政治・経済

フィンテックやAIで、いまや世界最先端をいく中国。日本などに比べて規制がはるかに少なく、それが新たなビジネスを生んでいる。そしてその変革の波は市民生活をも大きく変えつつある。長年の中国ウォッチャーのジャーナリストが中国で見たものとは……。文=ジャーナリスト 松山徳之

「空き缶に小銭」の代わりにQRコード

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スマホなしでは買い物にも苦労する

 わずか30年前まで国民のほとんどが1日3度の飯がまともに食えず、没法子=メイファーズ(仕方がない)と飢餓に耐えるしかなかったほど貧しかった中国が歴史上例を見ないスピードで成長し、日米欧をはるかに上回る速さで“第4次産業革命”に突き進んでいる。

 街を歩けばすぐ分かる。情報通信技術(ICT)が社会の隅々で奔流となって変革を促している。そのスピードはすさまじいほど速い。

 ちょうど1年前、2年ぶりに上海を訪れた時のことだ。

 土砂降りの雨の中で、以前のようにタクシーを呼び止めようとしたら、スマホなしでは全く止まらないことを知った。スマホで呼び出し、スマホで決済するのだ。タクシーを呼んでくれた中国人は「スマホを利用する人は人物が信用できるし、また運転手も信頼できる。スマホを所有していることは決済の事故を起こしていない証明です」と耳元で囁いた。その頃既にスマホで信用が担保されるようになっていたが、当時はまだそのすごさに気付かなかった。

 その1年後の今夏の上海。コンビニで買い物して、現金で支払おうとしたら、店員が呆れた顔を見せた。釣り銭を計算したり、偽札かどうかチェックするのが面倒だからだ。

 刀削麺屋に入れば、ロボットかと思う技で、小麦粉をラクビーボール状に押しつぶした形に練った塊を肩に乗せ、見事な手裁きで麺を削り、鍋に放り込む。中国職人の粋がここにはあるが、支払いはやはりスマホだ。

 また、南京行きのチケットを求めて駅に向かったら、中国の友人がスマホで「何時発のチケットが必要か、代わりにスマホで買うからパスポートの写しを送れ」と言ってきた。つまり、中国ではスマホがないと鉄道にも飛行機にも乗れなくなった。

 驚いたのは、以前なら地下鉄内で幼児を抱き、空き缶に入った硬貨の音をチンチンと響かせていた乞食が、空き缶の代わりにQRコードを突き出したことだ。これをスマホで読み取り、金額を入力するとお金が引き落とされる。これには、心底仰天した。

 缶に小銭を入れてもらう時代なら、没有銭(現金がない)と断ることができた。ならばと乞食も時代を追いかけ、スマホ対応の物乞いの方法を編み出したのだろう。

 スマホが“あれよ”と言う間に中国社会を劇的に変えている。

 その象徴が電子決済の登場で激変した流通業だ。今や、「モノが売れない」は世界の悩みであるが、中国に限ってはこの公式は通用しないと言っていい。

 その答えを示す前に、流通の足跡をたどってみよう。中国人の生活を支える商店は毛沢東の時代から街の住区ごとにある市場だった。ところが、改革開放で百貨店が復活し、これが流行の窓口になったと思ったらスーパーマーケット、コンビニが勃興し、いまやインターネットだ。

生活のすべてがスマホ依存に

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大連市を走るBYDの電動バス

 「もともと、中国人は金銭に絡むことは現金のやり取り以外は信じないという伝統があったから、見本のカタログを見ただけで注文するネット通販は浸透しないという考えが強かった」と、40代の投資家は言う。

 それが、いまやスマホで注文すれば、新鮮な野菜や果物が3時間以内に家庭に届くようになっているというのだから、すごい変化だ。

 その影には、未整備だった流通網を確立し、配送途中で積み荷が1割消えるのが当たり前と言われたほど低レベルだった業者のモラルを高める改革があった。また、それに一役買ったのもスマホによるチェック機能の充実だった。

 その結果、百貨店や専門店は商品を見本として見る場であり、実際の買い物はスマホというスタイルが生まれた。

 実際、中国人を観察すると、買い物ばかりか、中国伝統の按摩やカラオケ、弁当の注文、自販機でもスマホをかざすだけで、現金を財布から出す人は少ない。つまり、おカネを伴う生活のすべてがスマホなのだ。

 流通の現場は様変わりした。例えば、上海の流通を牽引してきた、日本の銀座や青山に例えられた淮海路や南京西路は、流行に敏感な上海っ子がショッピングを楽しむ街として人気だったが、今や、長い間「上海の勝ち組」と言われてきた太平洋百貨店さえ撤退し、専門店の撤退もあってシャッター街になっている。

 また、10年計画で経営を軌道に乗せると宣言をして2013年に上海に進出した髙島屋が苦戦しているのも、売りにした“おもてなし”ではスマホ革命に通用しなかったからだ。

