日本M&Aセンター設立に参画し、同社初のM&Aコンサルタントとなった大山敬義氏。以来25年で、100件以上のM&A案件の成約実績を持つ。経営者が後継者に伝えなくてはいけない一番大事なものとは何か。またその時期はいつごろから取り掛からなくてはいけないのか。
経営者は、有形・無形の財産を残して逝くべし
―― 経営トップが亡くなれば、事業承継や相続などが発生します。その際の注意点を。
大山 私も仕事柄、経営者のお別れの会などに参列することがあります。もちろん悲しい気持ちになるのですが、一方でとても素敵な最期だなと思います。社葬やお別れの会は、送り出したいと思う人たちがいて実現するものだからです。会社の考え方、働き方や生き方、DNA、一緒に過ごした時間など何か残してくれた経営トップだったから行われたはずで、お別れの会はつまりは見事な経営者人生を送った証しだと思います。そうした有形・無形のものを残して逝ったのだから、この会社は今後も大丈夫だと、お別れの会に参列して安堵したこともあります。
―― そういう良い事例ばかりだといいのですが。
大山 反対に、ワンマンでリーダーシップがあって会社を大きくしたけど、何も残さないどころか、すべて墓場まで持って行ってしまった経営者もいます。ある中小企業の会長が亡くなった時には、会社の通帳や印鑑がどこにあるのか、借り入れがどれくらいあるのか、手形をどう切ったかも分からない。会社は大混乱になりました。後継社長の息子さんを含め、人を信用できなかったのでしょう。社葬が行われることはなく、残念ながら会社は数年後に倒産してしまいました。人生やり切るだけやって綺麗に清算し、宿題を残したまま死ぬべきではありません。死ぬときは人生の総決算です。そこで黒字だったのか赤字だったのか。お別れの会を行ってもらった経営者は、間違いなく黒字で亡くなったはずです。
―― 後継者に上手に引き継ぐにはどうしたらいいと。
大山 辞める5年前には少なくとも前線から退きましょうとアドバイスしています。物事を伝えるには5年くらいかかるからです。65歳で引退するなら、60になったら引きましょう。日本人男性の平均寿命は80歳ですが、健康寿命は70歳なので、70を過ぎたらいつ業務遂行できなくなってもおかしくない。5年前に引こうというのは意味があって、社長が現場を握っていると物事が引き継がれないからです。社長の頭の中に会社の設計図が全部入っている。それを伝えないと、後に続く人たちがどうしようもない。社長がいなくても会社が回るようにするためには、それくらいの期間が必要なのです。
「後継ぎになりたければ、鍋蓋を売れ」
―― まだ元気な経営者は、頼られなくなったら寂しいでしょう。
大山 潔く割り切って決断すべきです。これができたら社長は暇になる。この暇が大事だと思うのです。最後くらいは楽しむために自分の人生を生きたらいいのです。地元の祭りなどで世話役をするとか、社会のため、家族・奥さんのため、ということでもいいでしょう。でも今度は借金はダメです。そのためには現役のうちに金銭面のリスクヘッジをしておくこと。M&Aでこれを築くのもいいでしょう。目指すは、先に述べたような有形・無形の財産を作り上げて、周囲から感謝される“スーパーおじいちゃん”です。
―― 有効な相続対策にはどのようなものがありますか。
大山 今は税務対策上の特効薬はありません。大事なのは、誰に何を残すのかということ。事業承継税制では、減税を受けられるのは代表取締役の相続人一人だからです。残りの人には株式はほとんど渡せないし、渡すものは公平でなければいけない。これはなかなか難問です。
近江商人の「てんびんの詩」という教材があります。小学校を卒業した近江商人の息子が、親から「後継ぎになりたければ、鍋蓋を売れ」と命じられます。何カ月もいろいろやったけど、どうやっても売れない。鍋蓋だけで、鍋がないことには売れるはずがない。最後に訪れた農家の洗い場に汚れた鍋があり、無心に洗っていると、その農家の奥さんが鍋蓋を買ってくれた。主人公の、鍋を洗うという鍋への感謝といつくしみの気持ちの体現が鍋の持ち主の心の壁を低くし、気持ちが通じて初めて売ることができたと。近江商人は小さいころから後継者教育をやっていたという教訓です。後継者に物事を伝えるにはそれだけの時間がかかるものなのです。会社は一代で終わるものではありません。自分が成し遂げられなかった大望は、後に続く者が引き継いで行ってくれることを見越して、自分は捨て石になる、くらいの気概で次世代への後押しをしてほしいものです。
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