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23年の長期政権に幕を引くイオン・岡田元也社長の残したもの

イオン岡田元也

イオンの岡田元也氏が23年間務めた社長の座を降りて会長に就任する。この長期政権の間に、イオンはM&Aを繰り返し、日本最大の流通グループに成長した。その一方で、総合スーパーなど小売部門の低収益やIT・物流戦略への出遅れなど、残された課題も多い。文=ジャーナリスト/下田健司

岡田元也氏の後継新社長に選ばれたのはデジタル部門担当者

流通大手イオンのトップが交代する。3月1日付で、創業家出身の岡田元也社長(68歳)が会長に就き、吉田昭夫副社長(59歳)が社長に昇格する。

イオンは2019年3月から代表執行役副社長3人体制をとってきた。ディベロッパー事業担当兼デジタル事業担当の吉田氏、GMS(総合スーパー)事業担当兼国際事業担当の岡崎双一氏(61歳)、SM(スーパーマーケット)事業担当の藤田元宏氏(64歳)だ。

吉田氏はSC(ショッピングセンター)開発・運営のイオンモール社長、岡崎氏はGMSのイオンリテール会長、藤田氏はSMのユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス社長を務める。

代表執行役副社長3人を据えたのは、デジタル戦略、GMS・SM改革の加速が狙いだが、次期社長をにらんだ人事でもあったのだろう。

吉田氏は1983年に前身のジャスコに入社した生え抜き。イオンリテールを経て、2011年にイオンモールに転じた。中国を中心にSC開発経験を積み、15年に社長に就いた。

イオンの社長交代は23年ぶりだ。

長期政権につながった創業家の求心力

元也氏がイオンの社長に就いたのは1997年。田中賢二社長が旧第一勧業銀行時代の総会屋利益供与事件で逮捕され、辞任したためだ。専務取締役に昇任したばかりの元也氏が46歳の若さで急遽登板することになったのである。

イオンの源流の1つが岡田屋(三重県)。7代目の父・卓也氏(94歳)が1970年、フタギ(兵庫県)、シロ(大阪府)との合併によって、前身のジャスコを誕生させ、社長を務めた。84年会長に就き、2000年に名誉会長相談役に退いた。元也氏はその父の後を引き継いだ。

20年超という長期政権。元也氏は「こんなに長くやると思っていなかった」と話すが、裏を返せば後継者を育てられなかったということだ。

社長在任が長期化すれば、組織に澱もたまれば、きしみも生まれる。だが、イオンという巨大流通グループを束ねることができたのは、創業家の求心力があったことも確かだろう。

元也氏には長男・尚也氏(36歳)がいる。15年にイオンリテールに入社し、グループ子会社の小型スーパーまいばすけっとを経て、現在オーガニックスーパー、ビオセボン・ジャポン社長を務めている。将来の社長有力候補だ。

卓也氏は74歳で会長を退いた。会長として引き続き創業家の威光を放つ元也氏が世襲のタイミングをどう考えるか。当面、吉田氏の手腕に注目が集まるが、将来スムーズな継承を図るうえで、尚也氏の今後の処遇もポイントとなってくるだろう。

M&Aによって業容を拡大した元也社長時代

イオンの19年2月期連結営業収益(売上高に相当)は8兆5182億円。連結子会社293社、持分法適用関連会社29社、グループ従業員数58万人を擁し、店舗数は国内外合わせて2万1996店に達する(19年2月期末)。

この巨大流通グループの土台をつくり上げたのが卓也氏だ。

卓也氏はジャスコを誕生させると、全国各地の小売業との提携、合併を進めていく。手を組んだ相手の自主性を重んじる「ゆるやかな連帯」を標榜し、グループ企業を増やしていく。ドラッグストア連合の結成もそのひとつ。1995年にツルハと業務・資本提携を皮切りに、全国各地のドラッグストア企業と手を組んでいった。

今やイオンの稼ぎ頭となったSC開発に乗り出したのは早い。69年、三菱商事との共同出資でSC開発のダイヤモンドシティを設立し、郊外型SCの開発を進めていった。もうひとつの稼ぎ頭である金融では、81年に日本クレジットサービス(現イオンクレジットサービス)を立ち上げている。

バトンを引き継いだ元也氏は、卓也氏が築いた経営基盤をベースに売上拡大のスピードを加速する。最も大きかったのは、過大投資で経営破綻した大手小売業を取り込み、成長に結びつけたことだ。社長就任時の連結売上高2兆3401億円(98年2月期)を3.6倍に拡大させた。

岡田元也

M&Aによって売り上げを急拡大させた当時の岡田元也氏

ライバルのセブン&アイ・ホールディングスのM&A(合併・買収)といえば、百貨店や専門店くらい。コンビニエンスストアを軸に据え、M&Aとは距離を置いていた。これに対し、イオンは全国各地のスーパーやドラッグストアを取り込み、業界再編の受け皿となった。

