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水処理事業部門長淡水化膜技術で海水を「水源」に変える 東レ 下山哲之

下山哲之 東レ

水の惑星と呼ばれる地球には大量の海水が存在する。人口増加と気候変動により、活用できる水が不足していくとなれば、海水を淡水化する技術は人類の未来を左右する。そうした海水淡水化プラントにおいて重要な役割を果たす逆浸透(RO)膜という製品で、世界のトップクラスのシェアを誇るのが東レだ。聞き手=和田一樹 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2022年12月号より)

下山哲之 東レ
下山哲之 東レ水処理・環境事業本部長

プラントの心臓部「RO膜」で世界トップクラスのシェア

 ひとりの人間が1日に使用する水の量は、国やライフスタイルでばらつきはあるものの、世界平均すると143リットル程度と言われる。現在、世界で稼働している最大の海水淡水化プラントは、1日当たり90・9万立方メートルを造水しているアラブ首長国連邦(UAE)のタビーラ海水淡水化プラント。先ほどの数字で単純換算すると毎日630万人以上の水をつくっていることになる。

 造水量の2位、3位は、それぞれ68・1万立方メートルを造水しているUAEのウム・アル・カイワイン海水淡水化プラント、60万立方メートルを造水しているサウジアラビアのラービグ3海水淡水化プラントと続く。そして、これらトップ3プラントすべてで、心臓部であるRO膜に東レの製品が採用されている。

 東レのRO膜研究は1968年から始まった。61年に、米国でケネディ大統領が海水淡水化を国家事業として承認し、人類にとって重要な技術だと強調した。当時、米国に留学中だった東レの若手研究者がその熱量と可能性を目の当たりにし、帰国後に研究開発を始めた。

 RO膜は、特殊なフィルムに1ナノメートルほどの孔が多数空いている。実際の製品は、幅約1メートルのこのフィルム状RO膜を、傘を巻くように織り込み筒状に成形しエレメントという製品形態にする。この長さ1メートルほどの筒(エレメント)が海水淡水化プラントに組み込まれている。ポンプで圧力をかけて海水を押し出し、膜を通過する際に塩分などをろ過することで淡水を得る。東レはこのRO膜で世界トップクラスのシェアを誇る。

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性能もサポート体制も総合力が評価される

―― 東レのRO膜が世界でトップクラスのシェアを誇る理由は何でしょうか。

下山 まずは性能です。RO膜に求められるのは塩分をどれだけろ過できるかという除去性。そしていかに少ないエネルギーで大量の淡水を獲得できるかという省エネ性です。除去性だけでなく流量を増やすことも必要です。RO膜の表面には微細なひだ状の突起が無数に存在しており、表面積を最大限にまで増やしています。これにより塩分を除去する性能を維持しながら、流量の確保を両立させました。そして、海水にかける圧力も、より低減させることができ、より少ないエネルギーで最大限の淡水を取り出す技術の高さが強みです。

 また、性能の面では、世界トップレベルの分析・解析技術を専門的に担う東レリサーチセンターを有していますので、微細な膜の構造を正確に把握することができ、更なる性能向上に向けた研究開発を支援することで貢献しています。

 もう一つ大きな要因は、技術サポート体制です。膜自体の性能を追求するとともに、膜の装填や使い方などでお客さまをサポートする技術サービスも提供しています。特に海水淡水化RO膜の需要が大きい中東では、サウジアラビアに生産販売会社を持っており、現地で膜の生産から技術サービスまでを行っています。ハードのみならずソフトパワーも含めてご評価いただいています。

 また、これらの強みに加え、東レの歴史や実績による信頼性も大きな要因です。これまで、東レの海水淡水化RO膜を含めた全用途向けのRO膜を使用したプラントの造水量を単純換算すると、1日当たり1億500万立方メートルの造水に貢献していることになります。前述のようにひとり当たりの1日平均使用量が143リットルとすると、毎日約7億3千万人の水を東レのRO膜でつくっていることになります。

―― 世界で見ると海水淡水化の需要はどのような状況でしょうか。

下山 現在は圧倒的に中東の市場が大きいです。中東は水源が限られており蒸発法による海水淡水化が盛んでした。ただ、RO膜法の方が造水コストが低く、CO2排出量も大幅に低減できることから、オイルマネーを背景に蒸発法プラントがRO膜プラントに置き換えられてきています。

 また、北アフリカでも海水淡水化プロジェクトが立ち上がりつつあります。恐らく今後は中東ほどのサイズの巨大なプラントが増えるのではなく、1日の造水量10万立方メートルクラスのプラントが世界各地で建設されていくことが予想されます。

素材会社のDNAで開発を継続してきた技術

―― 海水淡水化用RO膜の需要は開発直後から順調でしたか。

下山 海水淡水化需要が本格的に伸びてきたのは最近です。1970年代の後半から80年代初頭は淡水化の需要は限定的でした。

 当社には「超継続」という方針があります。これだと決めた商品開発に向けた研究開発を需要期がすぐには来なくてもトコトン極める社風があります。海水淡水化用のRO膜は、東レのこのようなDNAがあってこそ成し遂げられた成果です。

―― RO膜は、技術的にこれ以上の進化はないのでしょうか。

下山 膜自身の性能などさらなる高度化は検討しています。ただ、塩分の除去率だけで言えば既に99・8%まで達しています。今後は、地域ごとの特性を踏まえた膜の開発も意識していきます。

 例えば、中東なら海水温度が40℃くらいの環境でプラントを稼働させるときもありますし、アラビア湾の方では海水の塩濃度が4%以上だったり、地中海や太平洋の北の方だと水温が0度に近かったりします。外部環境による負荷がありますので、その中でも十分に性能を発揮できるように研究開発を行っています。

―― 東レはこれから水資源とどう向き合っていきますか。

下山 ここでは海水淡水化についてお話をしましたが、RO膜は下排水の再利用などにも活用されます。また、水処理膜はRO膜以外にも、ろ過する対象の物質サイズ別にNF膜、UF膜、MF膜があり、これらすべてを自社開発・生産しているのが東レの特徴です。それぞれの膜で技術の極限を追求すると同時に、海水淡水化以外にも高度浄水処理、下排水再利用など複数種類の膜を組み合わせ、多様な場面で水問題を解決していきます。

 例えば、カリフォルニアでは地下水保持のために下水を高度処理して活用していますが、この工程で東レのUF膜とRO膜が組み合わせて採用され、1日5万6千立方メートルの水を供給することに貢献しています。中国でも下水処理場での高度処理のためUF膜が採用されており、最大規模の案件では東レUF膜が採用されています。水にまつわる課題をより深く解決していくためには、こうした幅広い膜技術を持っていることが重要だと考えています。

 われわれは2018年に策定した「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」において、30年の東レ膜技術による増水量を13年の3倍にするという目標を掲げています。今も変わらずこの目標に向かって進んでいます。水問題解決を目指す世界中の企業・組織と共に、これからも東レならではの技術で世界の水問題解決に貢献していきます。