マネジメント

 小田急線代々木上原~登戸間の複々線化から約1年が経過した。

 構想から約50年、着工から約30年という大掛かりなプロジェクトの効果は数字が物語る。ラッシュピーク時の混雑率は、複々線化前が192%だったのに対し、複々線化後は151%に改善。

 また、小田急多摩センター駅から新宿駅までのピーク時の所要時間も最大14分短縮された。

 さらに、混雑解消によって乗客の乗降時間の短縮とともにトラブルなども減り、下北沢駅への上り到着平均遅延時間は2分4秒から48秒へと減少した。快適度やスピード、そして安定性などさまざまな面で輸送環境が改善された結果が出ている。次の小田急は何を目指すのか、星野晃司社長にきいた。聞き手=和田一樹 Photo=西畑孝則

 

星野晃司・小田急電鉄社長プロフィール

星野晃司氏

(ほしの・こうじ)1955年生まれ、63歳。78年早稲田大学政治経済学部を卒業し小田急電鉄に入社。旅客サービス部長などを歴任して、2003年同社執行役員、08年取締役執行役員、10年小田急バス社長、13年常務取締役 交通サービス事業本部長、15年専務取締役等を経て、17年社長に就任。

 

日本一の沿線づくりのため30年後に小田急電鉄が目指すもの

 

4つの事業領域と「未来フィールド」

―― 昨年は複々線化実現という大きな節目でした。

星野 複々線化は小田急電鉄の悲願であり執念でした。混まなくなって、速くなって、遅れない、念願の輸送力増強です。

 また、複々線化事業は、鉄道を立体化して踏切を廃止する東京都の連続立体交差事業と一体的に進めてきました。事業区間にあった39カ所のすべての踏切が廃止されています。これにより、鉄道・道路の安全性が向上したことや、踏切での慢性的な交通渋滞の緩和、鉄道によって分断されていた市街地の一体化など、駅周辺の整備や街づくりも促進されています。これも大きな成果です。

 複々線化を終え、次に小田急が目指すのは、日本一暮らしやすい沿線づくり。輸送改善をベースにして、小田急沿線を日本一暮らしやすい沿線に仕上げていきます。

 複々線の完成を踏まえ、18年4月「長期ビジョン2020」を修正し、新たな中期経営計画をスタートさせています。30年後に、あの複々線完成が新たな小田急のスタート地点だったのだと、そう振り返られるようにしたいです。

―― 30年後を描けというのは簡単なことではありません。

星野 そのとおりです。想像の域を出ない。しかし中期経営計画のテーマを次の30年を見据えた計画にしたのは、どうしても足元の改善だけでは大きな構想にはならないからです。複々線完成のあと、大きなビジョンを描くために必要なことでした。未来志向で議論を重ね、そこから逆算をし、今何をすべきか考えました。

 ですから計画の策定には、30年後を見据えたディスカッションを通じて、社員みんなの思いを込めました。

 従来は、交通業や流通業、ホテル業などそれぞれ事業ベースで経営計画を立案していました。新たな中期経営計画では、次なる目標である「日本一暮らしやすい沿線」実現のために、私たちのありたい姿について考えながら事業を見直しています。

 「安心で快適な移動」手段を提供し、「愛着を持てる街づくり」を行い、「暮らしをより楽しく」し、「特別な経験のある観光」を実現する。以上の4つの事業領域とそれを実現するための組織を「未来フィールド」として設定しました。

 これからこのビジョンを具現化していきます。そこで重要なのがすべての社員が参加することです。社員がワクワク、イキイキ働きながら常に未来を見据え挑戦することが欠かせません。そのためには世代を超えたコミュニケーションが必要です。

 最近では、先に掲げた4つの分野において、私も含めた経営陣と課長クラス、若手社員による4つのチームをつくり、新たな価値の創造に向けた活動を行っています。

アイデアを実現し自由闊達な雰囲気をつくる

―― 全員参加を強調されていますが、社内の反応はいかがですか。

星野 経営陣も部課長も若手も入り混じって議論していますから、最初は戸惑いもあったようですが、徐々に議論は活発になっていきました。

 そこで私が心掛けているのは、あがってきた提案を1つでも多く実現することです。提案したことがきちんと受け入れられるという空気が次のアイデアを生みます。

 また、社内横断的な議論が促進するように、本社ビル1階の目立つスペースに、自由に使用することができるミーティングルームを設置しました。他にはフリーアドレスを導入した部署もあります。議論の中から出てきた声をスピーディーに実現していきたいと思います。

―― コミュニケーションを深めるために具体的にどんなことをしていますか。

星野 鉄道の本部長時代から現場に行くのが好きでした。現場では肩肘張らずに会話ができます。こちらが一方的に話すだけではなく、悩みを聞いたり、経験からアドバイスをしたり、双方向のコミュニケーションを重ねてきました。

