テクノロジー

電気炊飯器や電子レンジなど、新たな家電の登場は人々の暮らしを変えてきた。近年は、インターネットに接続されるIoT家電も増えている。そんな中、3Dプリンターが、調理家電に加わろうとしている。新たな調理器具の登場は、われわれの生活をどう変えるのか。文=和田一樹(『経済界』2020年2月号より転載)

 

 

テクノロジーが実現する未来の料理の可能性

 

機械が料理を自動生成

 米国のSFテレビドラマ「スタートレック」シリーズには、「レプリケーター」という、実物とほとんど変わりのないコピーを作り出す、3Dプリンターのような装置が登場する。

 宇宙船に乗る各クルーの部屋には、「フード・ディスペンサー」と呼ばれる食品用のレプリケーターが設置されており、船内には厨房は存在しない。各自が部屋でフード・ディスペンサーに向かって音声で注文すれば、装置の中で食事が合成され、食器付きで自動販売機のように出てくる。

 このレプリケーターのお陰で、スタートレックの世界では、食材の貯蔵や調理技術の不足などの問題は存在しない。

 また、同作の中では、料理を自分でわざわざ作るのは、高級な趣味となっており、料理をするとしても食材すらレプリケーターで作られる。

 スタートレックの世界のように、機械が自動で食事を作成してくれると聞くと絵空事のように思えるが、遠い未来の話ではない。

3Dプリンターを導入した「超未来すし屋」

 大手広告代理店の電通は、山形大学、デンソーウェーブ、東北新社と連携してあらゆる食をデータ化し「FOOD BASE」に蓄積することで、世界中で料理データをシェアし、誰もがダウンロードできるオープンな“食”のプラットフォームの構築を目的とする「OPEN MEALS」構想に取り組んでいる。

 2020年には、その構想の一環として、特製の3Dプリンターや人工光ファームをはじめとした、最先端のテクノロジーを詰め込んだ、今まで誰も味わったことのない寿司を提供する「超未来すし屋」を東京にオープンさせる予定だ。

 超未来すし屋では、予約完了時に送られてくる専用の「ヘルスキット」を利用し、来店者の唾液、尿、便を採取する。キットで提供された情報を元に、遺伝子、腸内細菌、栄養状態などを検査し、体質や不足栄養をデータ化して利用者のヘルスIDを発行する。

 このIDから、客の健康状態に最適な食品を、複数の3Dプリンターやロボットアームなどで加工し、握りや軍艦といった定番のスタイルや球体、キューブ型などさまざまな形にデザインされた3Dプリント寿司を生成し提供するという。

超未来すし屋

電通が計画しているOPEN MEALS構想「超未来すし屋」のイメージ

色、味、栄養素をデータ化し寿司を出力

 OPEN MEALS構想は、電通社内のコンペでアートディレクターの榊良祐氏が提案したアイデアから始まった。

 榊氏は、19年10月下旬に都内で行われた食ビジネスのカンファレンスで、「これまで電通は広告コミュニケーション領域でさまざまな専門家との関係を築いてきました。OPEN MEALSは、電通が培ってきたクリエーティビティと専門家のネットワークを社会のために活用していく構想です」と、取り組みの意図を語った。

 電通は18年に米国テキサス州オースティンで開催されたテクノロジーとクリエーティブの祭典「SXSW2018」で、「XD -MULTIPLY YOU-」というテーマの提案を行った。テーマの趣旨は、大学で研究中の先進技術やクライアント企業が持つテクノロジーに、電通のアイデアとクリエーティビティーを掛け合わせることで、人の心を動かすイノベーションを起こすことだという。

 SXSW2018では、4つのプロジェクトの展示とプレゼンテーションを実施し、その中で榊氏は「SUSHI TELEPORTATION」と題して「寿司を転送する3Dフードプリンター」を出展し話題を集めた。

 これは、東京で職人が握った寿司の色、味、栄養素などをデータ化し、そのデータを基にSXSWの会場でロボットアーム型3Dプリンター「PIXEL FOOD PRINTER」から寿司を出力するという、新たな食の可能性を提案するプロジェクトだった。

 電通がプロジェクトの発案・企画・プロデュースを行い、山形大学が3Dフードゲルプリンターの開発、デンソーウェーブがロボットアームの開発・制作、そして東北新社がプロジェクトマネジメント・映像制作をそれぞれ担当した。

 

3Dフードプリンターで未来の料理はどうなるか

 

NASAも注目する3Dフードプリンター

 一般的な3Dプリンターは、3次元CADデータの設計図を元に、スライスされた2次元の層を1枚ずつ積み重ねて、立体モデルを製作する。従来は製品の試作段階の造形で使用されることが多かったが、3Dプリントの技術が進化し使用できる素材が多様化したことで試作品の製造以外でも用途が広がった。製造業を中心に大きなインパクトを与えている。

 そんな3Dプリンターを食品に応用したのが「3Dフードプリンター」だ。

 3Dフードプリンターに注目が集まるきっかけになったのは、13年にNASAが、3Dフードプリンターを開発するシステムアンドマテリアルズリサーチ社に12.5万ドルの助成金を提供したことだった。

 システムアンドマテリアルズリサーチ社は、インクジェットカートリッジに乾燥したタンパク質や脂肪などの主要栄養素や香料などをセットし、ハンバーガーやピザなど、さまざまな形や食感の食べものを3Dプリント技術で出力するという事業を行っていた。

 NASAが特に着目したのは、食を3Dでプリントする技術が、人間が宇宙に長期滞在する際にも役立つのではないかという点だ。3Dプリンターを使用すれば、宇宙空間という非常に限定された環境でも簡単に食事を作ることができる。

3Dフードプリンターが一家に一台の時代に

 電通が「超未来すし屋」で計画しているように、3Dフードプリンターには、パーソナルウェルネス食の実現という大きな可能性がある。

 私たち一人一人の身体の状態には個人差があるし、同じ人でも日々の健康状態には差がある。健康維持のために必要な栄養バランスも個々人で異なる。

 そこで、個人の年齢や性別、遺伝情報、病気の有無、その日の体調、食事の嗜好などのデータを3Dフードプリンターに入力し、個人にとって最適な食材や調理法で栄養素を完全に制御した食事を実現する、そんな未来食が考えられる。

 このほかにも、レシピをデータ化することで、家庭の味を継承できたり、世界各国の伝統料理の保存といった社会的な意義もある。ユニークな用途としては、有名シェフの調理法を再現したり、一流アスリートと同じ食事メニューを採ったり、アイドルの手料理を世界中のファンに届けるといったことも実現できる。

 テクノロジーの進歩は、人間の生活スタイルを変えてきた。近年は、住居そのものや家の中にあるさまざまな家電をネットワークに接続し、エアコンの温度調整や照明の調節などを一括管理することで、快適な住環境を実現しようというスマートホームと呼ばれる取り組みや、シャープのウォーターオーブン「ヘルシオ」や自動調理鍋「ホットクック」のようにネットにつながることで調理工程をデータ化できるキッチン家電も登場している。

 3Dフードプリンターが、電子レンジや冷蔵庫のように一家に1台おかれる時代が来るのかもしれない。

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