2025年に予定される大阪・関西万博は、本当に十分な形で開催できるのだろうか――。こんな不安の声が、関西経済界で上がり始めている。新型コロナウイルスの影響で世界各国からのパビリオン誘致が遅れており、資材価格の高騰で建設費が膨らむ懸念も強まっているからだ。文=ジャーナリスト/小田切 隆(『経済界』2022年4月号より加筆・転載)
参加表明国数は予定の半分以下
1月28日、若宮健嗣万博相は記者会見で、新たに6カ国が万博への参加を表明したと発表した。
具体的には、カナダ、アルメニアとセントルシア、パプアニューギニア、ホンジュラス、ルワンダの6カ国だ。カナダの表明で、先進7カ国(G7)すべてが参加することになった。カナダは自らパビリオンを建設する予定。他の5カ国はどのような形で出展したりするのか、今後、詳しい内容を詰める。
ちなみに前日、若宮万博相を表敬訪問したカナダのマッケイ駐日大使は、1985年のつくば万博にスタッフとして参加したこともあるなど、日本で開催する万博への理解は深いようだ。
この6カ国の表明によって参加が決まったのは、合計で78カ国、6国際機関に達した。
ただ、決まり方のペースは目標通りではない。日本政府が目指している誘致数は150カ国、25国際機関。参加を表明した国と機関の合計数は、現時点で、まだ目標の半分にも達していないからだ。
若宮万博相は同じ会見で「コロナ禍での厳しい状況が続いている。機運に一層弾みをつけ、より多くの国、機関に参加いただけるよう、今後ともしっかりと招請活動に力を入れていきたい」と話した。
誘致ペースの遅さに危機感を抱く経済界
誘致ペースの遅さに対しては、関西経済界からも懸念の声が上がっている。
1月4日、大阪市内で行われた大阪府、大阪市と関西財界による年頭あいさつの場。本来なら新年をことほぐおめでたい場だが、関西財界トップからは誘致遅れへの苦言が相次いだ。
「今年はオールジャパンで万博の準備を進めたい。来年慌てても間に合わない」
記者団にこう語ったのは関西経済連合会の松本正義会長だ。関西経済同友会の生駒京子代表幹事も「今から動いたとしても時間は足りないくらい」「(万博の機運を盛り上げるため)全国の同友会の組織に声をかけていきたい」と話した。
危機感を持っているのは経団連も同じで、十倉雅和会長は1月19日、大阪市内で関西財界関係者らとの会談後に行った記者会見で「2022年が大事な時期になる」と述べた。
万博が行われる予定地は、大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲。住所は大阪市此花区だ。
今後の万博開催に向けてのスケジュールは以下のようになっている。
各国の政府や民間企業が出すパビリオンは、2021年度、22年度で設計を進め、23年度の初めから建設に取りかかる。誘致が遅れれば、当然その分だけ建設に取りかかるのも遅れることになる。
コロナ禍で狂った海外での万博誘致活動
ちなみに、誘致が遅れているのは各国の政府や国際機関であり、国内外の民間企業や団体用に用意された9区画はほぼ埋まっているもようだ。
日本企業ではパナソニックやNTT、三菱、住友グループの出展が明らかになっている。自動車メーカーが加盟する日本自動車工業会、電力会社からなる電気事業連合会などの業界団体も出展する方向だ。
もちろん、各国からの参加が予定を下回ったとしても、万博は開くことができる。しかし、その内容はみすぼらしいものになり、魅力を失って集客に悪影響を与えるだろう。入場料収入が大きく押し下げられることにもなりかねない。
1970年の大阪万博では、アポロ12号が月から持ち帰った「月の石」をアメリカ館が展示したり、宇宙船ソユーズをソ連館が公開したりして大きな評判を呼び、大勢の集客につながった。海外からの出展が万博の成否を左右するといっても過言ではなく、誘致に全力を尽くす必要がある。
誘致が遅れているのは、新型コロナウイルスの感染拡大で、必要な活動を思い通りできていないからだ。
例えば、アラブ首長国連邦(UAE)で開催のドバイ万博では、昨年12月11日が「ジャパンデー」とされた。
本来、大阪府の吉村洋文知事、関経連の松本会長らが現地に入り、招いた各国の要人らに大阪・関西万博をPRして、出展を呼び掛ける考えだった。しかし、新しい「オミクロン株」の感染拡大で、吉村知事らの渡航が取りやめになり、予定していたPR活動も取りやめになった。
今後も新型コロナウイルス感染拡大の先行きは見通せず、誘致活動は思うに任せないだろう。各国にある日本政府の出先機関や企業の支店などを通じ、現地の政府や企業に働きかける工夫も検討する必要がある。
資材価格高騰も懸念材料に
さらに、木材、鉄鋼などの資材が高騰しており、建設費が膨らむ可能性があることも懸念材料だ。