 中国の変貌を最も端的に示すのが地方都市だ。例えば、遼寧省の南部にあって、世界に向けた玄関口の大連市。1880年代に清王朝が大連湾に砲台を築き、三国干渉後のロシア、日露戦争後の日本統治を経た歴史の残る町だ。

 中心部に路面電車が走り、片側3車線ないし4車線の広い道路の歩道側が公共バス専用ラインで、そこを絶え間なく走るバスのボディは「電動自動車」と大きな文字で書いてある。中国メーカー、BYDの電動バスである。

 大連市の丘陵地帯を温泉と野菜の工場地域に変えるという国家級プロジェクトを進める実業家は、「2年以内にすべてのバスが電動車に代わり、一般の自動車もトラックを含めて半数が電動に変わる」と説明する。

 北京や天津に近いにもかかわらず、「中国で環境に優れた都市と知られている」ので、そのイメージを大切に守ることが発展につながるという考えだ。だからだろう。一般車の扱いは二酸化窒素公害に苦しむ北京と同じぐらい厳しいという。

 シェアリング自転車も大都市顔負けの普及ぶりだ。新しく完成した地下鉄の出入り口の歩道に並ぶ自転車にスマホで開錠している姿が目に飛び込んでくる。

 ここ1、2年の“激変中国”を象徴するのは、このシェアリングエコノミーの爆発的な成長だ。

 シェアリング自転車の草分け、モバイクの創設者は女性で、昨年2月に広州で起業し、その後、今年6月までに都合6億ドルを集め、上海など中国の二十数都市に営業を拡大した。

 この成功を見てライバルが続々誕生し、通勤用からスポーツタイプなど特色を出している。会社ごとに自転車の色が違うのが特徴だ。もっとも淘汰のスピードも速く、生き残るのはオレンジ色のモバイクと黄色のofoぐらいとみられている。

 日本でも民泊やカーシェアリングなどのシェアリングエコノミーが徐々にではあるが普及し始めている。しかし中国のように一挙に拡大とはいかない。日本ではいまだシェアリングビジネスへの嫌悪感が完全には払拭されていないし、規制の壁は大きい。それが日中間のスピードの差となって現れる。

中国で爆発するシェアリングエコノミー

 中国では新しいビジネスが次々生まれる。最近では、新たなビジネスとして、傘シェアリングが始まった。シンセンの傘ステーションは地下鉄の出入り口やショッピングモールにあり、利用条件は20元(約320円)の保証金を支払い、以後1日0.5元(8円)という仕組みだ。

 さらに、新しいビジネスとして最も投資家の注目を集めているのがEVのシェアリング。発祥は広州だ。充電することが不可欠なのに、まだ40カ所ほどしかステーションを確保してないと伝えられるが、過剰な自動車が吐き出す排ガス対策に悩む大都市の政府がEVの普及にむけて充電ステーションを設置しているので、大化けの可能性が高い。

 科学立国に向かって劇的に中国経済の変革を牽引しているのが広東省だ。省内各都市で目に付くのが寂れた工場やビルであり、その対極に立つ超近代的な高層ビルが林立する新しい街の姿である。

 中でもシンセン市を歩けば、変貌する都市の姿が見えてくる。特に目を引くのは、日本の秋葉原の数十倍の広さを有する電気街だ。ここは「最先端の象徴だ」と主張しているかのように空高くドローンを飛ばしている店があると思えば、「こんなに丈夫だ」とばかり、道路にドローンを叩きつけている店がある。

 カメラ店を覗けば、007を連想させるボールペンや眼鏡に仕込まれた米粒のようなカメラ、名刺タイプのカメラに出合う。電子やロボットの開発に必要なパーツが必要な人のどんな要望に対応できるほどの部品を揃えた小さな店舗が何千とある。

 混み合う通りでは、肌の白い欧米人や褐色肌をした中近東・南米人、黒い肌のアフリカ系が電子部品のパーツを求めている姿に出会う。この光景はシンセンが東京以上の国際都市であり、テクノロジーが集積する都市だと分かる。

 中国経済を革新させ、シンセンを中国のシリコンバレーに変革させた理由の一つは大学の就職難である。年間700万人の卒業生に対し、まともに就職できるのは3割に満たないほどの就職氷河期にある。職に就けない約300万人の大学生が挑戦するのが起業だ。

 中国は全省に「科学特区」を設け、起業家を目指す若者にオフィスを貸し与え、事業資金もサポートする。だから、中国では1日に1万~2万社というベンチャーの卵が産まれていという。

 そうしたベンチャーが目指すのがスマホで世界に躍り出たファーウェイ、スマホゲームのテンセント、移動通信機で世界トップを競うZTEなどだ。そうした中から金の卵に投資しようと中国全土の富裕層が機会を狙っている。その一方で規制はないに等しい。やったもの勝ちの世界が広がっている。中国が最速のスピードで経済が変貌するのも当然だ。いまだ規制でがんじがらめの日本との差は開くばかりだ。

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