インタビュー
今年4月にディー・エヌ・エー(以下、DeNA)の社長に就任した岡村信悟氏は、2016年に総務省からDeNAへ転職した。大学・大学院時代は文学部で歴史を学び、その後の21年に及ぶ官僚人生では総務省でIT政策などを担当してきた。歴史への造詣の深さや官僚としての経験は、今後の経営にどう反映されるのか。聞き手=唐島明子 Photo=佐々木 伸(『経済界』2021年8月号より加筆・転載)
岡村信悟・ディー・エヌ・エー社長兼CEOプロフィール
DeNAの歴史を踏まえ、日本を代表するITサービスの会社に
―― 4月1日付でDeNAの社長に就任しました。現在の心境を教えてください。
岡村 2016年10月から横浜DeNAベイスターズの社長をしていました。過去2年間はDeNAのCOOでもあり、南場(会長)や守安(前社長)と密なコミュニケーションを取りながらDeNAの経営をしていましたので、この会社をどうしたいかという思いは持っていた。そうした中で社長就任が年明けごろに明らかになり、取締役会の場で南場から言われました。4月に入っていよいよ守安から引き継ぎ、球団の社長になったとき以上の重責とともにやりがいも感じています。
―― もともと社長をやりたいという意欲があったのでしょうか。
岡村 COOになった頃から社長をやってみたいと考えるようになりました。DeNAには球団、球場を含めたスポーツ事業、それからゲームを中心としたエンタメ事業があり、何より私たちの出自はインターネットです。昨年来の新型コロナで社会が大きく変わる中、DeNAの20年の歴史を踏まえ、日本を代表するようなITサービスの会社にしていきたいです。
―― 南場さんは会長に留まるものの執行役員から離れ、守安前社長は6月の株主総会で取締役を退任する予定です。これまで3人で密にコミュニケーションをとっていたとのことですが、今後は新しい相談相手、新しい経営スタイルになりますか。
岡村 基本的には各事業領域でそれぞれのメンバーが自立的にやってくれる状況になってきていますので、彼らをつなげていくのが私の役割だと考えています。そして経営スタイルも変わるのではないでしょうか。私自身が歴史や文学をやっていたこともあり、中長期の見通しを今まで以上に重視します。もちろん短期的な業績も大切にしながら事業は進めますが、過去も含めて世の中を俯瞰的にとらえながら経営判断をしていきます。
新しい秩序を作る公共の磁場をコーディネート
―― 岡村さんはDeNAに入る前は総務省の官僚でした。DeNAへの転職は大きな転機でしたか。
岡村 総務省での仕事は好きで、21年間、国家公務員として働いていました。そこからDeNAに転職したのは最大の転機です。
大学では文学部で歴史を学び、大学院へ進学して学者になろうとしていました。そしてこれも大きな転機の1つですが、そこから方向転換して今は総務省である郵政省に入りました。入省してから担当したのはIT政策です。多様な関係者が集まって新しい価値や秩序を創造するための場、これを私は公共の磁場と呼んでいますが、それを作ったりしていました。
ドコモの〝公式サイト〟であるiモードが席巻していた時代から、その垂直統合が崩れ、モバイルインターネットの世界には〝勝手サイト〟がたくさん登場し、その中にDeNAもいました。では新しいITの世界でどんな秩序を作るのか、どうしたら産業を伸ばしながら青少年の保護ができるのかということを考えることが当時の大きなテーマでした。
―― そこで南場さんと出会ったのですか。
岡村 07年頃から話題になった携帯電話のフィルタリング問題では、それまでモバイルポータルサイト「モバゲータウン」で伸びていたDeNAが世間からパシャっと叩かれました。
南場ともそのフィルタリング問題で出会いましたが、最近ニュースになっているような官民の癒着なんて全くありません。国家公務員は利益に引きずられることなく、純粋に公共のために動ける素晴らしい仕事だと私は考えています。
そして当時は公務員として公共の磁場をコーディネートし、PTA会長やコンテンツを作っている企業など利害が対立する人たちを同じ場に集めてつなぎ、コミュニケーションしてもらいました。そうするとヘーゲルの弁証法のように、ある命題(テーゼ)があると、それを否定する反対の命題(アンチテーゼ)が出てきて、さらにそれらを統合した命題(ジンテーゼ)が導き出され、問題の解決策が出てくるんです。
最近は国家公務員の人気がなくなっていて本当に気の毒だなと思いますが、あの頃は民主党に政権が移る直前で与野党ともに伯仲していて、霞が関的な動きができる時代でした。
激動の21世紀には民間の知恵が必要
―― 南場さんからDeNAに誘われ続け、7年目にして転職を決意したそうですね。
岡村 何度も断り続けていたのに、南場はとにかくあきらめなかった。鈍感なのか超敏感なのかどちらかでしょうが、本当によくめげないなと思いました(笑)。