最近、資材価格が値上がりしている大きな理由は、世界経済がコロナ禍から急速に回復し、資材の需要急拡大に供給が追いつかず、需給が逼迫しているからだ。木材に関しては、米国でテレワークが広がり、持ち家需要が伸びたことも原因と指摘される。鉄鋼の需要の伸びは、中国の景気対策でインフラ投資が進んだことが背景だ。さらに、日本での資材価格高騰の場合は、円安のため、輸入されるモノの物価が高くなっていることも背景にある。
ちなみに、日本銀行が発表した昨年12月の国内企業物価指数によると、前年同月比で「木材・木製品」が61・3%増、「鉄鋼」が25・5%増、「非鉄金属」が26・9%増と、いずれも大きな伸びを示した。
そして、関西経済界が懸念しているのは、こうした資材価格の高騰が今後も続き、企業が負担する費用が拡大するのではないかということだ。
会場の建設費は約1850億円と試算されている。このうち3分の1を民間企業が負担する。
ただ、もともと試算されていた建設費は約1250億円で、後にデザインの変更などを理由に約1850億円まで増えた。資材高騰を理由に建設費がさらに膨らめば、企業はさらなる負担を求められることになりかねないが、関経連の松本会長も、さらなる負担増は不可能だという考えを示し、牽制している。
仮に資材価格の高騰にもかかわらず建設費用を抑えようと思えば、万博会場に作る施設を減らしたり、施設の構造そのものをスケールダウンしたりしなければならないかもしれない。そうなれば万博全体が魅力を失うことにつながり、やはり集客の障害となる。そうした意味でも、資材高騰と建設費用が膨らむ懸念は、非常に頭の痛い問題だ。
ドバイ万博の集客は目標の半分以下に
これまで見てきた問題は、開催に向けての懸念だが、無事開催されたとしても懸念がある。新型コロナウイルス感染拡大が集客の障害になりうるということで、昨年10月から今年3月まで開催のドバイ万博が、その事実を改めて突き付けた。
ドバイ万博への来場者は1月18日に1千万人を超えたという。しかし、開催期間を通じての来場者の目標は2500万人となっている。会期を半分過ぎても、目標人数の半分にも到達していない状況だ。その理由は、新型コロナウイルスの感染拡大によって、海外からのドバイへの渡航者数が減ったことだ。
もともとコロナで開幕が1年延期されていたドバイ万博は、コロナ下で開かれる国際イベントとしては世界最大級で、成否が注目されていた。ドバイ側は感染対策を強化し、ワクチンの接種証明書やPCR検査の陰性証明書の提示を義務付けるなどした。
しかし、コロナの感染拡大で入航者が減るのは止められなかった。会場内でも感染が広がり、日本が出展している日本館でもスタッフが感染。昨年12月に一時休館に追い込まれている。
懸念されるのは、今後もコロナ禍が続き、約2800万人を想定している大阪・関西万博への集客も打撃を受ける可能性があることだ。その場合、万博の収入も大きな打撃を受ける。万博の資金計画によると、関係する支出は合計2659億円で、このうち会場建設費が1850億円、運営費が809億円となっている。
この運営費809億円のうち、9割近い702億円は「入場券売上」で賄われる。コロナの感染拡大で国内外からの集客が減れば、この「入場券売上」は、思うように上げられなくなる。
大阪・関西万博はモデルケースとなれるか
大阪・関西万博では、リアルとバーチャルを融合させた「サイバー万博」もコンセプトとされている。
具体的には、3次元の仮想空間「メタバース」内に万博の会場を再現し、参加したい人が自分の分身である「アバター」を使って参加する形などが想定される。この形であれば、世界中の多くの人が接触を避け、感染の心配なく、バーチャルながらも万博を楽しむことができる。ウィズコロナ時代の万博としては、こうしたメタバースでのやり方を拡大・充実させることに力を注ぐべきだとの声は多い。
しかし、メタバースであれば、仮に参加を有料にするにしても、実際に足を運んだ人と同じ高額の料金設定をすることは難しいだろう。資金計画で想定する「入場券売上」は、やはり見込めないことになる。
万博の経済効果は最大2兆円と試算されている。このうち、建設によるものが0・4兆円、運営によるものが0・5兆円、消費支出によるものが1・1兆円だ。関西経済のみならず、日本経済全体を底上げする効果も小さくはない。
しかし、これまで見てきた通り、パビリオンの誘致が思惑通りにいかなかったり、資材価格高騰のあおりで十分な施設が作れなかったり、開幕後も十分な集客ができなかったりすれば、経済効果の実現は不可能だ。
さまざまな課題の背景に共通してあるのは「新型コロナウイルス」。だからこそコロナに打ち勝ち、大阪・関西万博を成功に導けるのか。成功すれば、ウィズコロナ時代の万博運営のあり方、ひいては国際イベントのあり方のモデルケースとなる。