ガソリン車からEVへの流れは、単にクルマが変わるだけではない。クルマが基幹産業であるだけに、その影響は日本の産業界全般に及ぶ。その時、一体何が起きるのか。企業グループ、企業城下町はどう変わってしまうのか。文=関 慎夫 Photo=佐藤元樹
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EVの普及で自動車城下町が消滅
自動車産業には膨大な裾野産業が広がっている。ティア1、ティア2と呼ばれる1次、2次下請けだけでなく、3次、4次、5次下請けまでを含めると、就業人口は約550万人。日本の全就業者数の約9%を占める。その生産額は52兆円で、全製造業の2割弱、日本のGDPの約1割を占める。これだけを見ても、日本経済にとってなくてはならない存在であることが分かる。
愛知県豊田市のトヨタ自動車周辺、あるいは広島市のマツダ周辺は、自動車関連工場ばかりで企業城下町を形成し、地元経済のみならず政治にも大きな影響力を持つ。
ところが、このままいくと、企業城下町がなくなる可能性がある。ガソリン車とEVでは、製造工程が全く異なるためだ。
自動車は通常、2万~3万点の部品でできている。中でも点数が多いのがエンジン部品で、1万点近い部品を組み立てている。ところがEVでは、部品点数は激減、およそ3分の2の部品があれば1台のクルマが完成する。
クルマの構造を考えてみればよく分かる。ガソリン車は、燃料タンクのガソリンをホースで運び、空気と混ぜてシリンダー内に噴射、その爆発エネルギーを回転エネルギーに変え、トランスミッション、車軸を通じてタイヤを回す。
EVはガソリンタンクの代わりにバッテリーを積むが、モーターとはケーブルで結ぶだけ。複雑な機構は必要ない。しかもモーターと車軸を直結、モーターの回転数だけで速度をコントロールするためトランスミッションも必要ない。構造は極めてシンプルだ。その分、部品は少なくていい。
しかも製造工程は極めて家電に近くなってくる。これまで自動車部品は、メーカーと下請けが二人三脚でつくってきた。必要があればメーカーは下請けを支援し、独自仕様の部品を仕入れていた。最近でこそ、汎用品を使う部分が増えてきたが、基本は完成品メーカーと部品メーカーが一体になって1台のクルマを仕上げてきた。
ところが家電製品の場合、キーデバイスを除けば汎用品の組み合わせによって出来上がっている。汎用品でない部分もユニット化しており、工場ではそれを組み立てるだけ。自動車メーカーが得意とするすり合わせの技術はほとんど必要ない。EV製造は限りなくこれに近くなる。
もし現在のガソリン車がすべてEVに置き換わると、ティア1でさえ、売り上げの3分の1が失われるという。それでも、ティア1のような力も資本もあるところなら、その技術力で新たな取引先を開拓することも可能かもしれない。しかし3次や4次の下請け企業にそれを求めるのはむずかしい。かといって、完成車メーカーが面倒を見ることは不可能だ。そうなれば淘汰されるしかない。
2017年2月、日産自動車はティア1である子会社、カルソニックカンセイの全株式を売却した。これは今の自動車業界を象徴する出来事だ。これから自動車産業は、垂直統合モデルから水平分業モデルへと移行する。
これは家電メーカーの通ってきた道でもある。水平分業では、部品は特定の企業から購入するのではなく、世界中の部品メーカーの中から最適な相手を選ぶ。必要なら、完成品組み立てさえ外部に委託するケースも珍しくはない。アップルなどはその方法で製造コストを極限まで落としている。
その場合、特定の親子関係はむしろ足かせになる。日産はカルソニックカンセイに続きEV「リーフ」の電池を製造している会社の株式も手放した。かつて日産は、カルロス・ゴーン氏(現会長)の号令一下、「日産リバイバルプラン」(NRP)を実行、取引先を半減させた実績がある。長年の取引先からは恨み言も言われたが、これを断行したからこそ、V字回復することができたのだ。その日産にしてみれば、「不要になった親子の縁は切って当然」ということなのだろう。
EV普及は日本の全産業を変える
この波は、企業城下町や自動車メーカーのグループ企業を乗り越え、日本の全産業にまで及ぶことになる。
今回の東京モーターショーにメルセデスベンツグループのスマートが、1台のコンセプトカーを出品した。「EQ」と名付けられたこのクルマは、ハンドルやペダルもない完全自動運転車で、シェアリングして送迎用などに使われる。スマートの責任者を務めるアネット・ウィンクラー氏は「30年の実用化を目指す。これは物事のルールを大きく変える」と、このクルマが今後のスタンダードになると宣言した。
ただでさえEVで部品点数が減るのに加え、ライドシェアが恒常化すれば、自動車の販売台数も激減する。そうなると自動車産業が国の基幹産業であり続ける保証はない。しかも完全自動運転が実現するということは、交通事故がなくなるということでもある。この影響も大きい。
今のクルマの安全性は、衝突することを前提に設計されている。しかしEQのようなクルマにその前提は必要ない。ボディ剛性もそれほど考慮しなくてもいいため、送迎や買い物などのタウンユースなら、ボディが鉄でなくても問題はない。
日本の鉄鋼業の国内需要の3割は自動車産業が占めている。しかしEVと自動運転の進展により、この需要が減る可能性が強い。前述のNRPによって、国内鉄鋼メーカーは再編を余儀なくされ、新日鉄住金とJFEスチールが誕生した。これが再度の再編に追い込まれてもおかしくない。
逆に、スポットが当たるのが化学素材メーカーだ。前稿で見たように、EVのキーデバイスはバッテリーとなる。その航続距離を最大限伸ばすには、車体の軽量化がもっとも手っ取り早い。それだけに安全性をそれほど考慮しなくていいのなら、プラスチックボディのクルマが現実味を帯びてくる。家電製品に使われている素材が、クルマにも多く使われるようになるということだ。
「鉄は産業の米」と言われる。しかし自動車産業が大きく変わることによって、これからは「プラスチックは産業の米」と言われる時代が来るかもしれない。
クルマの変化によって産業の大転換が起きようとしている。
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