戸村光の「進撃のベンチャー徹底分析」(第5回)(『経済界』2021年10月号より加筆・転載)
シリコンバレーで起業し、ベンチャー企業や投資家に関する豊富な情報を武器に活躍するハックジャパンCEOの戸村光氏。本連載では、 独自の視点から 同氏が注目する企業を毎回取り上げ、その事業戦略や資金調達の手法などを解説する。
偶然の出会いから自らを成功へ導く
社会の第一線で活躍する経営者の多くに共通していることがある。それは、「自分は運が良い、ついている」と口癖のように言うことだ。これは、人との出会いを無駄にせず、経営に生かしていく姿勢にも表れる。
人の人生は自分が最も深く付き合う周りの五人で形成されるとも言われるが、成功者ほど誰と付き合うかを意識して人生を楽しむ傾向にある。スタンフォード大学ジョン・D・クランボルツ教授は、「偶然的な出会いを自ら設計し、自分のキャリアをより良い方向へと導く考え方」を提唱し、「計画的偶発性理論」と呼んでいる。
本記事では、まさにその理論を事業へと生かし、6億円の事業売却に成功した若干25歳の経営者、鎗屋蓮氏にフォーカスする。
メンターから学び大手への事業売却に成功したスタートアップ
鎗屋氏は、祖父、父親と続く経営者一族の長男として生まれた。小さい頃から経営者という存在が身近にあったことが、10代の若さで起業を志した背景にある。
R’smovingという配送会社を興した鎗屋氏が、短期間で成功した大きな要因がメンターの存在だ。鎗屋氏がまだ19歳だったある日、カフェのカウンターで偶然隣の席に座った人物と知り合い、自ら事業を興すことを決意。その人物の詳細は本人の意向によりここでは紹介できないが、事業に関するさまざまなアドバイスを鎗屋氏は受けたという。
メンターからは、人材を集めて教育する制度、営業ノウハウ、配車時の実務テクニックなど、配送業を営む上で必要なさまざまなことを学んだ。配送品目を単価の高い製品に特化するとともに、ドライバーには管理コストが低く生産性の高い20代の人材を中心に雇用することで、競合他社より高い収益性を実現。また、同じく配送業を営んでいるメンターの会社からは、下請けの仕事ではなく直受けでの仕事を紹介してもらったという。それらの結果、創業わずか1年で従業員50人の会社にまで成長を遂げた。
事業が順調に伸びる中、2020年に突如として世界中に拡大した新型コロナ禍も追い風となった。多くの国や地域で外出規制が敷かれ、宅配需要の増加に伴いAmazonや楽天などのイーコマース事業が急激に成長。鎗屋氏の会社も、医療品である検体、薬、ワクチンなどを主要な配送品目にすることで、大きく業績を伸ばした。
配送需要がこれまでにない拡大を見せる一方、業界全体の問題となったのが、繁忙による人材不足などが原因で起きた質の低下だ。業務委託で配送を請け負った業者が、欠品状態のプレーステーション5を盗んだ事件は記憶に新しい。
そのため、しっかりとした配送管理を担保している事業者の価値が一層高まり、大手事業者による買収候補先として注目されるようになった。その流れを受け、以前から収益性と配送管理の質の高さが評価されていたR’smovingも大手配送業者に売却される運びとなったという経緯だ。こうして鎗屋氏は、晴れてエグジット起業家の仲間入りを果たしたのである。
起業家魂に火をつけた学生時代の挫折
そんな鎗屋氏も順風満帆だったわけではない。学生時代はテニスに打ち込み、あの錦織圭選手も通ったとされる、フロリダ州IMGアカデミーにテニス留学するほどの実力だった。しかしその留学生活は悲惨な日々だったと本人は言う。
アメリカ中部に位置していた宿舎では、アジア人に対する差別が横行していた。鎗屋氏本人もアジアンヘイトを受け、カバンを盗まれたり、ラケットを折られたりしたという。
日々の嫌がらせに対する苦痛に耐えきれなくなった鎗屋氏は帰国を決意。18歳の頃だ。テニスプレーヤーとしての世界への挑戦に終止符を打ったことで、大きな挫折感を味わった。しかし、この無念な出来事が、起業家として成功したいという反骨精神に火をつけることとなった。帰国後すぐに起業したのは、大きな挫折の反動でもあった。
実は会社設立から3年後、鎗屋氏は一時サラリーマン生活も経験している。親の強い薦めで就職活動を行うことになり、会社の権利を一時的に弟に手渡して大手銀行に勤めることになった。だが結局、会社員生活に希望が持てず1年後に退職。事業家として生きる道を選択した。
CXO人材の供給を通じ日本企業に活気をもたらす
配送会社を6億円で売却した鎗屋氏の次なる狙いは、日本全国の若手経営者に顧問サービスを普及させ、日本全国の情報格差を打破し、地方の経営者でも豊富な経営経験をもつ顧問を獲得できるようにすることだ。
鎗屋氏いわく「かつての自分が創業期にまさに欲しかったサービス」とのことで、起業家がおかしがちな失敗を回避するために若手経営者向けに始めたという。
シリコンバレーでは会社のステージごとに次のラウンドに企業を成長させるCXO人材と呼ばれるエグゼクティブが領域ごとに存在する。その中でCEOやCTOという言葉は昨今の日本でもよく聞かれるようになったが、CSO、CHRO、CMOなど日本ではまだ馴染みの薄い役職も存在し、企業の成長を促すCXO人材の発掘が急務となっている。
鎗屋氏の顧問サービスは、オンラインで単発案件からCXO人材の採用が可能となっており、正社員としてエグゼクティブ層をいきなり採用する場合と比べて不一致が起こりにくい。この取り組みによって、日本全体にCXOという言葉が浸透することで、日本企業に活気をもたらすことが狙いだ。
25歳にして事業売却を果たした鎗屋氏。その成功の鍵は、出会いを大切にして自らのキャリアに生かしてきた点にある。若くして事業を成功させるには、先輩経営者や投資家からの支援が必要不可欠だ。先人からのアドバイス一つで、経営者が陥りやすい落とし穴を回避できるからである。
「自分を高みへと誘ってくれる存在は大切です。彼らの存在が挑戦し続ける動機となり得るからです」と鎗屋氏は語る。かつてメンターから受けた恩恵を、今後は広く世の中へと還元することによって、産業界に貢献していく。
戸村 光(とむら・ひかる)――1994年生まれ。大阪府出身。高校卒業後の2013年に渡米し、14年スタートアップ企業とインターンシップ希望の留学生をつなぐ「シリバレシップ」というサービスを開始し、hackjpn(ハックジャパン)を起業。その後、未上場企業の資金調達、M&A、投資家の評価といった情報を会員向けに提供する「datavase.io」をリリース。一般向けには公開されていない企業や投資家に関する豊富なデータを保有し、独自の分析に活用している。