97年に倒産したヤオハン・ジャパンを2000年に完全子会社化。03年には茨城県が地盤のカスミに資本参加。同年には、01年に経営破綻したマイカルも手中に収めた。さらに11年には中・四国地盤のマルナカと山陽マルナカを子会社化している。

14年にはドラッグストア連合の1つ、ウエルシアホールディングスを子会社化。15年には、07年に資本提携したダイエーを完全子会社化、そしてダイエーグループだったマルエツにも出資した。15年にはカスミとマルエツを経営統合しユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスを発足させ連結子会社化。19年には中・四国地盤のフジに出資している。

大きく変化したイオンの事業構造

度重なるM&Aの結果、事業の売り上げ・利益構造は大きく変わった。

01年2月期の連結売上高は2.7兆円。このうちGMSが7割近い1.8兆円で、SMは0.3兆円にすぎない。これが19年2月期には連結売上高8.5兆円のうちGMS3兆円、SM3.2兆円と、SMがGMSを上回る規模にまで拡大している。全国のSMを糾合していった結果だ。

しかし、事業別の営業利益をみると様相は異なる。

19年2月期をみると、GMS115億円、SM251億円、ヘルス&ウエルネス262億円、総合金融708億円、ディベロッパー555億円、サービス・専門店197億円、国際34億円だ。主力は総合金融とディベロッパーで連結営業利益2122億円の約6割を稼ぐ。ドラッグストア大手のウエルシアホールディングスを子会社化したことで貢献度が高まったのがヘルス&ウエルネス。収益の柱の1つに育ってきている。

問題はGMSとSMだ。それぞれ売上3兆円超の規模ながら利益はわずか。GMSは全体の1割に満たず、SMは1割強にとどまっている。

1%に満たないイオンリテールの利益率

2000年代に入ってM&Aを加速させる一方で、元也氏が推し進めたのがIT・物流改革だ。00年頃は米ウォルマート、英テスコ、仏カルフールなど大手外資小売業の日本進出が始まろうとしていたころ。規模もさることながら、収益力で劣っていたイオンがこれに対抗しようという狙いがあった。

01年、社名をイオンに変更し、長期ビジョンを発表。10年までに売上高を7兆円にし、小売業世界ランキング10位以内を目指すという「グローバル10」を掲げた。長期ビジョンの目指すところは売上拡大だけでなく、主力事業GMSの収益性の改善である。当時、営業利益率は1%程度。これを5%以上に引き上げる目標を掲げた。IT・物流改革によってコスト構造を変えようと考えたのである。

しかし、GMSの収益性の改善は現在に至るまで成し遂げられていない。中核企業イオンリテールの19年2月期の営業利益率はわずか0.5%。19年3~11月期も148億円の営業赤字。イオンに移管された旧ダイエーGMS店舗も営業赤字で、収益の足を引っ張っている。

GMSの凋落は今に始まったことではない。ライバルのイトーヨーカ堂も長らく苦境に陥ったままだ。「ユニクロ」や「ニトリ」を始めとしたSPA(製造小売)型の専門店の攻勢が強まる中で、旧態依然としたGMSの品揃えは消費者行動と乖離していった。

イオンは17年、GMS改革としてイオンリテールの衣料品や住居関連品について商販一体型の専門会社を立ち上げる方向を打ち出した。言ってみればGMSの分割だ。ただ、既にイオンリカーやイオンバイクなど分社化した例があり、目新しさはない。方向性は打ち出したものの、現時点で具体的なプランは公表されておらず、むしろ目立つのは動きの鈍さだろう。

一方、SMも営業利益率は0.8%にとどまる。SM改革として打ち出しているのが、北海道、東北、東海中部、近畿、中四国、九州の全国6エリアにある事業会社をエリア別に再編・統合することだ。エリアごとに重複コストを削減し収益力を高める狙いだ。

既に中四国では19年3月にマックスバリュ西日本、マルナカ、山陽マルナカの3社が経営統合。9月にはマックスバリュ東海がマックスバリュ中部と経営統合した。しかし、九州ではイオン九州、マックスバリュ九州、イオンストア九州が予定していた経営統合を延期している。業績不振が延期の理由だ。SM改革の行方も視界不良だ。

岡田元也氏が残した課題

元也氏が積み残した課題には、GMS・SM改革に加えて、デジタルへの対応もある。イオンは11年度からの中期経営計画でデジタル化を必ず柱の一つに掲げてきたものの、その歩みは遅かった。

動き出したのは18年からだ。米ボックスド、独シグナスポーツユナイテッドというネット通販企業に出資。19年にはグループのデジタルソリューションを手掛ける新会社を中国に設立した。そして、英ネットスーパー最大手のオカドと提携。23年にAIとロボットを使った物流センターを開設する予定だ。20年度までの3年間に、ネット通販事業を含むIT・物流に5千億円を投じ、グループで1%に満たないネット通販売上比率を12%に伸ばす目標を掲げていた。

この10年、つねに経営目標に掲げながら、停滞してきたイオンのデジタル戦略。GMS・SM改革と併せて、デジタル戦略にどんな具体策を打ち出していくのか。吉田氏に巨艦イオンの舵取りが託される。