったですね。今、世間で企業のガバナンスが言われていますが、ファンドとのやり取りの中で社外取締役を増やそうといったことは当時から進みました。

神田 この対談では、経営者の皆さまに、子どもに読ませたい本を伺っています。

村上 子ども向けの本でなくても良いのであれば、宮大工の西岡常一さんが書いた『木のいのち木のこころ』という本です。法隆寺の再建などに携わられた方で、いかに木が大切か、そして木を扱う大工の技術、心の大切さが書かれています。技術だけでは駄目で、そこに心があり、その相互作用で良い物ができていく。そういうことが書かれているので、ぜひ読んでほしい本ですね。

かんだ・まさのり 経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。

 

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