マネジメント

 慢性的な人手不足と低賃金で、ブラックなイメージが強い飲食業界。その中にあって「ホワイト企業」との呼び声が高いのが「名代 富士そば」を展開するダイタンホールディングスだ。従業員に優しい経営はどのように生まれたのか、創業者の丹道夫会長に話を聞いた。文=吉田 浩 Photo=佐々木 伸

 

丹道夫氏プロフィール

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たん・みちお 1935年生まれ、愛媛県出身。中学校卒業後、八百屋や油屋などの丁稚奉公を経て、上京と帰郷を繰り返しながらさまざまな職を転々とする。東京で弁当屋の経営を成功させた後、不動産業に転身。田中角栄内閣時の地価高騰で莫大な利益を得る。不動産業時代の66年から富士そばの前身となる「そば清」を開店。72年にダイタンフードを設立し、立ち食いそばの事業に専念する。現在、国内129店舗のほか、海外4カ国にも進出。「丹まさと」の名前で演歌の作詞家としても活動している。

 

丹道夫会長による富士そばの組織づくりとは

 

競争原理と自由を体現する富士そば

 「アルバイト従業員にボーナスを年2回、退職金も支払う」

 人材確保のため、今でこそ飲食業界における金銭面の待遇は改善傾向にあるが、富士そばではこんな制度を40年以上前から導入している。時給は業界水準並みだが、勤続年数などによってボーナスは最高10万円、退職金も20万円まで支給する方針だ。

 社員はほとんどがアルバイト出身。ただし、上に行けるチャンスは全員に転がっている。優秀な人材であれば、店長、係長の次は一気に常務に昇格し、事業会社のトップとして複数店舗の責任者になれるのだ。制度を導入したのは1970年代。常務になれば月給55万円、ほかに報奨金も付けるという、当時としては破格の待遇だった。

 「お金を出さずに常に人手不足で不安定な状態になるか、ボーナスや報奨金をどんどん出して安定しているのとどちらが得か、経営的には悩みましたが、安定しているほうがいいだろうと」

 丹道夫会長は、制度を導入した理由をこう話す。

 課長や部長といった中間管理職を省いたのは、情報の誤伝達を防ぐため、そして「常務にして給料を増やして、社長が口出ししないほうがのびのび働けるのではないかと思ったから」と言う。

 多額の報酬が得られて余計な口出しはされないとなれば、社員のモチベーションは確かに上がるだろう。丹会長自ら常務たちに会うのは1カ月に一度。「基本的に会議して食事して終わり」だそうだ。

 とはいえ、単なる大盤振る舞いではない。こうしたやり方が機能しているのは、組織づくりの工夫があってこそだ。

 ダイタンホールディングス傘下には7つの事業会社があり、各社が独立、競争しながら店舗を運営している。常務を任せられる人材が育つとさらに会社を増やし、自己責任で経営させる。

 地理的にも、あえて他の会社とは離れたエリアを与え、孤独の中で経営者として自立してもらう。いわば「競争原理と自由」を体現したシステムと言える。

従業員にやりがいを押し付けない

 報奨金の与え方も、前年度からの「伸びしろ」によって差をつけることでモチベーションの向上を図っている。現場の業績が上がれば、バックヤードの従業員も恩恵を受けられるようにした。

 ホールディングスのあるオフィスには、各事業会社の事務系社員が混在しているため、「極端な話、同じフロアで働いていても、報奨金をもらって旅行にいける人といけない人がいます。だから、事務系の社員も現場の支援に力が入る」と、丹会長は話す。

 ただ、金銭的なインセンティブだけでは人は動かないのではないか、という疑問も沸く。実際、世間では多くの飲食店が時給つり上げで労働力確保を図っているが、うまくいかないところも多い。

 その点を丹会長にぶつけると「その気持ちも分かります。人間は金だけではなくてやりがいも大事。ただ、押し付けはしません。例えば、僕が店回りに行っても知らん顔してる従業員もいっぱいいますが、そういう人たちは、自分の人生観を持っているんだろうから別に構わない。お客さんにちゃんと気を使っていればいいんです」との答えが返ってきた。

 

丹道夫会長の経営哲学はどのように生まれたのか

 

夢の持てる立ち食いそば屋に

 シンガポール、台湾、フィリピン、中国と、海外進出を進めているのも、従業員のモチベーション向上が主な狙いだ。きっかけは以前、店舗の従業員から、「このままそば振りを続けて、自分は将来はどうなるのか」と電話がかかってきたことだという。

 「よその立ち食いそば屋と違って、将来は海外に行って管理職として伸びることができるという夢を持ってほしかった」と、丹会長は言う。

 年始の4日間以外店舗は毎日稼働し、コンビニエンスストアより早く24時間営業を導入した富士そば。勤務体系自体は決して楽には見えないが、それでも「人手不足は感じたことがない」と丹会長は言い切る。金銭面の好待遇に加えて、従業員のやる気を高めるためのさまざまな施策が奏功しているのだろう。

 ただし、そこでもやる気を出すことを強要したりはしない。カリスマ的な魅力を持つ創業経営者ほど、自らの信念が強いあまりに、従業員に頑張りを強要しがちだ。

 それがプレッシャーとなり、従業員が疲弊して不満がたまる。ひいては「ブラック企業」という不名誉な称号を受けることにつながる。

 「僕は人を使うのが下手だし、うるさく言われると人は付いてこないと知っている。みんな自分で責任持ってやっているから、店では店長が一番偉いと思って接しています。人間は、優しく使ってあげたほうがいいという信念があるんです」

経験を通じて得た人間に対する深い洞察力

 丹会長自身、複雑な家庭環境を経て、職を転々としながら現在の成功をつかみ取った。かつて不動産業で大成功しながら、それをあっさり捨てて立ち食いそばの事業に専念したのも、金銭的な成功だけがすべてではないことを実感したからだ。

 各事業会社は独立した経営を行っているが、好立地の店舗獲得をめぐって事業会社同士で競争になることもあるという。また、傘下のある会社で一定期間勤めた従業員が、数年後に別の事業会社の店舗でアルバイトとして入りなおすようなケースも珍しくない。中には、5回辞めて5回入りなおした強者もいるというから驚きだ。これらの話からも、店舗展開や人材採用に至るまで、事業会社に徹底的に任せているのが分かる。

 最後に、人材を見極めるポイントについて丹会長に尋ねると「やっぱり、苦労知らずは人の痛みを知らないからダメ。それは話したら分かります。待遇に甘んじる人間は、根本的に苦労を知らないからね」

 人間に対する洞察が根底にあり、それを待遇面や制度面で体現しているからこそ「ホワイト企業」として成立しているのだろう。

 40年以上前から実践してきたマネジメントが、今の時代に合致した稀有なケースともいえる。

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