 もともと当社は風通しの良い雰囲気というのが特徴です。ですから私が何かを変えたとかではなく、風通しが良いという小田急の伝統をさらに具体的なアクションで示し始めたということです。

 また、小田急には多くのグループ会社がありますから、各社にもこうした空気を広げていきたい。もちろん人員の不足など、事情は千差万別ありますから一様にはいかないとは思います。それでも小田急グループのDNAとして、自由闊達なコミュニケーションを肝に据え、グループ全体で地域や日本を盛り上げていきたいと思います。

星野晃司・小田急電鉄社長

 

小田急電鉄の経営理念と星野社長が考える自らの役割とは

 

代名詞のロマンスカーが提供する特別な経験

―― 小田急といえば日本一のターミナル駅新宿と箱根・江の島を結ぶことが大きな特徴です。インバウンドの影響はいかがですか。

星野 当社にとって大切な柱です。インバウンドの売り上げ目標を20年度までに230億円と設定しました。目標達成のためにも中期経営計画で掲げた「特別な経験のある観光」の実現が鍵になると思っています。

 ロマンスカーと複々線を使って、短い時間で箱根・江の島という日本有数の観光地まで行けるというロケーションは大きな強みです。

 昨年は、GSEという新たなロマンスカーの運行を開始しました。GSEは、ラゲージスペースの設置など外国人旅行者向けのサービスが充実しています。優れた眺望と快適さを兼ね備えており、移動手段も価値ある旅の経験になります。

 ロマンスカーで箱根に行きますと、芸者さんの稽古場で一緒に踊ることができます。芦ノ湖で海賊船に乗ったり、伝統工芸の箱根寄木細工作りも貴重な非日常体験です。他にも、大山にいけば宿坊体験ができます。こうした体験型のツアーをより展開していきます。

 また、体験型の観光を盛り上げるにあたって、駅はランドマークになりますから、特色ある駅づくりも計画しています。例えば片瀬江ノ島駅は竜宮城をモチーフに今の駅舎をさらにダイナミックで本格的なつくりにします。他にも、明治神宮の最寄り駅の参宮橋駅は社の玄関口を意識したつくりにし、渋沢駅や鶴巻温泉駅は地元の泰野産木材を使って山の香りがするように仕立てています。

 駅の魅力づくりには、音楽という切り口もあります。黒川駅は読売交響楽団の練習拠点があって、クラシック音楽のBGMを流しています。この他にも、音楽を使った取り組みを進めています。

 こうして駅の質をハード、ソフトの両面から高めることで、「愛着を持てる街づくり」や「暮らしをより楽しく」という領域にも関連させながら、沿線の魅力を高めていきたいと思います。

ロマンスカー

「箱根につづく時間(とき)を優雅に走るロマンスカー」GSE(70000形)

多様化するニーズに応える徹底した顧客主義

―― 駅の魅力づくりではセブン-イレブンと提携をしました。

星野 グループ内で事業を聖域化して守り過ぎたきらいがありますので外部との提携は以前からテーマでした。

 駅のテナントにグループ会社を入れられるというのは事業チャンスではあります。しかしお客さまにとって魅力的かというと必ずしもそうではない。小田急のものばかりあっても、お客さまにとって魅力的でなければエリア全体の活力が膨らみません。

 駅の売店に求められるのは、一頃のようなたばこ新聞雑誌だけではありません。子育て世代の親御さんが仕事帰りに簡単なお総菜を買って帰りたいなど、ニーズは多様化しました。利用者の期待に応えるためには、自前ですべてを賄うことはできません。

 この提携は多くの人にメリットがあります。売店を展開していた小田急商事がフランチャイズでセブン-イレブンを経営するので、売り上げが増えれば小田急商事は実入りが増えます。売り上げが良くなるということは利用者の選択肢を増やすことができたということです。

 場所を貸す小田急電鉄にとっても、賃料増になります。セブン-イレブンもこれまで出店していなかった小田急線の駅ナカに展開する機会を得たことになる。駅に関わる多くの人が幸せになります。

―― 事業領域が非常に多岐にわたりますが経営で大切にしていることはなんですか。

星野 常々考えているのはお客さまが第一であること。そしてお客さまと直接やり取りをする駅の係員など現場の職員に敬意を払うことです。

 本社や経営陣は現場を下支えする役割です。あとは組織で仕事をしているので、私の出番は限られています。

 部下はトップの考えをすべからく徹底しないといけないような気にもなってしまいますが、そんな必要はありません。社内から良いアイデアがでるように仕事のしやすい環境を整えること、それが私の仕事です。

 

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