―― 転職を決めた理由は何ですか。
岡村 21世紀は激動の時代で、その変化はまだ続いています。1970年に生まれた私にとって最初の20年間は安定した世界でしたが、それが平成になる頃(89年)からガラガラと崩れていった。バブルが崩壊して日本の経済成長は止まり、他方で冷戦構造は終わってグローバル化が進み、中国が台頭してインターネットが普及した。ますます混沌としていて、私たちは次世代にどんな未来を託していったらいいのか、政府の役割って何だろうと真剣に問うようになりました。
自分一人では何もできないから人の力を結集しなければならない。だからこそ社会システムがあり、東インド会社から始まった株式会社がある。そして19世紀、20世紀へと時代が進むにつれ、帝国主義的な枠の中で発展してきていたものがその枠を超えるようになり、しかも政府の力は相対的に衰えつつある。これから人間の諸活動の基盤になるのは株式会社だろう。では、その株式会社で何ができるだろうかと考えるようになりました。
GAFAが政府よりも強くなっている時代です。公共の磁場を作り、新しい価値を創造して秩序を見いだしていくには、これからは民間の力がますます重要になりますし、むしろ政府をリードするくらいの勢いが必要です。
―― ただ、公共の磁場を作ることを考えたとき、公務員であれば利益は求められませんが、民間企業では利益を出さなければなりません。
岡村 利益は絶対についてきます。現在はかつてのように1つのサービスで世界を席巻する時代ではなくなり、個人の欲望が多様化、複雑化してきています。その欲望を満たすには民間企業の知恵、新しいサービスの絶え間ない創造が必要になりますし、結果としてそれこそが商売なのです。
エンタメでの経験を生かし楽しませながら世界を変える
―― 今後はどのような事業領域に注力しようと考えていますか。
岡村 これから力を入れたい事業は私たちのビジョンでも謳っているエンターテインメントと社会課題解決です。ライブ配信アプリ「Pococha(ポコチャ)」を中心としたライブストリーミング事業も最近は伸びてきましたが、売り上げの主力であるゲームが中心のエンタメ領域はボラタリティが大きいです。その中でもDeNAらしいゲーム事業とは何か考え、インターネット企業としてテクノロジーを自在に活用しながら、エンタメと社会課題の両方をやることでシナジーを生み出していきます。
例えば横浜DeNAベイスターズには球場があります。スポーツはエンタメの要素を含みながら、地域と密接につながって地元の活性化を担う存在でもあります。横浜を賑やかにしていくためにスタジアムやアリーナをどう活用できるか。社会課題解決にも広がる事業です。横浜スタジアムから市庁舎街区にかけてのスマートシティの取り組みにもあるように、地域というリアルな空間との接点を持ちながらインターネットの空間にもまたがる。そういう強みを意識しながら、事業を展開していきたいです。
―― IT企業が経営する球団としては、福岡ソフトバンクホークスや東北楽天ゴールデンイーグルスがあります。その中でDeNAの特徴はどこにあるのでしょうか。
岡村 ソフトバンクや楽天と似ている一方で、私たちは通信や金融、ECサイトなどのプラットフォームを持っているわけではなく、ゲームのようなエンタメ領域で成功している企業です。
インターネットの世界でみなさんに楽しんでもらい、コミュニティを作ったり、盛り上げるためのイベントを企画したりしながらエンタメを浸透させていく。その手法がユーザーエンゲージメントにつながります。私たちはヘルスケアやタクシー配車アプリなどの事業も展開しています。楽しみながら健康づくりをする、楽しみながらモビリティの世界を変えていくところに貢献できると考えています。
―― これからDeNAが目指す方向性を教えてください。
岡村 今年に入って新しいミッションを掲げました。「一人ひとりに 想像を超えるDelightを」です。
ITでグローバル化が進み、モバイルの普及でバーチャル空間が広がり、個が解放され、個が発信するという大きな潮流があります。価値観が多様化してより複雑になる世界で、みんなが自分というものに対して意識的になっている。それで自分なりの価値の追求をしたいという思いがあるけど、満たされるようで満たされない、不安に陥ったり陥れられたりするのが今の世の中です。ただ一人一人が大事であり、その一人一人が楽しく生き、「いい人生だな」と思えるような喜び、パッと輝くようなDelightを少しでも多くの人に届けたいと考えています。
また組織としても、21世紀型のフラットな組織で個を重視しながらも連帯感も大切にして、場を活性化していきたいです。ベイスターズと同じで、DeNAギャラクシーを作っていく。つまり太陽系で太陽だけが輝くのではなく、宇宙全体でみんなが星となって輝く。一人一人が存在しているからこそ星座ができる、そんな組織を作っていきたいです。